12 / 21
12
しおりを挟む
遠慮がちにリチャードが訊いてきた。
「え……」
自分の貧相な体を見られることに抵抗がないと言えば嘘になるが、男同士だ。しかも相手は親友のリチャードだ。乙女のように恥じらうのもおかしな話である。
イアンは浴槽に掛けていたタオルで股間を隠し「どうぞ」と招き入れた。
リチャードはそっと衝立から顔をのぞかせた。イアンと目が合うと、やや緊張した面持ちにほっと安堵の表情を浮かべた。
「よかった、顔色がだいぶいい。ここのところずっと病人のような顔色の悪さだったから」
冗談っぽく言いながら、リチャードは浴槽の傍に膝をついて、イアンの顔を柔らかな眼差しで見つめた。
「それにしてもひどい隈だ。少しはよくなるといいんだけど」
そう言って、目元に手を伸ばして親指の腹で隈を拭う。親が子どもにするような慈しみに満ちた手つきに、湯の温もりとは違う心地よさを覚えた。
「最近、あまり眠れていないだろう?」
「うん……」
心配をかけているのが申し訳なく目を伏せて答えると、すかさず優しい声でリチャードが言葉を続けた。
「別に咎めているわけじゃない。こんな状況下だ。眠れないのは当然だよ。これで今夜は少しでも眠れるといいんだけど」
イアンの目元から手を離すと、そのまま湯に手をつけゆるりとかき混ぜた。湯の表面の揺らぎが胸元を撫でる。その淡く緩やかな感触が心地よく、イアンはそっと目を閉じた。
「……ありがとう。いろいろと気にかけてくれて。今夜はぐっすり眠れそうな気がするよ」
それは心配するリチャードを気遣っての言葉ではなく、本心からの言葉だった。
「それにしても、いい香りだね。さっき入れていたのは花の精油?」
「そうだよ。ジャスミンの精油だ。僕の好きな香りなんだ。気に入ってくれたようで嬉しいよ」
そう言って片手で軽く湯をすくうと、それをイアンの肩に優しくかけた。甘い匂いがより濃く香ったような気がした。
「ジャスミンの香りには、心を解きほぐして前向きな気持ちにしてくれる効果があるらしいんだ。……もっとも、君にとっての朗報を持ってくることが何より気持ちを前向きにするんだろうけど。すまない、こんなものしか持ってこられなくて」
リチャードが自虐的な笑みを浮かべ謝る。
そんなことはない、と言おうとしたところで「あっ、そうだ。これを忘れてた」とリチャードが遮るようにして言って立ち上がった。
「僕の名誉のために言っておくけど、入浴の途中で入ってきたのは決して君の裸が見たかったわけじゃない。これを入れ忘れていたんだ」
湿っぽさを霧散させるようにことさらおどけるように言って、ズボンのポケットからハンカチを取り出した。
いつもきれいに畳まれているハンカチが、この時は何かをふわりと包むように丸まっていた。
何が入っているか見当もつかず不思議そうに見上げるイアンに、リチャードは微笑みを向けてから、ハンカチを開いた。
パラパラと上から落ちてきたのは、クローバーだった。湯面を軽く覆うほどの量にイアンは目を見開いた。
「来る途中で見つけたんだ。もしかしたら、四つ葉のクローバーもあるかもしれない。探してみて」
リチャードは腰を下ろすと、浴槽の縁に両腕を重ねてそこに顔をのせて言った。
いつもなら、また子供扱いしてと、わざとむくれるところだが、こちらに向けられる眼差しがあまりにも柔らかで、少しのからかいも含んでいなかったので、イアンは言われるがまま湯に浮かぶクローバーに目を凝らした。
「え……」
自分の貧相な体を見られることに抵抗がないと言えば嘘になるが、男同士だ。しかも相手は親友のリチャードだ。乙女のように恥じらうのもおかしな話である。
イアンは浴槽に掛けていたタオルで股間を隠し「どうぞ」と招き入れた。
リチャードはそっと衝立から顔をのぞかせた。イアンと目が合うと、やや緊張した面持ちにほっと安堵の表情を浮かべた。
「よかった、顔色がだいぶいい。ここのところずっと病人のような顔色の悪さだったから」
冗談っぽく言いながら、リチャードは浴槽の傍に膝をついて、イアンの顔を柔らかな眼差しで見つめた。
「それにしてもひどい隈だ。少しはよくなるといいんだけど」
そう言って、目元に手を伸ばして親指の腹で隈を拭う。親が子どもにするような慈しみに満ちた手つきに、湯の温もりとは違う心地よさを覚えた。
「最近、あまり眠れていないだろう?」
「うん……」
心配をかけているのが申し訳なく目を伏せて答えると、すかさず優しい声でリチャードが言葉を続けた。
「別に咎めているわけじゃない。こんな状況下だ。眠れないのは当然だよ。これで今夜は少しでも眠れるといいんだけど」
イアンの目元から手を離すと、そのまま湯に手をつけゆるりとかき混ぜた。湯の表面の揺らぎが胸元を撫でる。その淡く緩やかな感触が心地よく、イアンはそっと目を閉じた。
「……ありがとう。いろいろと気にかけてくれて。今夜はぐっすり眠れそうな気がするよ」
それは心配するリチャードを気遣っての言葉ではなく、本心からの言葉だった。
「それにしても、いい香りだね。さっき入れていたのは花の精油?」
「そうだよ。ジャスミンの精油だ。僕の好きな香りなんだ。気に入ってくれたようで嬉しいよ」
そう言って片手で軽く湯をすくうと、それをイアンの肩に優しくかけた。甘い匂いがより濃く香ったような気がした。
「ジャスミンの香りには、心を解きほぐして前向きな気持ちにしてくれる効果があるらしいんだ。……もっとも、君にとっての朗報を持ってくることが何より気持ちを前向きにするんだろうけど。すまない、こんなものしか持ってこられなくて」
リチャードが自虐的な笑みを浮かべ謝る。
そんなことはない、と言おうとしたところで「あっ、そうだ。これを忘れてた」とリチャードが遮るようにして言って立ち上がった。
「僕の名誉のために言っておくけど、入浴の途中で入ってきたのは決して君の裸が見たかったわけじゃない。これを入れ忘れていたんだ」
湿っぽさを霧散させるようにことさらおどけるように言って、ズボンのポケットからハンカチを取り出した。
いつもきれいに畳まれているハンカチが、この時は何かをふわりと包むように丸まっていた。
何が入っているか見当もつかず不思議そうに見上げるイアンに、リチャードは微笑みを向けてから、ハンカチを開いた。
パラパラと上から落ちてきたのは、クローバーだった。湯面を軽く覆うほどの量にイアンは目を見開いた。
「来る途中で見つけたんだ。もしかしたら、四つ葉のクローバーもあるかもしれない。探してみて」
リチャードは腰を下ろすと、浴槽の縁に両腕を重ねてそこに顔をのせて言った。
いつもなら、また子供扱いしてと、わざとむくれるところだが、こちらに向けられる眼差しがあまりにも柔らかで、少しのからかいも含んでいなかったので、イアンは言われるがまま湯に浮かぶクローバーに目を凝らした。
347
お気に入りに追加
525
あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!
こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる