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第一部 第三王子の花嫁探し

22-1 出来る男(二人の時間編)

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「悪いな、アニエス嬢。ラーシュが少し暴走気味になってしまって。君と婚約が出来たことが余程嬉しいと見える。」

 ユーハンの言葉にアニエスは頬を染める。

「いえ、その、私も嬉しいので…ラーシュ殿下のお気持ちは有り難いばかりです。」

 アニエスは頬を染め、羞恥の中に喜びの表情を浮かべながらユーハンに伝える。

 破談になりかねないと思ったが、第二部隊の報告によれば非常識な訪問にも関わらずリンデロードは婚約証明書にサインをし、その後も二人は意気投合した様子であると聞いている。そして、アニエスもラーシュ自体を受け入れてくれているようだ。

 ユーハンは安堵する。

「それで昨日の茶会の席の話に戻るが、良いかな?」

「はい」

「出席した御令嬢達のことも視たのだろう?」

「っ!」

 ユーハンの言葉にアニエスはハッとしたように顔を向ける。そして、申し訳なさそうに口を結ぶと、徐に言葉を紡ぐ。

「…はい、不躾ながら拝見させて頂きました…」

 茶会や夜会と言った社交の場では接する人間との会話が大変重要となってくる。発言によっては足元を掬われかねない事態に発展する事もある。その為、アニエスはリンデロード領にとって不利益にならないよう、茶会を共にする令嬢達の内面は覗いたであろうとユーハンは考えていた。

「で、何か気になる人物は居なかったか?例えば良くない色を持っているような人物が」

「っ!……はい、いらっしゃいました…」

(やはりか)

 ユーハンは最初に視える力の話を聞いた時にアニエスが何か茶会の席で気がかりな事があるような顔をしたのを忘れていなかった。

「ジリアン様が…その、赤の中に…黒い物が視えまして…」

「ニーホルム伯爵令嬢か…して、それは何を意味する?」

「はい…ジリアン様の黒い物がイーダ様を取り囲むよう出ておりました…イーダ様に対して何かされているのではないかと思います」

「…そうか」

(ラルセン伯爵令嬢絡みとなると、市井で流行っている宝飾品か…これは調査してみるか)

 ユーハンは顎に手を置き試案する。一人思案しているユーハンにアニエスはおずおずと口を開く。

「……あの…実は…サラ王太子妃殿下のことで気になることが御座いまして……」

 アニエスの思わぬ言葉にユーハンは瞬きをし、アニエスに続きを促した。



※※※


——その夜——


 オビュルタン王国では所謂[夜這い]は男性側がするものとされており、それを受け入れるかは女性側に委ねられている——


 アニエスは夜伽用の夜着にガウンを羽織り緊張した面持ちでラーシュを待っていた。

 落ち着かない様子で椅子に座ったかと思うと、立ち上がり、ソファに座り直し、再び立ち、ベッドに向かうも立ち止まり、振り返ってイネに問いかける。

「ベッドで待っていたら端ないと思われるのかしら?その…そういうことの前にはお茶を飲んで先ずは語らうものなのかしら?あっ、それともお酒?」

 ソワソワと部屋を右往左往するアニエスの様子を微笑ましく眺めながらイネは伝える。

「お茶もお酒もご用意しておりますが、殿下が誘導してくださいますので殿下にお任せして下さい。」

「そうよね、えぇ。…私…きちんと出来るかしら…粗相をしたら…どうしましょう…」

 アニエスは潮を吹いたクローゼットの失態を思い出し、顔を青くする。

「婚約したばかりなのに…愛想を尽かされてしまうわ…」

 イネはゆっくりと首を左右に振りながら、落ち着いた口調でアニエスに伝える。

「大丈夫で御座います。初めての事ですから、仮に何かあっても殿下はそれを咎めるような狭量なお方では御座いませんでしょう?」

「えぇ…えぇ、ラーシュ殿下はとてもお優しい方だわ」

 クローゼットでの情事を思い返し、アニエスは頬を染める。


 コンコンコンコン

 アニエスの部屋の扉からノック音が聞こえる。

「ひゃっ!っは、はい!」

 アニエスは心構えはしていたものの、緊張で声が上擦る。

『ラーシュ殿下をお連れしました』

 ガチャ

 イネが扉を開くと其処にはラフな服装に身を包んだラーシュが立っていた。

「ほぁ~」

 ラフな服装を纏ってはいるが容姿端麗なラーシュの佇まいからは気品が満ち溢れていた。イネは思わず感嘆の声を上げる。

(第三王子のラーシュ殿下がお嬢様の婚約者様になるなんてっ、本当に本当に本当~っに良かった!!昨日は卑猥な見習い騎士がお相手になるかと…正直絶望してたけど…お嬢様っ!良くやりました!本当に良かったー!!)

「では、失礼致します。」

 イネは心の中で歓喜の声を上げながらもその心打ちを微塵も見せず、静々とお辞儀をしてラーシュと入れ違いで部屋を後にした。


「「……」」

 部屋に残された二人は立ったまま静止したように暫し黙り込む。緊張感のある空気を壊すかのようにラーシュが口を開く。

「コホン、すまない、慣れなくて。何か気の利いた話題を振るよう言われていたのだが…」

「いっ、いえっ、あの私も不慣れで…すみません…」

「…いや?…慣れている方が嫌だな」

 アニエスの言葉にラーシュが「ふむ」と考えてからそう言うと、その言葉にアニエスも笑いながら答える。

「ふふっ、確かにそうですね。私も殿下が慣れてらっしゃったら…嫌だと思い…絶対に嫌です」

 アニエスは「思います」と言おうとしたが情事の場になれたラーシュを思い浮かべ、絶対に嫌だと思い、少し強い口調で言い直して答えた。

「ははっ、そうか。不慣れな私が良いのか?はははっ」

 ラーシュは少し驚いたような顔をした後、ブルーに輝く瞳を細めて嬉しそうに笑った。

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