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第一部 第三王子の花嫁探し

9 第一王子の帰宅

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※第一部7話「第四王子の来訪」の直後の話しになります。


「奥様、旦那様が戻られました。」

 執事のバートの言葉に中庭に居る皆に緊張が走る。座っていた令嬢達は立ち上がり、使用人達も整列し直し、ユーハンの登場を待つ。

 すると其処に娘のエヴァと手を繋ぎ、息子のエリアスを片腕で抱いた第一王子であるユーハン王太子が登場した。一見するとさながら家族サービス中のお父さんにしか見えない気さくな姿だが、鍛えられた精悍な体格に品のある端麗な美しい顔立ちも相まり、子供達を連れ立つその姿は絵画の一部のようである。

 ユーハンの視線が令嬢達を捉える。晴れた空のような爽やかな水色の瞳がサラを留めると眩しそうに細まった。

「お母様っ、ただいま戻りました。」

 サラを見つけたエヴァがユーハンの手を離しサラに駆け寄ると、サラに抱きつきながらただいまの挨拶をする。

 エヴァは祖母である王妃の幼い頃にソックリだと言われる端正な美人で、髪色も王妃やユーハンと同じアッシュブロンドだ。そして瞳はサラに似て、エメラルドの様な美しい緑色をしている。

「かーしゃまっ、もどりした!」

 そして、ユーハンの腕に抱かれたままのエリアスがエヴァに続いてただいまの挨拶をする。エリアスはサラに似た涼しげな端正な顔立ちをしており、瞳の色と髪色はユーハンと同じ水色×アッシュブロンドだ。


「ふふふ、お帰りなさいませ。」

 目の前で繰り広げられた微笑ましいアンデルソン公爵家のやり取りに、令嬢達は憧れと羨望の眼差しを向ける。

 するとサラに抱きついていたエヴァがサラから離れ、令嬢達に向かって挨拶の言葉を発した後、可愛らしいカーテシーを披露する。

「皆様、本日はアンデルソン公爵邸にお越し頂き有難うございます。」

「ありとう、、っまっしゅっ!」

 エヴァに続いてエリアスも挨拶をする。

「まぁ~っ、何てお可愛らしいっ!」

「えぇ、えぇ、本当に!国の至宝ですわっ!」

 イーダとジリアンは二人の可愛らしさに母性本能がくすぐられた様に目を輝かせる。

 二人と何度か一緒に遊んだ事のあるフェリシアが二人に挨拶する。

「エヴァ様、エリアス様お久しぶりでございます。エヴァ様はもうすっかり素敵なレディになられましたね。」

 フェリシアの「素敵なレディ」の言葉にエヴァの瞳が嬉しそうに輝く。

 ユーハンは歩きながら令嬢達に向かって挨拶する。

「本日は我がアンデルソン公爵邸に御足労頂き感謝する。お美しい御令嬢達に我が家自慢の庭が霞むようだな。」

「そっ、そんなっ、光栄ですわっ」

「勿体ないお言葉ですっ」

「恐れ多いお言葉、ありがとうございます」


 ユーハンの言葉に令嬢達は嬉々と返す。

 ユーハンはサラの許に行くとエリアスを抱きながら「でも」と言ってサラに顔を寄せる。

「一番美しく咲き誇っているのは君だけどね、私のサラ。ちゅっ」

 と言って、サラに口付けを落とす。

「「きゃーーーっ!!」」

 イーダとジリアンが歓喜の声を上げ、尊き物を見るように目を輝かせる。

「ユーハン、他の方の目がある時は遠慮して」

 サラは嬉しい気持ちを抑えてユーハンを睨み付ける。ユーハンはそんなサラの様子もどこ吹く風で無邪気にサラに微笑みかける。

 アンデルソン公爵夫妻の仲の良さは国中の公認である。幼き日にサラに一目惚れしたユーハンが出会った瞬間に婚約を申し込み、長い王太子妃教育の末に結ばれた話は国民に広く知れ渡っている。

 何故なら、2人の恋物語をモデルとした絵本と小説が王道ロイヤルウエディングストーリーとして王国内で出版されているからだ。サラをモデルとした絵本[ソニア]はサラがユーハンと婚約をした翌年、つまりサラが8歳の時に出版された。

 その後、絵本の主人公であるソニアが王太子妃になるまでの軌跡を小説とした[ソニアのキセキ(奇跡と軌跡)]はオビュルタン王国でベストセラーとなっている。

 オビュルタン王国の女性達の多くが思春期時代を主人公であるソニアとその相手である王太子アントンの恋物語に胸焦がして過ごしてして来ている。その為、そのモデルとなったサラとユーハンはオビュルタン王国の女性達の憧れとなっている。


「私は子供達を連れて邸に戻る。では、御令嬢方、失礼するよ。」

(あの人、ラーシュの花嫁候補の御令嬢達の顔を見に来ただけね)

 サラはユーハンの行動の真意を悟る。

(でも…は今、此処には居ないけどね)

 いつも悪戯されてばかりの夫に意趣返し出来たような気分になり、サラはそっとほくそ笑む。

 令嬢達はそんな2人の内心に気付く筈もなく、憧れの王太子夫妻の噂に違わぬ仲睦まじい姿に目を輝かせるのであった。



※※※


「お噂通りの素敵なご夫婦ですね!」

「オビュルタン王国で一番素敵なご夫妻ですわ!」

「えぇ、お父様とお母様はいーっつもラブラブなんです!」

「ふふ、二人とも有難う。一番は国王陛下夫妻ですけどね。…エヴァ…余り大人の会話に入らないように…」

 イーダとジリアンの言葉にサラが答えながら、エヴァを咎める。エヴァはあの後「自分は立派なレディだから残る」と言い出し、お茶会に参加している。

 するとフェリシアも頬を赤らめながら語る。

「実は…私[ソニア]が大好きで小さい頃は毎日何度も読んでました。[ソニア]は今でも私の宝物なんです。」

「あら、知らなかったわ。」

 何度も会っているフェリシアの突然の告白にサラは恥ずかしくも嬉しくなる。すると、イーダも負けじと口を開く。

「私も[ソニア]は幼少期に何度も読みました!小説の[ソニアのキセキ]は初版本で全巻揃ってますわ。とっても素敵なお話で何度も読み返してます!」

「私もソニアとアントンの恋物語に憧れてます!」

「ふふ、絵本や小説はそうよね。実物は大分脚色されていてガッカリされたんじゃないかしら?」

「「とんでもないですっ!」」

 令嬢達が声を揃える。すると、イーダが不意にフェリシアに問いかける。

「フェリシア様の[ソニア]はもしかして初版本ですか?」

「えぇ、詳しくはないですけど、父が発売日に購入したそうなのでそうだと思いますよ。」

「やっぱり!羨ましいですっ![ソニア]の初版本は凄い高値が付いてるんですよ!」

「「ぶふっ」」

 イーダの言葉にアンデルソン公爵家の使用人達が肩を震わせる。その様子にイーダを含めた令嬢達が呆気に取られる。

「ごんなさいね、ほら、みんな、失礼でしょ。」

 サラの言葉に筆頭侍女のメイナが答える。

「コホン、大変失礼致しました。アンデルソン公爵家では[ソニア]の初版本については禁句となっておりまして——」

「っ!何故ですか?!」

「……」

 イーダの問いかけにサラが言い難そうにしているとメイナが口を開く。

「僭越ながら[ソニア]発売日の旦那様をお側で拝見しておりました私が奥様に変わってお話致します。」

 メイナは元々王妃の侍女をしていた為、ユーハンの幼少期の事もよく知っている。

「若き日の旦那様は絵本の発売日に侍従に[ソニア]を買いに行かせましたが、[ソニア]のアントンの髪と瞳の色に激怒しまして——」

「色ですか?」

「あのユーハン王太子殿下が激怒!?」

「何がいけなかったのですか?」

 メイナの言葉に3人は驚きといった様子で問いかける。エヴァはご機嫌にクッキーを頬張る。

「はい、絵本の絵師が王太子殿下と絵本の王太子を全く同じにしてしまっては不敬に当たるとして、髪色をグレーから白に、瞳の色を水色から青に変えてしまったのです。」

 絵本の王太子の髪色はユーハンのアッシュブロンドではなくプラチナブロンドに、そして瞳の色は青色に変えられた。絵本の絵師は当時生まれたばかりの第三王子のラーシュの容姿を知らなかったのだが、図らずもラーシュと全く同じ髪色と瞳の色になってしまったのだった。

 因みに絵で微妙な髪色を表現するのは難しい為、オビュルタン王国では大体の髪色の表現色が決まっている。アッシュブロンドはグレー、プラチナブロンドは白、ダークブロンドは黄色、レディッシュは赤、ブリュネットは栗色となる。

 また、サラのストロベリーブロンドは大変珍しい為、改訂版ではピンクとなったが初版時は赤になっていた。

「え?そんな事で?」

 ジリアンが驚いたようにポツリと呟く。

「はい、そんな事で普段から温厚な旦那様は激怒され、絵本の販売中止を命じられたのです。」

「えっ?販売中止っ!?」

「はい、しかしながらその様な事を陛下がお許しなる筈もなく、初版以降は改訂版として髪色を変えて発売することになったのでございます。初版本ではソニアの髪色も赤色でしたが、改訂版では奥様の柔らかなピンク色に変更されています。」

「「ほわぁ~~」」

 大好きな恋物語の本にそのような裏事情があった事に驚きと感心の声を上げる令嬢達。

「だがら、絵本以降に発売された[キセキ]のアントンとソニアの髪色は初版からグレーとピンクなのですねぇ~」

「ソニアの髪色も変わっていたとは知らなかったです」

 考え深そうに呟く令嬢達にサラは肩身の狭い思いで告げる。

「ね、幻滅でしょ」

 サラが申し訳なさそうにそう言うと、令嬢達は目を輝かせながら否定する。

「いえっ!アントンのっ、いえ、ユーハン王太子殿下のサラ王太子妃殿下に対する愛の大きさを改めて感じました!」

「はい!ソニアンファンとしてはこの上なく尊いお話です!」

(皆さんがそれで良ければいいのですけど…)

 目を爛々と輝かせ熱く語る令嬢達に、ソニアのモデルとなったサラは何となく置いてけぼりな気持ちになった。

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