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旅の終わりに

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「僕は父さまのような立派な王様になりたいと思ってた。でも国にはクロミアさんみたいにすごい人もいる……。僕が王様になるよりもずっといい国を作ってくれるんじゃないかなって思っちゃったんだ。それにクロミアさんはもともと王位……」
「トゥーティリア殿、その話はいらないと言ったはずです」

 クロミアは再び怖い顔になりトゥーティリアの言葉を遮った。少年は気まずそうに頷いてから言葉を続けた。
「でも、今こうしてルクドゥから「協定の証」をもらって、思ったんだ」
 トゥーティリアはクロミアの手の中の首飾りをじっと見つめた。
「キルティンの力はすごいけど、そんなものが必要な事になんて、なっちゃいけないんだ。戦争なんてもう二度とあっちゃいけないって父さまが言ってた。だから僕は「有事」なんてものが起きない国を作りたい。この首飾りが必要ないような国を、僕のこの自分の手で作りたいんだ」

 トゥーティリアはまっすぐにクロミアの灰色の瞳を見つめて力強く言いきった。クロミアはしばらく黙ってトゥーティリアを見下ろすと、苦笑まじりにため息をついた。
「どんな話かと思えば、これはとんだ夢物語を聞かされたものですね。それがトゥーティリア殿、あなたの結論ですか?」
 トゥーティリアはもう何も言うことが見つからず、黙ってゆっくり頷いた。

「ヴァンス、王子を愚弄するのもその辺にしておけ!」
 遂に我慢できなくなったアビが立ち上がった。クロミアはそんなアビに一瞥をくれてうんざりしたように言った。
「ルーン将軍。この方はもうただの王子ではない」
「くどいぞヴァンス! 私にとって王子は何があっても王子だ!」

 その言葉を無視してクロミアはトゥーティリアに歩み寄る。
 そうして、手にしていた首飾りをそっとその金髪の少年に掛けたのだった。
「……クロミア……さん?」
「王位継承権を得た王子は「王太子殿下」だ。殿下と呼ばねば失礼に当たろう?」
 そう言ってくすりと笑い、殿下の小さな手に宝剣を握らせた。

「……ヴァンス?」
 アビもあっけにとられてその様子を見つめるばかり。

「言っただろう? 私は議会から宿題に関する判断を一任されている。『協定の証』が揃った時点で私がそうと認めれば、その瞬間からこの方は王太子殿下だ。殿下の子供じみた夢物語のような国造り、なかなか面白そうではないか」
 その言葉を噛み締めて、ようやく殿下は自分が王位継承権を得たという実感がわきあがってきた。
 アビも嬉しそうに駆け寄ってきて、殿下を抱え上げると抱き締めたままぐるぐると回った。

「ああ、王子……じゃなかった殿下! おめでとうございます!」
「えへへ、ありがとうアビ。なんだか嘘みたいだ」
 そんな二人の様子をちらりと見て、クロミアは静かにその場を後にしようと歩き出した。

「……クロミアさん? どこに行くの?」
 殿下はその様子に気付いてアビから降りるとクロミアに駆け寄った。
「言ったでしょう? 私はあなた方と違って忙しいんです。私の仕事は終わりました。先に城へ帰らせて頂きます。殿下はルーン将軍とゆっくりお戻りになればいいでしょう」

 そうして踵を返して歩き出そうとしたクロミアの服の裾を殿下の手が捉えた。
 かくんと止まって、渋い顔でクロミアは振り返る。
「……まだ何か御用ですか?」

 殿下はもじもじして、ずっと腰に下げていたクロミアの剣を差し出した。
「あの、これ、ありがとう。……ごめんなさい」
 そうしてぺこりと頭を下げた。

「いえいえ。無茶苦茶をされるのは陛下で慣れています。ただ、今後は殿下としてもう少し慎みある行動をお願いしたいですな。……まあ、私には関係のないことですが」
 そう言い捨てて今度こそ立ち去ろうとしたクロミアの前に殿下が立ち塞がる。

「……一体何ですか。私は忙しいんです。あなたと遊んでいる暇はないのですよ」
 うんざりしたように顔を顰めるクロミアに殿下は必死で語りかけた。 
「僕、さっきあんな偉そうなこと言ったけど、やっぱり僕にはまだまだ戦争のない国を作るなんて、難しいと思うんだ」

 それを聞いてクロミアはますます顔を顰めた。
「やれやれ。まだ何もしないうちからもう弱音を吐く気ですか?」
 殿下はぶるぶると大きく首を振った。
「僕できる限りのことは頑張るよ! でも、でもね。僕一人ではできないこともたくさんあると思うの。そんな時に、クロミアさんに助けてもらいたい。クロミアさんと一緒に戦争のない国をつくりたい。勝手なお願いだけど……だめかな?」

 殿下の顔は今まで見たことがない程に必死だった。伝えたいことが言葉にならない悔しさで泣きそうになっている。小さな顔を真っ赤にして訴える殿下を見下ろしていたクロミアが、すっと膝をついて殿下の顔を覗き込んだ。

 殿下は驚いてクロミアの顔をまじまじと見つめた。クロミアは今まで見たことがない、優しい微笑みを浮かべていた。クロミアはそっと殿下の手をとってぎゅっと握り締めた。

「あなたのその夢物語の実現に私の力が必要なのでしたら、いつでもお役に立ちますよ」


 殿下は照れくささと嬉しさでますます真っ赤に。あまりの嬉しさにアビに声をかけようと振り返ったが、アビは遅れて帰って来たツヴァイとなにやらまた揉めている様子で、取り込み中のようだ。
「……全く。やはり彼らの年俸は削る方向で予算案に盛り込みましょう」

 クロミアはため息をついて手帳に何やらメモしている。殿下はくすくすと笑いが止まらない。こうしてみんなが揃っていることがとってもとっても嬉しかったからだ。
「じゃあ、みんなで帰ろう」
 そうして殴り合いになりかけていたアビとツヴァイの手を引いて、クロミアの後を追うように走り出した。
 懐かしいヴィリアイン王国目指して一行は帰路についた。そんな彼らの背中を押すように、風が優しく吹いていた。






 おしまい
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