異世界転生する事になったけど、必死に努力する自前の精神力しか頼れるものはありませんでした。

SAKI

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在ったかもしれない別の可能性

クライン公爵との会談

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 その日は豪勢な晩御飯をじっくり堪能した。
 思い出すだけで生きてきて良かったと実感出来る時間だった。
 
 かみ締めるとジュワリと溢れ出す肉汁で口の中に幸福が広がる。
 歯を使わずとも唇で噛み切れる柔らかな肉質、脂身の甘みと旨みが舌を喜ばせる歓喜の瞬間は一種のドラッグと言っても過言ではないだろう。

 オークキングのステーキはこれまで食べてきた肉とは一線を画す極上品だったし、金剛鰐のローストも天上の品かと思わせるだけの価値があった。

 希少な脱皮したばかりで硬くなる前の個体を使用しており、皮を丹念に丹念に炙ったこの料理は、カリッカリの皮とモッチリした肉が対照的で、2つの味わいと食感が楽しめる。
 皮が爆発しているとでも表現すれば良いのだろうか、サクサクカリカリとした食感を楽しんだ後、口の中でホロリと溶け広がる旨み。
 肉汁を凝縮した肉は噛めば噛むほど味が染み出す驚きの玉手箱で、付け合せの野菜と一緒に食べる事で別の顔を見せてくれる。

 魚料理も素晴らしいの一言である。
 星紅玉魚を美幽霊の宝菜で巻き、白銀檸檬と一緒に蒸し焼きにしたこの料理は、さっぱりとした風味と淡白な魚の濃厚な旨みがあとを引き、それこそ幾らでも食べられる旨さに感激した。

 口福を満喫した後で出てきたのは、食卓に並べられた宝石葡萄のワインを使用したアイスクリームだった。
 糖度高めの葡萄とブルのミルクを使用したアイスクリームはふんわりなめらかで、口の中に残った油を優しく洗い流してくれる。
 ほのかにワインの香りが鼻を通り抜けて気分を和らげ、コクのあるアイスクリームを単なるデザートから上品かつゴージャスな逸品へと押し上げている。

 国境を越えてでも食べに来るだけの価値がある料理だと、自身を持って言い切れる至高の逸品達だったのは言うまでも無いだろう。

 「ふー、雪乃ちゃんってばマジ雄山だわ」
 「堪能したにゃ。もう一口も食えんにゃ」

 だらしない笑顔を浮かべてソファーに寝そべり、グテーっと溶けている2人を見たら千年の恋も冷めるだろう。
 寝そべりながらコップの水を飲むケイ、とても貴族の娘の所作とは思えぬ体たらくである。
 フサフサの毛皮が生えた耳をピクピクさせながら、尻尾を左右にゆらゆらと揺らすラプラスは既にウトウトし始めている。
 
 『これから公爵と会うんじゃ無かったのかのう?ワシってばもう恥ずかしい!』
 『別に私だから良いじゃん?爺さんってば気にし過ぎじゃね?』
 『都合の良い時だけ男に戻るの止めない?絶対に未来のケイってば後悔すると思うんじゃがのう』
 『誰も見てないってば、気にしない気にしない』

 外も中もダラダラグダグダなケイ達だったが、コンコンとノックされた扉の音にビクリと反応して体を起こす。

 「失礼するよ?依頼者をお連れした」
 
 イングリッドが連れて来たのは40代位の男性だった。
 銀髪を香油でオールバックに纏めた細身の紳士は、無駄の無い流麗な歩き方で入室してきた。
 生粋の貴族なのだろう生まれつきの気品はとても平民が出せる物では無い。
 誰もが一目で判断出来るだろう。モノが違う。
 静かにソファーに腰掛けると静かに2人へと語りかける。

 「お初目にかかる。私はクライン・オーランドだ。公爵ではあるが、この場で余計な気遣いやマナーは必要無いと明言しておく」
 「ケイ・クランブルです」
 「ラプラスよ。ただのラプラス」

 ケイ、ラプラスと順に握手を交わしてから、ソファーへと深めに腰掛けたオーランドは言葉を紡ぐ。

 「知っての通り、今回の依頼は連続する失踪事件の被害者の安否確認。早い話が真相究明だな。そして、ガーランド侯爵の身辺調査だ。潜入して内情を探るのには骨が折れるだろうが、無事果たしてくれれば多額の報酬を保障する。最低でも金貨1000枚は出そう。別途、依頼達成の為に使用した経費も私が負担しよう」

 確かにリスクに見合った報酬だろう。Aランクの依頼相場は平均で金貨300枚だと考えれば、報酬額が3倍以上という破格の報酬に加えて、経費も依頼主持ちという好条件だ。
 サムソンが言っていたギルドからの特別報酬まで付いてくるのだから、破格も破格である。

 「成程、それだけ大きなヤマだって事ね。まぁ、聞いた以上は断れないしやるっきゃないか」
 「いや、口外しないでくれるならば降りても構わんよ。無理強いはせん」
 「へ?でも、引き受ける冒険者が居なかったら困るんでしょ?」
 「ああ、しかし私は身分を振りかざして何かを強制したりするのは嫌いでね。だから高額の報酬を約束したという側面もあるのだよ」

 驚くケイに優しく静かな瞳を向けるオーランドは、貴族としては変わり者だと言える。
 話を聞いた以上は責任を果たせ!と言い切れば断れる冒険者など居ないだろうにと、疑問を感じたケイだったがオーランドの人柄には強い好感を抱いた。

 「ダンケルク侯爵は裏で両親を殺害して家督を継いだ。異常とも言えるその才覚で国庫を凌駕する程の財を成し、その経済基盤の構築は国の行く末に口出し出来るほどにまで成長しようとしている。しかも、武術に至るまで稀有な才能を有してるのだ。直接戦場へは出たがらぬが、若き剣聖ライオネルやガイウス陛下、陛下が新たに見出した騎士ガードルートと並ぶほどの猛者だという」

 その優れた剣技も然る事ながら、それ以上に槍技が天才と言う他無く。
 狙えば指一本分と外す事無く貫く正確さと、訓練用の木槍で鋼鉄の鎧すら貫く絶技の持ち主だとか、モンスター討伐の初陣でオーガロードを一突きで仕留めた武勇の持ち主だとか、内内ながらも勇名は轟いているらしい。

 「最近、ロシル侯爵家の長女、ロシル・エカテリーナと婚約したかと思えば、一月もしない内に結婚してな。彼女には黒い噂が昔から付きまとっていたのだが、そのとても女性とは思えぬ残虐さと嗜虐癖で、ロシル侯爵家でも扱いに困っていた彼女をダンケルク侯爵が妻としたのだよ」

 それからひと月も経たぬ内に失踪事件が発生し始め、判明しているだけでも週に一回は発生しているという。
 王国が極秘に派遣した密偵も姿を消しているらしいし、人数を把握していないスラム民まで含めれば、犠牲者は3桁に上るだろうとまで予測しているらしい。
 しかし、その証拠になる物が一切残されておらず、下手に嫌疑を掛ければ己の首を絞める事になる。

 「おそらくは彼等が原因であろう事は分かってはあるのだが、証拠が無いし、何よりも探ったものが誰一人として帰ってこないのだ。証拠さえ掴む事が出来れば止める事も出来よう。個人的には彼を処罰したくは無いと思っておるのだ。人格に少々問題があろうとも、彼は王国に必要な存在だろう」

 項垂れるクラインの表情には力が無く、後悔や迷いといった感情が滲み出ているのが分かる。
 彼はその優秀さ故に非情に成れる面も持つが、根の部分に持つ優しさ......言い換えるならば甘さも多分に持ち合わせていた。
 もしも、彼が苛烈な人格の持ち主であれば即座にダンケルクの抹殺を決行しているだろう。
 失敗が無い様に王すらも説き伏せ、近衛騎士団全軍と獅子王ガイウスを伴って問答無用に叩き潰せば良いのだから。

 「この国の方向が最悪へと向く前に修正しておきたいのだ。どうかよろしく頼む......この通りだ」

 立ち上がったクラインは深く頭を下げてケイ達に頼み込む。
 貴族が、ましてや公爵という最下位ながらも王位継承権にすら手が届く存在が、たかが冒険者風情に頭を下げて頼み込むという異例な事態にイングリッドも目を白黒させる。
 
 「頭を上げてください!そのような事をしては駄目です!」
 「命を賭けてくれと言うのだ。これ位で済むのならば私の頭など何度でも下げようとも」

 ケイが躊躇いながらも肩を掴んでようやく頭を上げたクラインだったが、これでケイの意思は決まった。
 もっとも、そんな事が無くても引き受けるつもりだったが、モチベーションが上がった事に変わりは無い。
 こうして依頼を引き受けた2人は、翌日から早速調査を始める。
 
 「へぇ、面白い話を聞きましたね。こちらでも少々動いてみましょうか......私の庭で好き勝手させ続けるのも名前に傷が付くと言う物ですから」

 どこかで呟いた声はひっそりと空気に溶けて消えた。
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