上 下
96 / 117
在ったかもしれない別の可能性

旅立ちの日

しおりを挟む
 盛大な葬儀が行われ、当主不在となったアルジェント家は、母であるマリーベルが引き継いだ。
 セージナイトが大きくなるまでの間は、セリオンやカーミラが支援してくれる事になり、王家から降嫁したミーティア様がセージナイトの伴侶として我が家に迎えられた。

 あれから6年、私は14歳になった。母も昨年にはセージナイトに当主の座を譲り、アルジェント家の当主は正式にセージナイトの物をとなった。
 弟のセージナイトも13歳にもなると、当主としての自覚が出てきた。
 しっかりと自分の考えを持ち始めた彼だが、それよりも遥かに優れた伴侶がいるので彼女に依存する部分も出てきているのが心配でもある。

 年上のミーティア様がセナをリードているのだろうが、既に尻に敷かれているのが目に見えて分かる。
 彼女の言葉に頷く姿ばかり見る気がするぞ?しっかりしろセナ!。

 「ミーティア様がセナを支えてくれれば、アルジェント家は安泰ですね。お母様」
 「ええ、そうね。」

 19歳の彼女はとてもしっかりしており、王族としての英才教育で帝王学を、加えて強い向上心から数々の学問を収めているので、正に文武両道の女傑だと言えよう。
 王家の為、我がアルジェント家の為に、その優れた才覚を存分に発揮して周囲を驚かせている。

 「ケイはどうするの?自慢じゃないけれど、何処出しても恥ずかしくない娘に育ったと思っているわ」
 「そうですねぇ。お父様も私が14歳になったら嫁に出すと仰っていたそうですし、そろそろ身の振り方を考えなければなりませんね」
 
 そうは言うものの、女として育ったとはいえ中身は男なのである。
 前世でしょ?と言われても、まだ心の整理はついていないのだ。それに......。

 『こっちの世界に転生させておいてあれじゃが、お前さんも覚悟決めたらどうじゃ?』
 『顔も知らん相手と結婚出来るか!貴族が恋愛結婚出来るとは思わないが、話した事も無いのに体を許せるか!』
 『それに本当は、もう決めておるんじゃろう?何時まで先延ばしにするんじゃ?』

 (ケイティア、お前は生きたいように自由に生きろ。アルジェントの家が邪魔になるなら捨ててしまえ。アゲートが枷となるなら飛び出してしまえ)

 お父様がくれた言葉、あの時に答えは出ていたのだ。
 異世界から転生してきたのは貴族の娘になる為じゃない。
 私は、俺は剣の道を究めたい!この力を手に入れてから、ずっと思っていた。

 「ケイ、無理しなくていいのよ?貴方は誰よりも濃くあの人の血を受け継いでいるのだから。倒れるなら剣を握って戦場で、死闘を繰り広げるような強敵こそが求める相手だものね」
 「それは!」
 「あの人はケイに何と言ったの?大人しく貞淑な妻たれ、なんて間違っても口にしなかったでしょう?」
 
 ああ、お母様は全部理解しているんだ。私の事も、お父様の事も全部理解しているんだ。
 考えていた事を全て見透かされている気さえする。

 「私は......この国を出ます。剣の道を往きたいと思います」
 「そう、やっぱりケイはあの人の娘ね。いつかこんな日が来ると思っていたわ」
 「奥様の仰る通りです。旦那様はこうなる事を予期しておられました」

 執事服を着たクラウスが話しに割ってはいる、己の立場を弁えた彼ならば絶対しない事だが、今回はどうしても話さなければならない事があるようだ。

 「最後の日、旦那様が私に下さった魔法の道具袋には手紙が入っておりました。おそらくこの日が訪れるだろう事、その時に妨げる者が居るならば誰であっても排除せよと」

 道具袋からクラウスが手紙を取り出し、ケイへ向かって差し出す。

 「奥様の分はあの日既にお渡ししておりましたが、ケイ様へはこのタイミングで渡すように指示が書かれておりましたので」

 手紙を開けたケイは中身を広げて目を通す。
 悩んで書いたのであろう、癖のある字で書かれた手紙は実に彼らしい言葉で書かれていた。


 ケイティアへ

 この手紙を読んでいるという事は、俺は既にこの世には居らんだろう。
 戦場で死んだか、お前達家族に看取られて死んだかは分からんが、死因は戦いに関する事が原因だろうよ。
 
 この日が来る事は分かっていた。
 嫁に出さなかったのは私情も多分に含まれているが、何よりもお前を縛り付ける鎖が有ってはならんと思ったからだ。
 貴族の娘ともなれば勝手に国を出る事など許されん。それに、お前は俺の娘だからな。自分で言うのもなんだが、それだけで価値がある。
 それに、公爵家という家柄に擦り寄ってくる羽虫も多いだろう。

 実は、陛下にはこの国に仕える段階で許可を貰っている。 
 俺の血を引いているなら、地位や名誉を捨ててでも国を出たがる子供が生まれるだろう。だから、もし本当にそんな事があれば、その時は自由にさせてやって欲しいとな。
 まさか、息子じゃなく娘が剣を握るとは思っちゃいなかったんだが、そこは俺も驚いたさ。

 マリーベルは出来た女だ。お前を止めようとはしないだろうし、逆に笑顔で送り出してくれるはずだ。
 だが、あいつは弱いからな。たまにで良いから顔を見せに来てやってくれ。
 セージナイトにはミーティア様がいるから大丈夫だろうが、馬鹿な事をしているようなら性根を叩き直してやれ。

 旅に必要な費用や、便利な道具なんかは宝物庫から好きなだけ持っていけ。
 俺が傭兵時代から稼いだ金や魔道具なんかも全部放りこんであるから、何か役に立つ物があるだろう。
 全部持ち出しても我が家が傾く事は無いから安心しろ。
 マリーが管理している蔵にも、公爵家が代々受け継いできた財産がたんまりあるからな。

 冒険者ギルド、傭兵ギルド、魔術師ギルド、商人ギルドなんかへの紹介状も準備してある。
 どうせお前はアルジェントの名前を利用する気はないんだろう?
 俺の傭兵時代の名を使うのはどうだ?クランブルの姓なら貴族である事もばれないだろう。
 身分を証明するカードは各ギルドが作ってくれるだろうから、好きな所に行けば良いさ。

 最後に、我が娘よ。
 苦難に立ち向かう時ほど、己の信念を強く持て。
 迷いは剣を鈍らせる。自分が何をしたいのかは自分で判断しろ。
 苦しくとも決して他人に迎合するな。

 その道の先に望む未来がある事を祈っている。  アルジェント・バルクホーン


 「ありがとう、クラウス。お父様の心遣いに感謝して旅に出ます」
 「行くのねケイ。止めはしないけれど、別に今すぐという訳ではないのでしょう?」
 「はい、お父様が管理していた宝物庫で準備を整えるよう、手紙に書かれていました」

 こうして旅立ちの準備を整えてた私は旅に出ることになった。
 書物で知った知識だけでは不安だが、前世の知識と便利なナビゲーターもいるのだから大丈夫だろう。
 王家への報告や旅の準備に2日ほど掛かったが、挨拶しなければならない人が他にも居たのだから仕方が無い。
 シリウス様やカーミラ様からも餞別を頂いた。「バルクホーンの子供なら仕方が無い」だそうだ。


 これもお父様がこの日の為に準備してくれていたからだろう。

 「体に気を付けるのよ?いつでも帰ってきなさい。待っているわ」
 「ありがとう。お母様、英雄の娘として恥ずかしくない生き方をします。いつか国中に名を轟かせる剣士になって見せます」
 「ケイティア様のご無事を祈っております。本当であれば護衛でも付けたい所ですが、それは望まれないでしょう。いつお戻りになられても良いように、クラウスはアルジェント家を守っております」

 公爵邸を出た私は冒険者ギルドへ向かうことにした。
 異世界に来たんならここは外せないだろう。立場を考えて行きたいとは言えなかったが、これからは自分の足で歩いていくのだ。
 己の目で見て、耳で聞き、考えて行かなければならない。

 14歳は少し早かっただろうか。
 
 『お前さん、中身の年齢じゃったら30台じゃろうが』
 
 はいはい、そうでしたね。
 賑やかな脳内同行者と一緒に私は歩き始める。
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~

雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...