異世界転生する事になったけど、必死に努力する自前の精神力しか頼れるものはありませんでした。

SAKI

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魔族侵攻編

温泉都市トルマリン~蠢く野望~

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 「いや~、温泉なんて久しぶりですからねぇ。私もじっくり疲れを癒さなければ」

 リトアが楽しげに鼻歌を歌いつつ温泉に期待を膨らませているのは、目的地が目の前に見えている為である。
 『トルマリンへようこそ!』と書かれた看板を横目に街を囲む外壁に目を向けると、所々に輝きが目立つ事が分かる。
 この周辺の土地は電気石が豊富に取れる特産地で、街を覆う外壁にも使用されている。
 青、紫、緑、黄、赤と含まれる成分の割合で様々な発色をしているが、土の精霊に加護を受けた素材をふんだんに使用したレンガは強固なだけでは無い。
 【耐久力上昇 大】【衝撃吸収 中】【ダメージ反射 大】【自動再生 中】【守護者生成】という強烈な付与効果を持った外壁の防衛力はアゲートでも随一の防衛力を持っているのだ。

 「これは盗賊団が徒党を組んだ所で鎧袖一触にされるのが目に見えているな。俺でも攻めあぐねる強固さだ」
 「魔導の極みさね。上級魔術師ハイマジシャン上級付与士ハイエンチャンターがこの潤沢な魔力と素材を使うと、これくらい馬鹿げた守りが完成するわけだ」
 「ブレンダは博識ね、昔から何でも語り聞かせてくれるけど知識の底が見えないわ」
 「それは違うよアン。アタシだって知らない事はあるさね、言えるのは知ってる事だけさ」

 年長者らしく振舞うブレンダだが、ガードルートに寄り添う姿は恋する乙女のように初々しい。だがその一方では、結ばれた今となっても子を見守る母親の様な慈愛も健在である。
 アンやガードルートの疑問に対して、一つ一つ丁寧に答えて新たな知識を教授する様は先生と生徒のようでもある。

 「我々でもあの外壁を突破してトルマリンを攻め落とすのは難しいだろうな」
 「団ちょ......スタークは攻めるよりも守るのが主体だから良いじゃないの(スタークだってよ!ヽ(*´∇`)ノ私ってば大胆過ぎじゃね?(。・ ω<)ゞ」
 「ああ......そうだな」

 後ろに腕を組みながらスタークの顔を上目遣いに覗き込むアイシャは、以前の鉄面皮とは打って変わって愛嬌に溢れている。
 油断した隙に手を繋がれたスタークはその精神的な衝撃にウッと赤くなりながらも生返事を返すばかりだった。 真面目でお堅いスタークだったが、相手の感情を理解してしまったが為に以前のように振舞う事が出来ず翻弄されるばかりだ。

 「なぁ、甘酸っぱくて堪らんのだが?」
 「奇遇だな?実は俺もそうなんだ」
 「何かこう......頬を染めたおっさんが美女と手を繋いでランラン♪してる光景って犯罪臭がするな」
 「いや~アタシにもあんな時期があったかと思うと初々しくて見てられないねぇ」
 「「「え”?あったの!?」」」
 「失礼だねぇ!?あんた達は今晩じーっくり躾けてやる必要がありそうだねぇ?」

 団員達もようやく結ばれた2人をネタにご機嫌だが、調子に乗った3人組は足腰が立たなくなるまでじーーーっくりと搾り取られたそうだ。
 そんな彼等だが苦悶の悲鳴を上げながらも、その表情は幸福に満ち溢れていたという。

 「トルマリンへようこそ!アーネスト辺境伯様より連絡は頂いております。良い滞在を」
 「ありがとう。じっくり温泉を堪能させて貰うよ」

 ガードルートが懐から取り出したトルマリンを加工して作られた割符は、アーネストから通行証だと貰った物だった。
 ゲストを招く際に使用される特別製の割符を合わせると、リィンと鈴の様な音が鳴り響く。

 「ありがとうございます。では皆様一人お一つこの滞在許可証をお持ちください」

 カードキーの様に加工されたミスリル製の滞在許可証は街から出る時に記念の指輪と交換になるらしい。
 説明を受けた一行は宿泊施設が記載されたマップを受け取り今回泊まる宿へと向かう。



 
 「作戦首尾の方はどうなっているのだ?」
 「は!我が軍の偵察隊が目標の監視を行っておりますが変化無し。こちらの存在には気が付いていないようです」
 「ふむ、上出来だ。王都からの援軍が来る前に片を付けなければならん。我々の野望にはどうしても大量の資源が必要となる。特にあの街の周辺に溢れる鉱物資源がな」

 配下の魔族から報告を受けた人物はグラスに注がれたワインを弄ぶように揺らすと一気に飲み干す。
 フゥと息を付くと立ち上がり周囲を睥睨する。

 「諸君、私は我々魔族が長きに渡る雌伏の時を耐えてきた事を誇りに思う」

 バッと両腕を広げて虚空を仰ぎ見る人物は仰々しいまでに己の仕草をアピールし、言葉を続ける。

 「愚かな人間達は時を刻む毎にその愚かさに磨きを掛け、際限の無いその増長に更なる拍車を掛けてきた!他者より上へ、他者より豊かになろうと終いには奴隷なるシステムまで組み上げたのだ!」

 徐々に興奮して盛り上がる同志達にゆっくりと語り聞かせるよう言葉を紡いでいく。

 「同族を貶めて都合の良い傀儡とし、富を、自由を奪うだけでなく!生涯全てを差し出させる非道の行い!それを平気で行うのが人族だ!我々誇り高き魔族では考えられない事だと思わないか?」
 「そうだそうだ!」 「鉄槌を下せ!」 「奪われる苦しみを教えてやれ!」
 「然らば!我々が罪深き人族に裁きを下し!新たな世を創る。いや、創らねばならぬ!」

 己自身が発した言葉に酔いしれるが、それと同時に周囲の空気が熱を帯びていくのを敏感に感じ取ったその人物は仕上げとばかりに士気を鼓舞する決定的な言葉を発した。

 「諸君、我々が求める安らぎを手に入れる道程は長く険しいだろう。だがしかし......時は来た!我慢を続けた我々は、あの忌々しい壁を越える手段を手に入れたのだから!」

 バッっとマントを翻して振り向いた先には巨大な2連装の砲台が鎮座していた。
 砲身の直径だけで7メートルはあろう巨大なソレは淡く緑の輝きを宿しており、明かりに乏しい広間の中で一際目立って見える。

 「超々長距離砲撃で極大威力の魔導弾が発射可能な我が軍の最新兵器......その名も【アステリオス】!その対なる砲身から吐き出される魔導弾はドラゴンすらも容易く屠り、巨人すらも一撃で爆砕させるだろう!ふふは......ふははははは!」
 「「「「「オォオーーーーーーー!!!」」」」」
 
 大喝采を浴びたその人物は己が栄誉を称えられる事に陶酔して身震いするが、次の瞬間には表情を切り替えて次の言葉を紡ぐ。

 「このアステリオスが諸君の勢いを後押ししてくれるだろう!なに、心配するな。我が最高傑作が防がれる事などありはしない。断言しよう!アステリオスが諸君の道を切り開くとな!」
 「「「「「ジェローム!ジェローム!ジェローム!」」」」」
 
 再び起こった喝采を前に彼は両手を上げて答えるのだった。

 (下賎な人族め。我が叡智の結晶を存分に味わうが良い。アレは人間共に独占させておくには余りにも惜しい。このジェロームが思い知らせてやろう!かつての栄華を取り戻し、世界を統治するのは魔族だという事をな!)

 平和を謳歌する人族の与り知らぬ所で産声を上げた野望は遂にその牙を剥いた。
 訪れるはずだった安らぎの時間はこうして引き裂かれる事となる。
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