73 / 117
王都の闇編
黒衣の呪術士
しおりを挟む
ひと時の安息を得たガードルートは、地下に存在する最後の欠片を目指して走り出した。
設置した魔道具が作り出した炎獄は、打ち寄せる波のように途切れる事の無いアンデット達を跡形も無く燃やし尽くしていた。
地下でこれだけの火が発生すれば酸素も全て燃やし尽くす所だが、魔法や魔道具での暗殺を警戒したダンケルクの希望で換気設備は徹底されている。
「この奥か......マップの赤い光点が集結する前に脱出しなければな」
拷問室として使われていた部屋である事は把握している。呼ばれでもしない限り絶対に入りたく無い場所だったが、目的が目的なのだから避けては通れない。
濃密な負の気配を感じる部屋の扉を開けて中に入ると、室内に設置された照明が自動で灯り、暗闇を一掃する......はずだったのだが、正面の拷問器具が濃密な漆黒のオーラで光を吸収している。
「鋼鉄の処女か、夫人のお気に入りだったな。私はどんな化け物を相手すれば良いのだ?」
「その声はガードルートね。何年ぶり......何十年ぶりかしらね。元気だった?」
ガチャリと開いた鋼鉄の処女の中から現れたのは、漆黒のローブを目深に被った老婆だった。エカテリーナをしに追いやった原因。王国にその悪名を轟かせた呪術士「グレーズ・ブレンダ」はガードルートにとって大切な存在であった。
「冗談はその辺にしておけ。老婆の姿で芝居を打つなら、声も喋り方もそれらしくするんだな。そのような若い声で安い芝居を打っても、騙される奴などおらんだろうに」
「年齢は相応なんだけどねぇ。不老を手に入れてから感覚がおかしくなったのさ」
バサリとローブを翻すと、老婆は20台半ば程の妖艶な女性に姿を変える。匂い立つような色香が艶やかな雰囲気を演出し、女性の淫靡な魅力を際立たせている。目深に被ったローブの前を開きその肢体を晒した姿は、傾国の美女と言っても過言では無いだろう。
ローブの下に来た真紅のドレスをグイグイと押し上げる豊かな胸に、キュッと締まった腰。抱きしめれば折れてしまいそうな儚さと美しさを両立した腰から伸びる足は、傷一つ無く滑らかで、完成された美を内包していた。
「2人と別れてからは退屈でさ、ただ過ぎていく生にも飽いていたしねぇ。別に生へしがみつく気も無かったんだけどさ。あの小娘の所業には怒りがこみ上げてきてね。道連れにしてやったよ」
「図らずもアンの復讐を果たしてくれていたのがお前だと知ってな。少々複雑な思いだったよ」
「スカッとしたかい?それなら呪術を掛けて殺した甲斐があったってもんだ。けどね、アンは今でも大切な友人であり、何時までも可愛い娘さね」
腰まで伸ばした黒髪をフワッとかき上げる仕草は、それだけで道行く男達を魅了するだろう。彼女は意識していないが、ガードルートでなければ正気を失っていただろう。
「魂の欠片が目的だろう?別にくれてやっても良いんだけど、それだけじゃ~面白くないねぇ!アンには悪いけど、今はあたしだけを見てもらうよ!」
左右に広げた両手には蒼い炎が燃え盛り、頭上には紅蓮に燃える拳大の炎球はギュルギュルの高速回転している。炎球が頭上から前方へと浮遊して降りてくると、左右に燃え盛る蒼炎を喰らい尽くして紫炎へと変わる。
「綺麗だろう?我が生涯最高にして最大の魔術。紫苑の呪炎さね。別れの時にくれた花......忘れちゃいないよ」
「約束だ。だから忘れた事など無いさ。修羅に落ちるにはアンとの思い出も、お前との時間も封印する必要があった。あの時があったからこそ今の俺がある」
「この一撃で命を奪えたなら、アンタは永遠にあたしの物だ」
「良かろう。今こそ我が剣で道を切り開く!捨てた物の価値を超える力を手に入れた証明は、我が剣で語る」
胸に抱いた思いを放つように両手で押し出された紫苑の呪炎球は、更に力を増してダンケルクを燃やし尽くそうと高速で飛来する。
「はぁああああああ!」
闘気を剣に変えて放つ奥義、ガードルートが闘剣と名付けたこの技は、剣に纏わせる事で真価を発揮する。剣から伸びた紅刃でサイズが2メートルまで肥大した剣で最高の一撃を振るう。
バチバチと力が押し合い、2つの力を境目として左右に力の余波が漏れる。地面には亀裂が走り、狭い室内を破壊の力が満たすと、ビリビリと部屋全体が振動を始める。
「さすがはあたしが、あたし達が惚れた男だね。アンとあっちで待ってるよ」
同等に渡り合っているように見えたが、限界の力で放った呪炎に対して叩きつけてから更に全身のエネルギーを叩き込むガードルートの剣はこれから力を増していくのだった。
呪炎を切り裂き紅刃がブレンダに迫るが、直撃する寸前で刃が消失する。
「俺の勝ちだ。これでいいだろう?俺にお前を斬らせないでくれ」
「ああ、そうだね。悪かったよ。私の負けだ」
複雑な関係だった。彼女は育ての親であり、戦う術を与えてくれた師匠であり、対等に仕事をしたパートナーであり、男として初めての相手でだった。
時と共に移り変わる関係の中で、ガードルートとアンナマリーは誰よりもフレンダを愛し、愛されたのだった。
平民として生を受けたガードルートとアンナマリーは幼くして両親を無くした。当ても無く少ない食料を分け合い生活していたが、ついに食料は底をつき、残された僅かな金も使い切った2人には選択肢が残されていなかった。死か、奴隷として身を落とすかの二択を迫る現実を憎む気持ちで一杯だったが、8歳児に出来る事など何も無かった。
スラムで人攫いに遭遇した2人は、ブレンダに救われて生きる術を学び成長していく事になった。長い時の中で生き甲斐を無くしたブレンダの心を2人が救い、心を救われたブレンダは誰よりも深い愛情を2人に注いだ。
互いに依存しあう関係だったが、それは家族の絆よりも余程深い物だったと全員が思っている。
「ガードルート、あんたに植え付けられた嘘の記憶に気付いているかい?」
「ああ、父上に会ってから違和感は感じていたが、お前に会って正体が分かったよ」
「あんたが夢を誰かに託すような安い人間じゃないって事は、あたしが一番知っている」
「だが、まだ何かを失っている気がするんだ」
「魔法で治療を施せば何か分かるかもしれないね。あたしに任せなよ」
ガードルートの治療を始めようと魔法を組み上げたブレンダに静止の声がかかる。
「それ以上はルール違反だよお嬢さん。ガードルートには悪いが、答えを手に入れるのは自力でなければならないんだ。君は自分を取り戻さなければならない」
「ケイ殿......いや、ケイ様ですか」
「別に呼び方は拘らないから好きに呼んでくれて構わないよ。君はまだ会わなければならない人物がいるんだ。もう少し冒険してもらうよ?」
思わぬ人物の乱入に緊張したが、敵意が皆無の様子を見て安堵した2人は構えを解いた。抵抗しても戦いとなれば即座に殺される事など、佇まいを見るだけで嫌な程理解していたが、構えたのは条件反射だった。
「まだ会わなければならない人物がいるのですか?それは誰で、何処に居るのです?」
「探さなくても必ず会う事になるよ。今回の出会いも含めて、全ては俺が計画した通りに事が進んでいる。逸脱しようと足掻くも良し、受け入れるも良しだけどな。次だけは絶対に受け入れる事をお勧めするぜ?」
「もう抵抗する気はありませんよ。記憶は取り戻せていませんが、こうなった背景が見えて来ました。本当に復讐するべき人間は誰で、その対象が誰かも含めて......ね」
そういったガードルートを見て満足したのか、ケイは姿を消す。部屋全体を支配していた強大な気配が消え失せた事で、周囲の状況が分かるほどに感覚が鋭敏になっているのが明確に感じられた。
ケイの気配に気が付いた残り2つの赤い光点がここへ向かっている事も分かる。
「もう逃げ道は無しか、次の刺客はただの敵だろうが、一戦交えない訳にはいかないだろうな」
「そんな事言ってる内に......ほら」
ガチャリとドアノブが回り室内へ侵入してくる人影が2人、1人は古びた全身鎧を着た騎士、もう1人は緑色の服を着た男......弓からして狩人だろう。
「ライオット・ガードルート殿とお見受けした。我が剣を馳走する」
「本来なら騎士の決闘を邪魔するような無粋な真似はしないのですが、今回は美学を捨てて相手を致します」
騎士は鎧と動きから見てリトア騎士団所属だった誰かだろう。全身鎧と言葉から【鉄壁のクリフ】を連想した。狩人は心当たりが無いが、周辺3国で名を馳せた弓士ならば【神弓のセリオン】【義賊のロビン】【一矢六殺のカーミラ】だろうが、セリオンとカーミラは存命のはず、ならば彼はロビンだろうと予測する。
「あんた達の相手はあたしさ。あんたはもう行きな!」
「しかし、そんな事をすればお前は」
既に崩れ始めた体を見て絶句するガードルートだったが、既に止めるには遅すぎた事を悟る。命の全てを注いだのだろう。先ほど受けた一撃を遥かに上回る紫苑の魔力が部屋を満たしていく。
「楽しかったよガードルート。もし来世があるならばその時は」
転移魔方陣が足元に現れた事に気付いたガードルートは意図を悟ると、最後の言葉に耳を傾ける。
「またアンとあたしとあんたで......愛してるわ」
転移したガードルートを追いかけるでもなく刺客の2人は佇んでいる。
「邪魔しないなんて紳士な男達だねぇ。動けないように結界は張ってるけどさ」
「逢瀬を邪魔する騎士がいるならば、逆に切り伏せるが我が騎士道」
「私の対象はダンケルクであって貴方達ではありませんからね。拾った命にも執着はありません」
暴発しそうに高まった魔力の渦の中で笑みを交わす3人だったが、終わりの時間は訪れる。
「感謝するさね。最後は痛みも感じない死をプレゼントするよ、【死音の恋歌】」
部屋に紫苑の花が咲き乱れるように、紫の呪炎が爆発を繰り返して花を形取る。抵抗すら許される事無く部屋ごと爆砕した3人の姿は消え失せる。残ったのは燻るように残る3輪の炎の花だった。
「ブレンダ......あの時違う選択をしていたなら、アンとお前は生きていたのだろうか......いまさらだな」
その手に握られているのは【防魔のアミュレット】だった。
【防魔のアミュレット】「レアリティ SR」
呪術師ブレンダが作り出した魔道具で3輪の紫苑の花をモチーフにした絵が刻まれている。
装備者を一日3回まで魔法から守る力を持つ。魔法の規模によっては1度で全ての力を使い尽くすので注意が必要である。
効果を発揮すると花の色が失われていくのが目印となる。
花言葉通り、所持者の記憶を蘇らせる力を持ち、【精神異常耐性】のスキルを付与する。
「君を忘れる事などあるものか」
決意を新たにしたガードルートは一緒に転移してきた魂の欠片を回収すると、1階へ向けて走り出した。
「ケイ様の用意した結末通りになるだろうな。俺自身の過去がそれを望んでいる気さえする」
自嘲する男はアミュレットを握りながら過去へと思いを馳せる。
設置した魔道具が作り出した炎獄は、打ち寄せる波のように途切れる事の無いアンデット達を跡形も無く燃やし尽くしていた。
地下でこれだけの火が発生すれば酸素も全て燃やし尽くす所だが、魔法や魔道具での暗殺を警戒したダンケルクの希望で換気設備は徹底されている。
「この奥か......マップの赤い光点が集結する前に脱出しなければな」
拷問室として使われていた部屋である事は把握している。呼ばれでもしない限り絶対に入りたく無い場所だったが、目的が目的なのだから避けては通れない。
濃密な負の気配を感じる部屋の扉を開けて中に入ると、室内に設置された照明が自動で灯り、暗闇を一掃する......はずだったのだが、正面の拷問器具が濃密な漆黒のオーラで光を吸収している。
「鋼鉄の処女か、夫人のお気に入りだったな。私はどんな化け物を相手すれば良いのだ?」
「その声はガードルートね。何年ぶり......何十年ぶりかしらね。元気だった?」
ガチャリと開いた鋼鉄の処女の中から現れたのは、漆黒のローブを目深に被った老婆だった。エカテリーナをしに追いやった原因。王国にその悪名を轟かせた呪術士「グレーズ・ブレンダ」はガードルートにとって大切な存在であった。
「冗談はその辺にしておけ。老婆の姿で芝居を打つなら、声も喋り方もそれらしくするんだな。そのような若い声で安い芝居を打っても、騙される奴などおらんだろうに」
「年齢は相応なんだけどねぇ。不老を手に入れてから感覚がおかしくなったのさ」
バサリとローブを翻すと、老婆は20台半ば程の妖艶な女性に姿を変える。匂い立つような色香が艶やかな雰囲気を演出し、女性の淫靡な魅力を際立たせている。目深に被ったローブの前を開きその肢体を晒した姿は、傾国の美女と言っても過言では無いだろう。
ローブの下に来た真紅のドレスをグイグイと押し上げる豊かな胸に、キュッと締まった腰。抱きしめれば折れてしまいそうな儚さと美しさを両立した腰から伸びる足は、傷一つ無く滑らかで、完成された美を内包していた。
「2人と別れてからは退屈でさ、ただ過ぎていく生にも飽いていたしねぇ。別に生へしがみつく気も無かったんだけどさ。あの小娘の所業には怒りがこみ上げてきてね。道連れにしてやったよ」
「図らずもアンの復讐を果たしてくれていたのがお前だと知ってな。少々複雑な思いだったよ」
「スカッとしたかい?それなら呪術を掛けて殺した甲斐があったってもんだ。けどね、アンは今でも大切な友人であり、何時までも可愛い娘さね」
腰まで伸ばした黒髪をフワッとかき上げる仕草は、それだけで道行く男達を魅了するだろう。彼女は意識していないが、ガードルートでなければ正気を失っていただろう。
「魂の欠片が目的だろう?別にくれてやっても良いんだけど、それだけじゃ~面白くないねぇ!アンには悪いけど、今はあたしだけを見てもらうよ!」
左右に広げた両手には蒼い炎が燃え盛り、頭上には紅蓮に燃える拳大の炎球はギュルギュルの高速回転している。炎球が頭上から前方へと浮遊して降りてくると、左右に燃え盛る蒼炎を喰らい尽くして紫炎へと変わる。
「綺麗だろう?我が生涯最高にして最大の魔術。紫苑の呪炎さね。別れの時にくれた花......忘れちゃいないよ」
「約束だ。だから忘れた事など無いさ。修羅に落ちるにはアンとの思い出も、お前との時間も封印する必要があった。あの時があったからこそ今の俺がある」
「この一撃で命を奪えたなら、アンタは永遠にあたしの物だ」
「良かろう。今こそ我が剣で道を切り開く!捨てた物の価値を超える力を手に入れた証明は、我が剣で語る」
胸に抱いた思いを放つように両手で押し出された紫苑の呪炎球は、更に力を増してダンケルクを燃やし尽くそうと高速で飛来する。
「はぁああああああ!」
闘気を剣に変えて放つ奥義、ガードルートが闘剣と名付けたこの技は、剣に纏わせる事で真価を発揮する。剣から伸びた紅刃でサイズが2メートルまで肥大した剣で最高の一撃を振るう。
バチバチと力が押し合い、2つの力を境目として左右に力の余波が漏れる。地面には亀裂が走り、狭い室内を破壊の力が満たすと、ビリビリと部屋全体が振動を始める。
「さすがはあたしが、あたし達が惚れた男だね。アンとあっちで待ってるよ」
同等に渡り合っているように見えたが、限界の力で放った呪炎に対して叩きつけてから更に全身のエネルギーを叩き込むガードルートの剣はこれから力を増していくのだった。
呪炎を切り裂き紅刃がブレンダに迫るが、直撃する寸前で刃が消失する。
「俺の勝ちだ。これでいいだろう?俺にお前を斬らせないでくれ」
「ああ、そうだね。悪かったよ。私の負けだ」
複雑な関係だった。彼女は育ての親であり、戦う術を与えてくれた師匠であり、対等に仕事をしたパートナーであり、男として初めての相手でだった。
時と共に移り変わる関係の中で、ガードルートとアンナマリーは誰よりもフレンダを愛し、愛されたのだった。
平民として生を受けたガードルートとアンナマリーは幼くして両親を無くした。当ても無く少ない食料を分け合い生活していたが、ついに食料は底をつき、残された僅かな金も使い切った2人には選択肢が残されていなかった。死か、奴隷として身を落とすかの二択を迫る現実を憎む気持ちで一杯だったが、8歳児に出来る事など何も無かった。
スラムで人攫いに遭遇した2人は、ブレンダに救われて生きる術を学び成長していく事になった。長い時の中で生き甲斐を無くしたブレンダの心を2人が救い、心を救われたブレンダは誰よりも深い愛情を2人に注いだ。
互いに依存しあう関係だったが、それは家族の絆よりも余程深い物だったと全員が思っている。
「ガードルート、あんたに植え付けられた嘘の記憶に気付いているかい?」
「ああ、父上に会ってから違和感は感じていたが、お前に会って正体が分かったよ」
「あんたが夢を誰かに託すような安い人間じゃないって事は、あたしが一番知っている」
「だが、まだ何かを失っている気がするんだ」
「魔法で治療を施せば何か分かるかもしれないね。あたしに任せなよ」
ガードルートの治療を始めようと魔法を組み上げたブレンダに静止の声がかかる。
「それ以上はルール違反だよお嬢さん。ガードルートには悪いが、答えを手に入れるのは自力でなければならないんだ。君は自分を取り戻さなければならない」
「ケイ殿......いや、ケイ様ですか」
「別に呼び方は拘らないから好きに呼んでくれて構わないよ。君はまだ会わなければならない人物がいるんだ。もう少し冒険してもらうよ?」
思わぬ人物の乱入に緊張したが、敵意が皆無の様子を見て安堵した2人は構えを解いた。抵抗しても戦いとなれば即座に殺される事など、佇まいを見るだけで嫌な程理解していたが、構えたのは条件反射だった。
「まだ会わなければならない人物がいるのですか?それは誰で、何処に居るのです?」
「探さなくても必ず会う事になるよ。今回の出会いも含めて、全ては俺が計画した通りに事が進んでいる。逸脱しようと足掻くも良し、受け入れるも良しだけどな。次だけは絶対に受け入れる事をお勧めするぜ?」
「もう抵抗する気はありませんよ。記憶は取り戻せていませんが、こうなった背景が見えて来ました。本当に復讐するべき人間は誰で、その対象が誰かも含めて......ね」
そういったガードルートを見て満足したのか、ケイは姿を消す。部屋全体を支配していた強大な気配が消え失せた事で、周囲の状況が分かるほどに感覚が鋭敏になっているのが明確に感じられた。
ケイの気配に気が付いた残り2つの赤い光点がここへ向かっている事も分かる。
「もう逃げ道は無しか、次の刺客はただの敵だろうが、一戦交えない訳にはいかないだろうな」
「そんな事言ってる内に......ほら」
ガチャリとドアノブが回り室内へ侵入してくる人影が2人、1人は古びた全身鎧を着た騎士、もう1人は緑色の服を着た男......弓からして狩人だろう。
「ライオット・ガードルート殿とお見受けした。我が剣を馳走する」
「本来なら騎士の決闘を邪魔するような無粋な真似はしないのですが、今回は美学を捨てて相手を致します」
騎士は鎧と動きから見てリトア騎士団所属だった誰かだろう。全身鎧と言葉から【鉄壁のクリフ】を連想した。狩人は心当たりが無いが、周辺3国で名を馳せた弓士ならば【神弓のセリオン】【義賊のロビン】【一矢六殺のカーミラ】だろうが、セリオンとカーミラは存命のはず、ならば彼はロビンだろうと予測する。
「あんた達の相手はあたしさ。あんたはもう行きな!」
「しかし、そんな事をすればお前は」
既に崩れ始めた体を見て絶句するガードルートだったが、既に止めるには遅すぎた事を悟る。命の全てを注いだのだろう。先ほど受けた一撃を遥かに上回る紫苑の魔力が部屋を満たしていく。
「楽しかったよガードルート。もし来世があるならばその時は」
転移魔方陣が足元に現れた事に気付いたガードルートは意図を悟ると、最後の言葉に耳を傾ける。
「またアンとあたしとあんたで......愛してるわ」
転移したガードルートを追いかけるでもなく刺客の2人は佇んでいる。
「邪魔しないなんて紳士な男達だねぇ。動けないように結界は張ってるけどさ」
「逢瀬を邪魔する騎士がいるならば、逆に切り伏せるが我が騎士道」
「私の対象はダンケルクであって貴方達ではありませんからね。拾った命にも執着はありません」
暴発しそうに高まった魔力の渦の中で笑みを交わす3人だったが、終わりの時間は訪れる。
「感謝するさね。最後は痛みも感じない死をプレゼントするよ、【死音の恋歌】」
部屋に紫苑の花が咲き乱れるように、紫の呪炎が爆発を繰り返して花を形取る。抵抗すら許される事無く部屋ごと爆砕した3人の姿は消え失せる。残ったのは燻るように残る3輪の炎の花だった。
「ブレンダ......あの時違う選択をしていたなら、アンとお前は生きていたのだろうか......いまさらだな」
その手に握られているのは【防魔のアミュレット】だった。
【防魔のアミュレット】「レアリティ SR」
呪術師ブレンダが作り出した魔道具で3輪の紫苑の花をモチーフにした絵が刻まれている。
装備者を一日3回まで魔法から守る力を持つ。魔法の規模によっては1度で全ての力を使い尽くすので注意が必要である。
効果を発揮すると花の色が失われていくのが目印となる。
花言葉通り、所持者の記憶を蘇らせる力を持ち、【精神異常耐性】のスキルを付与する。
「君を忘れる事などあるものか」
決意を新たにしたガードルートは一緒に転移してきた魂の欠片を回収すると、1階へ向けて走り出した。
「ケイ様の用意した結末通りになるだろうな。俺自身の過去がそれを望んでいる気さえする」
自嘲する男はアミュレットを握りながら過去へと思いを馳せる。
1
お気に入りに追加
2,330
あなたにおすすめの小説

異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜
ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった!
謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。
教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。
勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。
元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。
力を持っていても順応できるかは話が別だった。
クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。
※ご注意※
初投稿、試作、マイペース進行となります。
作品名は今後改題する可能性があります。
世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。
旅に出るまで(序章)がすごく長いです。
他サイトでも同作を投稿しています。
更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる