異世界転生する事になったけど、必死に努力する自前の精神力しか頼れるものはありませんでした。

SAKI

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異界からの侵略者

誇りある敗北

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 生まれてから一度の敗北も無く。
 歯向かう者には完全なる敗北と死を。
 この大空は我が為にこそあると思い生きてきた。

 「ふん、風神ウィンディルの眷属?聖獣グリフォンが聞いて呆れる弱さだな。我が速度に迫る事も出来ず、我が体に掠り傷を残すのが精一杯ではな」

 王は敗者を見下ろし、その弱さを恥じろと心を抉る。
 空を見上げているのは、エアレイドに勝るとも劣らぬ巨躯のグリフォンだった。
 体中に深い傷を負い、今もボタボタと傷から流れる血が大地を濡らして広がっている。
 美しい羽は見るも無残にへし折られ、陽の光を反射して黄金に輝いていた毛皮は赤黒い血を吸って鉛のように重い。

 「不甲斐無し。神に与えられし我が力が及ばぬ程の強者だとは......だが認めよう。貴様こそがこの蒼天の支配者であると」
 「ほざきおるわ。貴様如きに言われずとも我こそが王、帝王は唯一このエアレイドのみよ!我は慈悲深い、故に敗者たる貴様にも安らかなる死を与えようではないか」

 大きく息を吸い込んだエアレイドは強烈な咆哮を上げると同時に急降下を開始する。
 ギラリと光る鋭い爪が並ぶ両足で、ガッシリとグリフォンの首根っこを掴むと、猛烈な急降下で手に入れた運動エネルギーを使って、天高くへとグリフォンを放り投げた。

 「風に帰るがいい!カァアアアアアアア!」

 風と水の魔力を込めた猛吹雪のようなブレスを天へと吐き出す。
 既に瀕死のグリフォンは何の抵抗もする事無くブレスの直撃を受けた。
 瞬時に凍りついたグリフォンは瀑布のようなブレスの奔流に晒され、粉々に粉砕されて赤い雪と化した。

 「ふん、身の程を弁えぬからこうなるのだ。全力を出すまでも無い」

 
 その我が身を脅かす強者がよもや塵芥に等しい人間だとはな。
 大空を往く我は、突如発生した凶悪な力によって大地へと叩きつけられる事となる。

 「よお。悪いけどちょっとお使いを頼まれてくれねぇか?」

 声の主はこう告げた。
 とてつもない重力場を発生させたのはこやつか......いや、違うだろう。
 禍々しい邪気を放つ人型の何かは、三人の部下を従えていた。
 その内の一人、非力に見える小娘が我に手を向けて魔力を放っているのが見える。

 「貴様!何者かは知らんがこの我に......グガァ」
 「主の許し無く発言をするな!トカゲ風情が!」

 我が言葉を遮って強烈な重力場が一層強くなり、持ち上げた頭が大地に叩きつけられる。
 全身がミシミシと嫌な音を上げているのが分かる。

 「よせ、ラムダ。そんなに興奮しては可愛い顔が台無しだ」
 「お戯れを......オメガとシータが見ております」

 頬に当てられた手を、ウットリとした表情で握りながら心にも無い言葉を吐き出す。
 嫉妬しているのだろう。
 その姿を見て、残る二人の女の表情も歪んでいる。

 「二人も落ち着け。興奮して力を解放しすぎだぞ」

 その言葉によって高まりつつあった魔力は霧散した。
 目の前にいる4人は例外無く我を超えた力を持っているだろう。
 人間を超越した何かがそこに存在している事に、我が心を恐怖で染め上げる何かに戦慄を覚えた。

 「ああ、放置して悪かったね。こっちに来てからやる事が山積みなんだわ。おかげで猫の手も借りたいくらい忙しいんだよねぇ。だから猫ならぬトカゲの手も借りたいんだわ」

 ズブリと何も無い空間に手を差し込んだ男は、手のひら程の球体を取り出した。

 「これは【知識の水晶球】っていってさ。持ち主が込めた情報を他者に継承する事が出来る魔導具なんだわ」

 光り輝く水晶球が我が目前までふよふよと漂ってくる。
 そして、ピシリとひびが入ったかと思えば粉々に砕け散った。
 同時に沢山の記憶が我に流れ込んできた。

 「それはターゲットに関する記憶と関連する情報な。それと、お前は頭が悪そうだから便利な魔法術式も入れといた。どうせ探知術式なんて知らないだろう?やったね!これで君も今日から賢者様だよ?くっはははは」
 「きっさまぁああああああ!死ぬがよい!」

 強引に重力場を引きちぎった我は、全力で突進しながら両翼から魔力を噴射して加速する。
 瞬時に音速を超えたぶちかましを食らえば、いくら化け物のような力をもっていようともただでは済むまい......と思ったのが間違いだった。

 「いくら賢者の知識を与えようと、所詮はトカゲか。俺に敵うわけねぇだろうっ......が!おらおら!」

 見えない障壁に弾かれて宙を舞ったかと思えば、見えない巨大な何かに掴まれて何度も地面に叩きつけられる。

 「ぐあぁああああ!やめ、やめろ!やめて!やめてくれぇえええ!」
 「聞こえねぇなぁ!聞こえねぇ!」

 ドズン!ズズン!と何十回何百回と繰り返された叩きつけによって巨大なクレーターが生まれ、深く広く規模を増していく。
 全身の骨は砕け、内臓は破裂して全身から血が噴出した。
 手足はあらぬ方向へと曲がり、自慢の翼からも骨が突き出してズタボロになった。
 それでも生きていられるのは、我が強い生命力を持った竜王種だからであろうか?これほど我が身に頑丈さを呪った事はないだろう。
 
 「あれ?悲鳴も上げなくなったか?つまらんなぁ」
 「トカゲ風情には過ぎた褒美ですわ。主がご満足されていないのであれば、私を存分に折檻してくださいまし」

 残念そうにする男に後ろから絡みつく女は、上気した頬で荒い息を吐く。
 先ほどの小柄な少女に比べて、十分に発育した肢体は成熟した色香を帯びている。

 「シータも落ち着け、それは夜のお楽しみだ。さて、どっちが上か心身共に刻まれて分かっただろう?回復してやるから次はおとなしくしていろよ?」

 男がパチンと指を鳴らすと、全身を蝕んでいた激痛が消失した。
 おぼろげになっていた意識は覚醒し、むしろ今まで以上に全身に力が漲るようだった。
 瞬時に再生した身体は強靭さを増しており、鱗は生え変わったばかりのように艶やかに輝いている。

 「どうだ?死にかけてから全快した気分は。魂に刻まれた恐怖がより強固な身体を求めて存在そのものを作り変える。俺の研究成果は確かだな。うんうん」
 「主、そろそろ本題に移った法がよろしいかと。あまりのんびりしていては我々の存在に感づかれるやもしれませぬ」

 女騎士が男に結論を急がせるように話しかけると、男は何かを思い出したのか、急に真面目な表情になった。

 「やって欲しい事はさっき【知識の水晶球】で頭に流し込んだ。【聖女】を確保して俺の所まで連れてこい。こっちはこっちでやる事があるんでな。確保したら通信魔法で俺に連絡を入れろ。しくじったら殺す。逃げたら殺す。何か謀をしても殺す......分かったな?」

 冷徹な言葉を残すと、四人は転移魔法を発動させて溶けるように消えた。
 この時既に我が命運は決していたのだろう。



 「これこそが必殺必滅【テンペスト・エアレイド】である!」
 「『【リベンジ・フォア・テュール】』」

 強烈な力同士の激突は引き分けに終わった。
 いや、身体ごと突っ込んできた事を加味すればエアレイドのダメージは深刻なのだろう。
 しかし、俺の方はガルムが逝ってしまった。

 大地へ墜落したエアレイドの千切れ飛んだ右腕から、ビチャビチャと溢れる血が大地を染める中、俺は今こそが好機だと確信して飛び出した。
 奴が身を起こす前に決着をつけてやる。

 「ガルムの仇は俺が果たす。でりゃああああああ!」
 
 双剣による乱舞で体中を滅多切りにしていくが、それでもエアレイドの死が訪れる気がしない。
 既に全身から血が噴出しているというのに、命の脈動が伝わってくるような濃密な生命の気配を感じる。

 「く......右半身が思い通りに動かぬか。よもや魂まで食い千切られるとは......鎧に助けられたな小僧。しかし、所詮は悪あがきに過ぎん。貴様と我とでは生物としての格が違ったのだ」

 強引に身体を起こしたエアレイドが術式を編み上げると即座に開放した。
 緑の奔流がエアレイドを包み込み、傷を癒していく。
 見る見る内に傷は塞がり、千切れとんだ右腕からの出血も止まった。

 「むう、魂を食い千切られた影響は癒せぬか」

 しかし、傷は塞がったが右腕は直らず、右半身には力が入らないようだ。
 さすがに竜の知識でも、魂レベルの治癒には、しばし時間が必要だと推測できる。

 「くっそおおおお!まだだ!俺は勝たなければならんのだ!ガルムの犠牲は無駄にはせん!」
 「往生際の悪い奴め。瀕死の身で立ち上がるのは見事だが、既に大勢は決しているのが分からぬか!」

 顔を俺に向けて、ブレスを放とうとするエアレイドだったが、そうはさせない。
 左右に跳躍しながら距離を詰めていけば良いのだ、今なら速度ではこちらが有利だ。
 息が切れる、失った血が多すぎるのか身体も重い。
 闘気の補助がなければ立つ事も厳しい位消耗しているのだから当然だが、それでも俺は止まる訳にはいかない。

 「これが最後だ!全部持ってけぇえええ!」

 失った右腕の付け根から心臓へ向けて闘気で作った剣を突き刺し、伸ばしていく。
 これで仕留められなければ俺は敗北するだろう。

 「ぐぁあああああ!こんな馬鹿な、我が人間如きに二度も屈辱を、屈辱をををぉおおおお!」
 「はぁ、はぁ......これで、終わり、だ」

 伸びた剣は心臓を貫き、内部にあった竜核を砕いた。
 確かな感触を覚えた俺は意識を失った。



 「ぐふ、見事なり。このような終わりならば認められる。小僧、いやアーネストと言ったか。我が命の灯も残り僅か......竜を屠った勇者には祝福が与えられる。これは呪いでもあるのかも知れんな?ふふふ」

 ぐったりと倒れ付すアーネストを見下ろすエアレイドは、残念な気持ちよりも喜びの気持ちが勝っている不思議な心境だった。
 長き生に飽きていた訳では無いが、圧倒的に強きエアレイドは恐れられ、畏れられ、故に孤高、故に孤独であった。

 「戦友ともよ。黒き獣の主よ。我が奪った友を返そう。そして、我が命の残り灯を贈ろう」

 残る左腕で自らの心臓を抉り出したエアレイドは、倒れ付すアーネストの頭上で心臓を握りつぶした。
 流れ出した熱き血潮を浴びたアーネストの傷は急激に癒えていった。

 「そして、我が竜核を触媒に再生を」

 エアレイドの身体に食い込んだガルムの破片、そして竜核を触媒に己の肉体そのものを対価として捧げる術式を構築したエアレイドは別れを告げる。

 「傀儡となった我を解放した勇者に祝福を!誇りある死をその身に刻め!」

  己の心臓を天に向けて掲げたまま、エアレイドはその生に幕を下ろした。
 エアレイドとアーネストを中心として描かれた魔法陣が輝き、グルグルと回転しながら宙へと浮かび上がっていく。

 それはやがて光の柱へと変化し、天へと向かって高く高く伸びていった。
 それはエアレイドが空へ帰る事を望んだかのように、高く高く伸びていったのだった。
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