28 / 43
3章
兎殺エピソード1 ある冒険者達の絶体絶命
しおりを挟む
「こりゃ、上に戻るのは無理じゃな。全員で協力しても不可能じゃろう」
遥か上にある断崖絶壁を見上げて、ドワーフが呟く。
高さ30メートルはあるだろうこの崖の下にPTが居る理由、それはダンジョン中層のフロアマスターに見つかった事、必死で逃げている時に、エリナが踏んだ転移トラップが原因である。
「あのまま逃げていても皆殺し、このままでは餓死を待つばかり...こりゃ積んだのう」
「ガイア爺さんの言う通りです、これは積んだでしょうね」
同意するようにエルフの青年が肯定の声を上げた。
「しかし、まだ食料もあるのです。救出を待ちましょう!諦めてはダメです!!」
シスターが必至で声を掛けるが、皆が沈黙してしまう。
「....ですがエリナさんが言うように、諦めても何も事態が好転しないのも確かです。誰か一人でも上がる事が出来れば、助けを呼んで来れるのですが...」
「そうです!希望はきっとあります!諦めないでください!」
エルフの青年が絞り出した希望の言葉に同意の声を上げて、必死に場を盛り上げようとするシスターを見て、ドワーフの目にも火が灯ったのだった。
「そうじゃな、ワシやケリーの様に100年単位で生きた者が死ぬならともかく、エリナのように成人すらしていないヒューマンがいるのだ!結婚もしていないだろうに死なせてしまうなど、長命種のプライドに賭けて許すわけにはいかん!死んでも死にきれんわ!」
ガッハッハと笑い声を上げて陽気に振る舞うドワーフは、客観的に見れば道化としか言いようがなかっただろう。しかし、エルフの青年と若きシスターには何よりも心強い言葉だった。
それから1週間が過ぎた、食料も残りわずか2日といった所か?節約して食べてきたが、限界も近づいている。エルフは魔石に全力で魔力を込めているし、ドワーフは魔石に合わせて何かを付けるつもりなのだろう、必死で何かを作っている。
「これさえ完成すれば!これさえ何とか行けば!」
鬼気迫るとはこの事を言うのだろう、ガイアの顔を見てその必死さを感じない者はいないだろう。
ケリーも同様で、体中から魔力を振り絞って魔力を注ぎ続けている。既に顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。
「頼む!もってくれ!壊れるな!壊れるな!」
魔石自体にも補強の魔法を掛けながら、魔力を注ぎ続けている。
エリナは精神的な衰弱は見られるが、二人の頑張りを見て弱気な態度を見せないように努めている。わずかに天井から滴り落ちる水滴を集めたり、足場にするつもりなのであろう、崖に付いた印の部分をメイスで砕いている。
たった3人きりのPTだったが、今までで一番団結して事に当たっていた。
彼らとて分かっていた。冒険者なのだから、他のPTメンバーが抜けて入れ替わるのは当たり前だ。命が掛かっているし、何時までも安定して金を稼ぐ事が出来る職業では無い。
条件が良い所があれば、直ぐに優先する者だっているのが現実だ。付き合いだとか仲間意識だとか言っていられない生活を送る者もいるし、現状に満足せずに遥か高みを目指して努力する者だっているのだ。
優れた者が劣る者を踏み台にしていくなど、彼らの職業では常識である。
食料も尽きかけたそんな時だった。
崖の上からラビットが1匹落ちてきたのだ。
最初の内は、上手く崖を跳ねていたが、何しろ高さが高さなので中程に至る頃には、バランスを崩してしまい岩肌に体をぶつけながら下りるのがやっとだった。
全身を痙攣させてピクピクしている兎を見て、ガイアは「食料が自分から落ちて来た!」と声を上げるが、エリナは直ぐに駆け寄るとラビットに治癒魔法をかけだした。
「何をやっているんですか!」とケリーも声を上げるが、エリナは止まらなかった。
やがて、傷が治癒したラビットが飛び上がり、エリナに向かって噛み付いた。
噛み付かれた部分から血が出るのも構わず、エリナはラビットを抱きしめながら撫でる。
「大丈夫よ?貴方を殺したりしないわ」
ラビットを落ち着かせるように優しく撫でるエリナを見て、ケリーとガイアは殺気を納めた。
ラビットも落ち着いたのか、噛み付くのを止めた。
撫でられているのが気持ち良くなったのか、目を細めてジッとしている。
「エリナにも困ったものじゃのう」「まったくです。こちらも命の危機にあるのですが...」
「ダメです!こういう時こそ心に余裕を持たないといけません!」
ニコニコと顔を緩ませながらラビットを撫でるエリナを見ると、二人は起こる気も失せてしまった。
死が目前に迫り、エリナ自身にも精神的な余裕が無くなって来ていたのは、二人も気になっていたのだ。だからこそ、二人も命を削る思いで自分を追い込み、あそこまでやっていたのだ。
「この場はこれで良しとするか」「ですね、我々は自分の仕事に戻りましょう」
更に一日が過ぎて、二日目が過ぎようとする時に声が上がる。
「間に合ったな!でかしたぞケリー!」「ガイア爺さんこそ!これで上に戻る事が出来る!」
二人はガシッと手を繋ぎ、お互いの成功を称えあっている。
魔石を中心に結界を発生させて空間を固定する。魔道具が発する風魔法を、結界の下に向けて放出する事で上昇するという、至ってシンプルな作りとなっている。
魔道具を製作した事の無い二人が、死ぬ気で作った簡易魔道具だが、一度だけならば上手く動いてくれるだろうと二人は確信していた。
何度もテストは行ったし、魔力が切れた場合に使う予備の魔石も作り上げた。
後は脱出するだけなので、二人の興奮は最高潮に達していた。
しかし、この9日で力を使い果たしたのか、エリナはグッタリとした状態で地面に敷いた外套の上に寝ている。
ケリーとガイアの思いは一緒だった。自分達を必死で励まし、最後まで希望を持とうと自分の思いを誤魔化して励まし続けてくれた、誰よりも大切な仲間を助けたかった。
エリナが必死に削って作った魔道具を設置する足場、そこに行った二人は最終点検を行うと魔道具を設置した。
この短期間で懐いたのか、ラビットがエリナの周りを飛び跳ねて様子を窺っている。
その様子がおかしかったのか、二人も笑うとエリナを起こそうと駆け寄っていく。
二人の気配に気付いたのかエリナが身を起こすと、その膝に飛び乗ったラビットが顔を上げてエリナを見つめていた。
「完成したのですか?お疲れ様でした。貴方も私を励ましてくれてありがとう」
頭を撫でられたラビットは気持ち良さそうにしながらも、エリナが元気を見せてくれた事に安心したらしく、ピン!と立っていた耳がフニャっと垂れた。
「よし!さっさと地上に帰るぞ!エリナ、ケリー、むう...コイツも連れてくかのう?」
「コイツじゃありません!この子はルトです!ねぇ?それでいいよね!?」
「ラビットに人語が理解できると思いませんが....分かったみたいですね」
エリナの周りを嬉しそうに飛び跳ねるルトは、この時本当にPTの一員になったのだ。
魔道具を起動すると、不安定ながらも3人と1匹を乗せた魔道具は高度を上げていく...10m....15m....20m....25m....後少しの所で上昇が止まる。
「まだじゃ!ケリーあれを使うんじゃ!」「はい!スペア魔石の魔力は満タンです!」
中央にある魔石をサッと取り替えると、少し高度を落としたが再び上昇が始まった。
「いけるぞ!....よし!崖の高さを超えた。風魔法の方向を調整するぞ」
フヨフヨと頼りなく浮かんでいた魔道具だったが、崖の高さを越えて無事に着地出来そうな所まで来る事が出来た。
『グルルアァアアア!ガァアアアアアア!!!!』
陸に降り立った瞬間、絶望が姿を現したのだった。
【グランガイア山脈】第4山タイタンの地下迷宮、中層フロアマスター【アースドラゴン】が現れたのだ。
天井スレスレまで届く程の圧倒的な体躯は、8mを超えて山のような印象を受ける。
ツヤツヤと碧色に輝く頑強な鱗を身に纏い、ダイヤモンドを超える硬度を持つ爪と牙は、あらゆる物を切り裂き、砕き、破壊する。
竜とはそれほどまでに強大で圧倒的な存在である。冒険者にとって、正しく死の象徴である。
「こんなオチですか....やれやれ、一度死ぬ覚悟を決めた身です。私が足止めを引き受けましょう!お二人は生きて戻ってください。迷宮入り口に作ったキャンプの中には王都への転移オーブが入っています」
「馬鹿言うな!最年長のワシが残らんでどうする!それに、ドワーフの鈍足じゃ追いつかれて食われるのが見えとるわい。お前さん達が逃げるんじゃ、ホレ!さっさと行けい!」
「駄目です!置いてなんて行けません!私達はPTじゃないですか!死ぬ時は一緒です」
「小娘が甘っちょろい事を抜かすな!ワシはもう十分生きたわい!....二十歳にもならん癖に死に急ぐでないわ」
【アースドラゴン】はこちらの様子を確認しながら、何かを警戒しているようだった。
直ぐに皆殺しにされてもおかしくない状況だったが、どうしてかそうならなかった。
エリナが不思議に思い、腕の力が緩んだ瞬間、ルトが【アースドラゴン】に向かって走り出したのだった。
(皆逃げて!....さようなら)
三人の頭の中に声が響いた。ルトは人語を理解していたのでは無く【共感】のスキルを持っていたのだった。
特殊固体が多額の報酬と引き換えられる事を、ルトは知っていたのだ。
それ故にスキルの事を打ち明けられないでいたが、今のルトには迷いは無かった。
どうせ拾われた命だ。最後くらいは恩返しをして果てようと....小さなラビットは全力で【アースドラゴン】へ突撃していく。
ルトの存在に気づいた【アースドラゴン】だったが、矮小なラビット一匹がどうするのだと侮りの視線を向けていた.....が!
【脱兎の如く】【捨て身】【月の加護】のスキルを発動したルトは、倍化した速度でステップを刻み、加護による闇との親和性によって姿を消した。
【アースドラゴン】は驚愕する、手に取るほどの価値も無いはずの存在が、目にも留まらぬ速さで駆けたと思えば、姿を消したのだ。
『ゴァアアアアア!!!!!』突如左目に奔った激痛に叫び声を上げて、地面に両腕を打ちつけた。
ルトの決死の一撃が【アースドラゴン】の眼球に直撃したのだ。
(良くやったぞ!そこのラビット!お前の覚悟が皆を救った!!)
忽然と現れた黒い疾風が、凄まじい殺気を振りまきながら【アースドラゴン】の周囲に竜巻の如く巻き付いた。
3人と1匹はこの瞬間に自分達が、滅多刺しの粉微塵にされたかのような錯覚に陥った。
暴風等と言う言葉では生易しいと思う程に、苛烈鮮烈な斬撃の雨、巨体のドラゴンが見る見る内に小さくなっていく。
【死神の鎌】【旋風の乱撃】【疾風の連撃】【百撃千殺】 我が最強の奥義!その身に刻め!【百万の処刑】
【隻眼の死神】敵対した者は必ず死ぬと言われる、現役冒険者でも最強候補に名を挙げられる漆黒の悪夢。
すれ違った瞬間に微塵切りにされた悪党は数知れず、一人で100万を相手取る事が出来るとまで言われる、生きた伝説がそこにいた。
圧倒的な硬度を持つ筈の鱗など物ともせず、斬撃が削り取っていく、腕が、足が、尾が千切れ飛び宙を舞った。仕上げとばかりに漆黒の鎌が首を刎ねた。
【アースドラゴン】が秒殺されるなど誰が予想しただろうか?全滅を覚悟して、自らが生贄になろうと覚悟していたのが、馬鹿らしくなる結果だった。
S級アダマンタイトタグを付けた冒険者【隻眼の死神】ガゼルが助けに来た、それは約束された王都への帰還を意味する事だった。
「ギルドマスターから緊急依頼と聞いてどんな用件かと聞けば、信頼しているベテラン冒険者PTが9日間も帰らないというじゃないか、良く我慢したな!お前達が諦めなかったから助ける事ができたんだ」
ガゼルが3人の肩を叩き賞賛の言葉を浴びせる。
「3人と1匹の冒険者達!これより王都に帰還する!」
ガゼルがオーブを掲げると、魔方陣が現れて全員を包むと、王都への転移門が開いた。
遥か上にある断崖絶壁を見上げて、ドワーフが呟く。
高さ30メートルはあるだろうこの崖の下にPTが居る理由、それはダンジョン中層のフロアマスターに見つかった事、必死で逃げている時に、エリナが踏んだ転移トラップが原因である。
「あのまま逃げていても皆殺し、このままでは餓死を待つばかり...こりゃ積んだのう」
「ガイア爺さんの言う通りです、これは積んだでしょうね」
同意するようにエルフの青年が肯定の声を上げた。
「しかし、まだ食料もあるのです。救出を待ちましょう!諦めてはダメです!!」
シスターが必至で声を掛けるが、皆が沈黙してしまう。
「....ですがエリナさんが言うように、諦めても何も事態が好転しないのも確かです。誰か一人でも上がる事が出来れば、助けを呼んで来れるのですが...」
「そうです!希望はきっとあります!諦めないでください!」
エルフの青年が絞り出した希望の言葉に同意の声を上げて、必死に場を盛り上げようとするシスターを見て、ドワーフの目にも火が灯ったのだった。
「そうじゃな、ワシやケリーの様に100年単位で生きた者が死ぬならともかく、エリナのように成人すらしていないヒューマンがいるのだ!結婚もしていないだろうに死なせてしまうなど、長命種のプライドに賭けて許すわけにはいかん!死んでも死にきれんわ!」
ガッハッハと笑い声を上げて陽気に振る舞うドワーフは、客観的に見れば道化としか言いようがなかっただろう。しかし、エルフの青年と若きシスターには何よりも心強い言葉だった。
それから1週間が過ぎた、食料も残りわずか2日といった所か?節約して食べてきたが、限界も近づいている。エルフは魔石に全力で魔力を込めているし、ドワーフは魔石に合わせて何かを付けるつもりなのだろう、必死で何かを作っている。
「これさえ完成すれば!これさえ何とか行けば!」
鬼気迫るとはこの事を言うのだろう、ガイアの顔を見てその必死さを感じない者はいないだろう。
ケリーも同様で、体中から魔力を振り絞って魔力を注ぎ続けている。既に顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。
「頼む!もってくれ!壊れるな!壊れるな!」
魔石自体にも補強の魔法を掛けながら、魔力を注ぎ続けている。
エリナは精神的な衰弱は見られるが、二人の頑張りを見て弱気な態度を見せないように努めている。わずかに天井から滴り落ちる水滴を集めたり、足場にするつもりなのであろう、崖に付いた印の部分をメイスで砕いている。
たった3人きりのPTだったが、今までで一番団結して事に当たっていた。
彼らとて分かっていた。冒険者なのだから、他のPTメンバーが抜けて入れ替わるのは当たり前だ。命が掛かっているし、何時までも安定して金を稼ぐ事が出来る職業では無い。
条件が良い所があれば、直ぐに優先する者だっているのが現実だ。付き合いだとか仲間意識だとか言っていられない生活を送る者もいるし、現状に満足せずに遥か高みを目指して努力する者だっているのだ。
優れた者が劣る者を踏み台にしていくなど、彼らの職業では常識である。
食料も尽きかけたそんな時だった。
崖の上からラビットが1匹落ちてきたのだ。
最初の内は、上手く崖を跳ねていたが、何しろ高さが高さなので中程に至る頃には、バランスを崩してしまい岩肌に体をぶつけながら下りるのがやっとだった。
全身を痙攣させてピクピクしている兎を見て、ガイアは「食料が自分から落ちて来た!」と声を上げるが、エリナは直ぐに駆け寄るとラビットに治癒魔法をかけだした。
「何をやっているんですか!」とケリーも声を上げるが、エリナは止まらなかった。
やがて、傷が治癒したラビットが飛び上がり、エリナに向かって噛み付いた。
噛み付かれた部分から血が出るのも構わず、エリナはラビットを抱きしめながら撫でる。
「大丈夫よ?貴方を殺したりしないわ」
ラビットを落ち着かせるように優しく撫でるエリナを見て、ケリーとガイアは殺気を納めた。
ラビットも落ち着いたのか、噛み付くのを止めた。
撫でられているのが気持ち良くなったのか、目を細めてジッとしている。
「エリナにも困ったものじゃのう」「まったくです。こちらも命の危機にあるのですが...」
「ダメです!こういう時こそ心に余裕を持たないといけません!」
ニコニコと顔を緩ませながらラビットを撫でるエリナを見ると、二人は起こる気も失せてしまった。
死が目前に迫り、エリナ自身にも精神的な余裕が無くなって来ていたのは、二人も気になっていたのだ。だからこそ、二人も命を削る思いで自分を追い込み、あそこまでやっていたのだ。
「この場はこれで良しとするか」「ですね、我々は自分の仕事に戻りましょう」
更に一日が過ぎて、二日目が過ぎようとする時に声が上がる。
「間に合ったな!でかしたぞケリー!」「ガイア爺さんこそ!これで上に戻る事が出来る!」
二人はガシッと手を繋ぎ、お互いの成功を称えあっている。
魔石を中心に結界を発生させて空間を固定する。魔道具が発する風魔法を、結界の下に向けて放出する事で上昇するという、至ってシンプルな作りとなっている。
魔道具を製作した事の無い二人が、死ぬ気で作った簡易魔道具だが、一度だけならば上手く動いてくれるだろうと二人は確信していた。
何度もテストは行ったし、魔力が切れた場合に使う予備の魔石も作り上げた。
後は脱出するだけなので、二人の興奮は最高潮に達していた。
しかし、この9日で力を使い果たしたのか、エリナはグッタリとした状態で地面に敷いた外套の上に寝ている。
ケリーとガイアの思いは一緒だった。自分達を必死で励まし、最後まで希望を持とうと自分の思いを誤魔化して励まし続けてくれた、誰よりも大切な仲間を助けたかった。
エリナが必死に削って作った魔道具を設置する足場、そこに行った二人は最終点検を行うと魔道具を設置した。
この短期間で懐いたのか、ラビットがエリナの周りを飛び跳ねて様子を窺っている。
その様子がおかしかったのか、二人も笑うとエリナを起こそうと駆け寄っていく。
二人の気配に気付いたのかエリナが身を起こすと、その膝に飛び乗ったラビットが顔を上げてエリナを見つめていた。
「完成したのですか?お疲れ様でした。貴方も私を励ましてくれてありがとう」
頭を撫でられたラビットは気持ち良さそうにしながらも、エリナが元気を見せてくれた事に安心したらしく、ピン!と立っていた耳がフニャっと垂れた。
「よし!さっさと地上に帰るぞ!エリナ、ケリー、むう...コイツも連れてくかのう?」
「コイツじゃありません!この子はルトです!ねぇ?それでいいよね!?」
「ラビットに人語が理解できると思いませんが....分かったみたいですね」
エリナの周りを嬉しそうに飛び跳ねるルトは、この時本当にPTの一員になったのだ。
魔道具を起動すると、不安定ながらも3人と1匹を乗せた魔道具は高度を上げていく...10m....15m....20m....25m....後少しの所で上昇が止まる。
「まだじゃ!ケリーあれを使うんじゃ!」「はい!スペア魔石の魔力は満タンです!」
中央にある魔石をサッと取り替えると、少し高度を落としたが再び上昇が始まった。
「いけるぞ!....よし!崖の高さを超えた。風魔法の方向を調整するぞ」
フヨフヨと頼りなく浮かんでいた魔道具だったが、崖の高さを越えて無事に着地出来そうな所まで来る事が出来た。
『グルルアァアアア!ガァアアアアアア!!!!』
陸に降り立った瞬間、絶望が姿を現したのだった。
【グランガイア山脈】第4山タイタンの地下迷宮、中層フロアマスター【アースドラゴン】が現れたのだ。
天井スレスレまで届く程の圧倒的な体躯は、8mを超えて山のような印象を受ける。
ツヤツヤと碧色に輝く頑強な鱗を身に纏い、ダイヤモンドを超える硬度を持つ爪と牙は、あらゆる物を切り裂き、砕き、破壊する。
竜とはそれほどまでに強大で圧倒的な存在である。冒険者にとって、正しく死の象徴である。
「こんなオチですか....やれやれ、一度死ぬ覚悟を決めた身です。私が足止めを引き受けましょう!お二人は生きて戻ってください。迷宮入り口に作ったキャンプの中には王都への転移オーブが入っています」
「馬鹿言うな!最年長のワシが残らんでどうする!それに、ドワーフの鈍足じゃ追いつかれて食われるのが見えとるわい。お前さん達が逃げるんじゃ、ホレ!さっさと行けい!」
「駄目です!置いてなんて行けません!私達はPTじゃないですか!死ぬ時は一緒です」
「小娘が甘っちょろい事を抜かすな!ワシはもう十分生きたわい!....二十歳にもならん癖に死に急ぐでないわ」
【アースドラゴン】はこちらの様子を確認しながら、何かを警戒しているようだった。
直ぐに皆殺しにされてもおかしくない状況だったが、どうしてかそうならなかった。
エリナが不思議に思い、腕の力が緩んだ瞬間、ルトが【アースドラゴン】に向かって走り出したのだった。
(皆逃げて!....さようなら)
三人の頭の中に声が響いた。ルトは人語を理解していたのでは無く【共感】のスキルを持っていたのだった。
特殊固体が多額の報酬と引き換えられる事を、ルトは知っていたのだ。
それ故にスキルの事を打ち明けられないでいたが、今のルトには迷いは無かった。
どうせ拾われた命だ。最後くらいは恩返しをして果てようと....小さなラビットは全力で【アースドラゴン】へ突撃していく。
ルトの存在に気づいた【アースドラゴン】だったが、矮小なラビット一匹がどうするのだと侮りの視線を向けていた.....が!
【脱兎の如く】【捨て身】【月の加護】のスキルを発動したルトは、倍化した速度でステップを刻み、加護による闇との親和性によって姿を消した。
【アースドラゴン】は驚愕する、手に取るほどの価値も無いはずの存在が、目にも留まらぬ速さで駆けたと思えば、姿を消したのだ。
『ゴァアアアアア!!!!!』突如左目に奔った激痛に叫び声を上げて、地面に両腕を打ちつけた。
ルトの決死の一撃が【アースドラゴン】の眼球に直撃したのだ。
(良くやったぞ!そこのラビット!お前の覚悟が皆を救った!!)
忽然と現れた黒い疾風が、凄まじい殺気を振りまきながら【アースドラゴン】の周囲に竜巻の如く巻き付いた。
3人と1匹はこの瞬間に自分達が、滅多刺しの粉微塵にされたかのような錯覚に陥った。
暴風等と言う言葉では生易しいと思う程に、苛烈鮮烈な斬撃の雨、巨体のドラゴンが見る見る内に小さくなっていく。
【死神の鎌】【旋風の乱撃】【疾風の連撃】【百撃千殺】 我が最強の奥義!その身に刻め!【百万の処刑】
【隻眼の死神】敵対した者は必ず死ぬと言われる、現役冒険者でも最強候補に名を挙げられる漆黒の悪夢。
すれ違った瞬間に微塵切りにされた悪党は数知れず、一人で100万を相手取る事が出来るとまで言われる、生きた伝説がそこにいた。
圧倒的な硬度を持つ筈の鱗など物ともせず、斬撃が削り取っていく、腕が、足が、尾が千切れ飛び宙を舞った。仕上げとばかりに漆黒の鎌が首を刎ねた。
【アースドラゴン】が秒殺されるなど誰が予想しただろうか?全滅を覚悟して、自らが生贄になろうと覚悟していたのが、馬鹿らしくなる結果だった。
S級アダマンタイトタグを付けた冒険者【隻眼の死神】ガゼルが助けに来た、それは約束された王都への帰還を意味する事だった。
「ギルドマスターから緊急依頼と聞いてどんな用件かと聞けば、信頼しているベテラン冒険者PTが9日間も帰らないというじゃないか、良く我慢したな!お前達が諦めなかったから助ける事ができたんだ」
ガゼルが3人の肩を叩き賞賛の言葉を浴びせる。
「3人と1匹の冒険者達!これより王都に帰還する!」
ガゼルがオーブを掲げると、魔方陣が現れて全員を包むと、王都への転移門が開いた。
0
新作の投稿始めました。良ければそちらのほうも読んでください。
お気に入りに追加
1,291
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
わたしは不要だと、仰いましたね
ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。
試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう?
国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も──
生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。
「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」
もちろん悔しい。
だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。
「きみに足りないものを教えてあげようか」
男は笑った。
☆
国を変えたい、という気持ちは変わらない。
王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。
*以前掲載していたもののリメイク
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる