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私達は今王城の小さなガゼボで王太子シグルスと馬車を待っている。
今日から保養地で一週間お世話になるのだ。
侍女や侍従はどちらでも良いと言われているのでそれぞれに1人づつ侍女と侍従、計4人の使用人を連れてきた。
着替えなどの荷物は先に王家の人に預けてあるのでもう着いているかもしれない。

「お久しぶりですわ」

ニコニコと(セルディ的には無表情で)上品な茶色のワンピースをまとい荷物を持ってこちらに向かって歩いてくるのはシル様だった。

「お久しぶりです…ってシル様お一人なのですか!?」

私は慌てて侍女にシル様の荷物を持つよう指示を出す。

「ありがとう。お父様が王家が用意するなら不要だろうって仰って…」
少し俯き仰ったのでお兄様も寂しげにされたのを感じたらしい。
「到着まで不便でしょう。俺の侍女をお使いください。侍従が居れば充分なので」
お兄様グッジョブ!さすが攻略対象、気が利く。

「その必要はないよ。シルの侍女は既に用意してあるからね」

そう爽やかに登場したのはシグルスだった。
さすがメイン攻略対象。タイミング良くセルディの上を行く。
そしていつの間にか愛称呼びになっている。

「シル、この保養期間のうちに公爵に妹なんかではなく君との婚約を認めさせるからね?安心していいんだよ。休暇が終わる頃には城で暮らせるからね?」
そっとシル様の両手を自身の両手で包み微笑むとシル様は真っ赤になってしまった。

「ツィルフェール公爵令嬢の表情が変わったの、俺でも分かった」
だなんてボソッと言ってくるお兄様。
この一週間でシル様の尊さと表情の変化の見極めを叩き込んでやると内心決意する。

「…で、君は…ディルアーナ…嬢……?」

人を見て言い淀んで固まらないで欲しいが2週間でかなり痩せたのだ。この反応も無理はない。
なんせ前回シグルスに会ったのは休暇に入って3日目。
まだ見た目は本人が『もしかして?』と思う程度にしか痩せてなかった。

「お久しぶりです。本日からお世話になりますわ」

ニッコリと笑うとシグルス様が「ほう」と感心したような声を上げた。
今の私はちょっとふっくらしている程度にしか太っていない。
たった2週間じゃ有り得ない痩せ方だけどダイエットに魔法を組み込むとどんどん痩せた。
そりゃもう驚く程に痩せたのでかなりスチルのディルアーナに近付いている。

「本当にキレイになったわ…頑張ったのよね。えらいわ」

シル様が褒めてくれる。
シル様には、彼女を驚かせてはならないと手紙を送った上で先日うちに遊びに来てもらっていた。
見た目がかなり変わったので人見知りを起こすかもしれないという懸念もあったからだ。
しかし彼女はダイエットの成功を祝福し、とても喜んでくれた。
「美しくなったわ!ディディ、本当にキレイよ!」
そういって美容に良いというパックをプレゼントしてくれた。

「私の従者がトロル族の血を継いでいてね、ハーブや薬草にとても詳しいの」
「トロル族…?トロールでなく、ですか?」

トロールというのは魔物の中でも上位種で知能こそ高くは無いが頑丈な皮膚を持ち、魔法を使う固体もいるという大柄な亜人種の1つである。
ゲームでは差別される表現は無かったが、現実だとエルフやドワーフなど含め亜人は差別されている。
その原因は魔物の中に亜人種がいるからに他ならない。

「トロル族というのは妖精族の一種よ。人里から離れた丘陵地帯に住んでることが多いんだけどエルフ並に薬草に詳しい一族らしいわ」

シル様曰く純粋なトロル族はホビット族のように小柄で、成人した時に小さいほど強い力を持つらしい。
力の強いトロル族は人に幸運や不運を与える特殊な魔法を使えるので昔は権力者に狙われた事もあるそうな。
だがその時、身を守る為に当然ともいえるが彼らは人に不運になる魔法をかけ、現地に来ていた権力者が受けた為に滅んだ国もあったそうだ。
その為魔物と同様だと危険視する国もあるという。

彼らの見た目は、どんな長さに切っても毛先がオレンジになる大半が真っ赤な不思議な髪と黒い大きな目、少し尖った耳をしているのでトロル族の存在を知っていれば簡単に分かるという。
ただその大きな目に小柄な体躯と女性は可愛らしい者が多い為、それなりに人と交わっていて種族全体でみるとほとんどが人との混血、時折先祖返りした者が産まれるが純粋なトロル族はもはやおとぎ話の中にしかいないとまで言われてるそうな。

「あまりメジャーな種族ではないから余り問題無いけど…気付いた人には差別されちゃうのよね。危険視されるよりはずっと良いんだけど…」

少し困ったような顔で僅かに微笑むシル様。
自身の従者が差別されることに心を痛めているらしい。

ツィルフェール公爵は、公爵家なら貴族の使用人も沢山抱えているだろうにわざわざ亜人の血を引く者をシル様の従者にあてがっている。
それも一般人が見る分には人だが知識人には蔑まれる、公爵家の面子を保ちつつそれなりの者にはシル様は冷遇されている令嬢だと示す様な特徴の亜人をわざわざ雇って。

「公爵様は…何故シル様に不遇な扱いを強いるのでしょう…」
「私が至らないから仕方ないわ。それにトロル族の彼が従者なのは不遇でもなんでもないわよ?とても能力が高くて博識で…いつも助けられているの」

そりゃ私も本音では亜人は特殊な能力や才能がある分、人より優れているとは思う。
従者として助けてくれるならとても助かるだろう。
しかし亜人はこの国では蔑まれ、軽く扱われる存在なのは簡単に変えようも無いことなのだ。
そんな出自の者をわざわざ娘の従者に当てている、その行動こそが『不遇』なのだがシル様は分かっているのかいないのか…。

なんと言えばいいか分からない気持ちを押し込めて、私は黙ってぎゅうっとシル様を抱きしめた。
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