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第三章 月の神殿
3-15
しおりを挟む視界の端でチカリと光るものがあった。合図だ。ウトゥにちらりと視線を向ける。小さく頷く。
空は随分と明るくなって、夜が終わろうとしている。星の光はもうほとんど見えない。時間が、夜明けが迫っている。
「――さ、ここからやっと本題よ」
「父上、太陽神の座を明け渡して貰う」
八つの扉が開く。大地、火、樹木、花、海、水、風、星。それぞれの扉から出てくる者たちに、それぞれの国の人々が祈りを捧げた。初めて見る自国の神の姿を目に焼き付ける。
「十の神すべての同意が揃った」
「ここに同意書もあるわ。神紋入り、偽造はなしよ」
結慧が取り出した紙には署名欄すべてに名前があった。これで特例法の半分が成る。
「調子に乗るなよ、まだ神にもなっておらぬ若造共が!例え同意があろうと人間共の信仰はこの偉大な太陽神から動かぬわ!」
「……それは、どうかな」
火神ヴァルカンが前に出る。その手には魔道具。砂時計のような形で、硝子の中はキラキラとした光の粒子が詰められている。上下に分かれた光が多いのは、下。今もさらさらと光は落ち続けている。
太陽神もその魔道具の存在は知っていたようで、目を見開いてそれを凝視している。
「何故だ!人間共が何故、」
「真実を知れば人の心は動くだろ」
「自業自得ってやつじゃな~い?」
樹木神ククノチが手元を操作すれば、風神ノトスの持つ小型の放映具が起動する。映し出される太陽神の顔は驕りと傲慢で満ちている。
「世界中の全ての放映具で流しておりましたの」
「最初から全部ですわよ!」
水神ミヅハノメと花神フローラの言葉に人々は驚愕する。放映具を使用するには魔力が必要。確かに使うのはほんの僅か、砂粒ひとつにも満たない程だ。けれど、世界中の放映具をしかも遠隔起動とは。いったいどれ程の魔力が必要だろうか。「神様すっげぇ……」と人間から声があがったけれど、結慧たちだって神力を貯める魔道具に毎日力を注ぎ込んでギリギリできた事だった。
「テメェが散々見下してる人間の作った技術だぜ」
「それに負けた気分はいかがです?」
「甘く見すぎたな。人間の事も、我らの事も」
大地神ゲブが、海神ネレウスが、星神アストライオスが畳み掛ける。
「これで法が成った。太陽神の座は俺が引き継ぐ」
新たな太陽神ウトゥが前に出る。神の決め事が成立する。人の崇敬を得られぬ神など最早神ではない。
けれど。
「それを!この私が認めると思うのか!私こそが神だ、偉大なる唯一の神なのだ!!」
激昂。諦めてくれればよかったのに、そう簡単にはいかないらしい。もう時間がないというのに。
叫ぶ太陽神の手には二つの珠。
「――――月だわ」
結慧は思わず、緊張感の抜けた声を出してしまった。
白銀の光を放つ、でこぼことした球体。月を模したあれが、月の宝珠。
そしてもうひとつ、灼熱に輝き燃える珠。太陽の宝珠。
「貴様らを殺せば問題あるまい!そうだ、そうしてしまえば私は完璧なる唯一無二になれるのだ!」
月がぶわりと光る。どす黒く濃い靄が生まれる。闇を煮詰めたようなそれは獣の姿を形作る。魔獣。やはり月の宝珠で作り出していたのだ。夜を、闇を司る月の力で。
それがどんどんと大きくなる。魔獣の身体が膨れ上がる。みるみる内に見上げるほどの大きさになってしまった。ティコの街で暴れまわったあれらよりも、さらに大きい。
「何を、」
「……太陽の宝珠で魔獣を強くしてるんだ……!」
「二つの宝珠を同時に使うなど、馬鹿なことを。力が衝突する、どちらかが消え去るぞ」
「消えるのは月に決まっておろう!!」
嗤う太陽神。両手に持った太陽と月。それを重ね合わせる。身体が浮きそうになる程の神力の奔流。それがすべて、魔獣へと流れ込む。
目も開けていられないような圧に、どうにか踏ん張って目を凝らす。太陽神の手の中、二つの珠。
「日蝕、」
欠けたのは、太陽。
「何故だ!何故太陽が欠けるのだ!!」
太陽が月に喰われていく。人の心が離れ、力を失った太陽が負けるのは当然の結果か。二つの珠を離そうとしてももう遅い。燃える光が見えなくなっていく。端からどんどん削れていく。
完全に太陽が月に隠れてしまった時、
魔獣が動いた。
天に向かって大きく開いた口。それをそのまま真下へと向けて、
「父上!」
がぼり、太陽神を飲み込んだ。
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