月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
上 下
80 / 91
第三章 月の神殿

3-15

しおりを挟む

 視界の端でチカリと光るものがあった。合図だ。ウトゥにちらりと視線を向ける。小さく頷く。
 空は随分と明るくなって、夜が終わろうとしている。星の光はもうほとんど見えない。時間が、夜明けが迫っている。

「――さ、ここからやっと本題よ」
「父上、太陽神の座を明け渡して貰う」

 八つの扉が開く。大地、火、樹木、花、海、水、風、星。それぞれの扉から出てくる者たちに、それぞれの国の人々が祈りを捧げた。初めて見る自国の神の姿を目に焼き付ける。

「十の神すべての同意が揃った」
「ここに同意書もあるわ。神紋入り、偽造はなしよ」

 結慧が取り出した紙には署名欄すべてに名前があった。これで特例法の半分が成る。

「調子に乗るなよ、まだ神にもなっておらぬ若造共が!例え同意があろうと人間共の信仰はこの偉大な太陽神から動かぬわ!」
「……それは、どうかな」

 火神ヴァルカンが前に出る。その手には魔道具。砂時計のような形で、硝子の中はキラキラとした光の粒子が詰められている。上下に分かれた光が多いのは、下。今もさらさらと光は落ち続けている。
 太陽神もその魔道具の存在は知っていたようで、目を見開いてそれを凝視している。

「何故だ!人間共が何故、」
「真実を知れば人の心は動くだろ」
「自業自得ってやつじゃな~い?」

 樹木神ククノチが手元を操作すれば、風神ノトスの持つ小型の放映具が起動する。映し出される太陽神の顔は驕りと傲慢で満ちている。

「世界中の全ての放映具で流しておりましたの」
「最初から全部ですわよ!」

 水神ミヅハノメと花神フローラの言葉に人々は驚愕する。放映具を使用するには魔力が必要。確かに使うのはほんの僅か、砂粒ひとつにも満たない程だ。けれど、世界中の放映具をしかも遠隔起動とは。いったいどれ程の魔力が必要だろうか。「神様すっげぇ……」と人間から声があがったけれど、結慧たちだって神力を貯める魔道具に毎日力を注ぎ込んでギリギリできた事だった。

「テメェが散々見下してる人間の作った技術だぜ」
「それに負けた気分はいかがです?」
「甘く見すぎたな。人間の事も、我らの事も」

 大地神ゲブが、海神ネレウスが、星神アストライオスが畳み掛ける。

「これで法が成った。太陽神の座は俺が引き継ぐ」

 新たな太陽神ウトゥが前に出る。神の決め事が成立する。人の崇敬を得られぬ神など最早神ではない。
 けれど。
 
「それを!この私が認めると思うのか!私こそが神だ、偉大なる唯一の神なのだ!!」

 激昂。諦めてくれればよかったのに、そう簡単にはいかないらしい。もう時間がないというのに。
 叫ぶ太陽神の手には二つの珠。

「――――月だわ」

 結慧は思わず、緊張感の抜けた声を出してしまった。
 白銀の光を放つ、でこぼことした球体。月を模したあれが、月の宝珠。
 そしてもうひとつ、灼熱に輝き燃える珠。太陽の宝珠。

「貴様らを殺せば問題あるまい!そうだ、そうしてしまえば私は完璧なる唯一無二になれるのだ!」

 月がぶわりと光る。どす黒く濃い靄が生まれる。闇を煮詰めたようなそれは獣の姿を形作る。魔獣。やはり月の宝珠で作り出していたのだ。夜を、闇を司る月の力で。
 それがどんどんと大きくなる。魔獣の身体が膨れ上がる。みるみる内に見上げるほどの大きさになってしまった。ティコの街で暴れまわったあれらよりも、さらに大きい。

「何を、」
「……太陽の宝珠で魔獣を強くしてるんだ……!」
「二つの宝珠を同時に使うなど、馬鹿なことを。力が衝突する、どちらかが消え去るぞ」
「消えるのは月に決まっておろう!!」

 嗤う太陽神。両手に持った太陽と月。それを重ね合わせる。身体が浮きそうになる程の神力の奔流。それがすべて、魔獣へと流れ込む。
 目も開けていられないような圧に、どうにか踏ん張って目を凝らす。太陽神の手の中、二つの珠。



「日蝕、」


 欠けたのは、太陽。

「何故だ!何故太陽が欠けるのだ!!」

 太陽が月に喰われていく。人の心が離れ、力を失った太陽が負けるのは当然の結果か。二つの珠を離そうとしてももう遅い。燃える光が見えなくなっていく。端からどんどん削れていく。
 完全に太陽が月に隠れてしまった時、

 魔獣が動いた。

 天に向かって大きく開いた口。それをそのまま真下へと向けて、

「父上!」

 がぼり、太陽神を飲み込んだ。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

処理中です...