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第二章 月の国
2-42
しおりを挟む「ただいま~」
「戻りました」
「遅い!」
ふたり、手を繋いで丘を下って役所に戻ってきた。
建物の前で離れた手。すぐに真冬の冷たい風にさらされたけれど、熱が逃げることはなかった。
「大丈夫?部長に変な事されてない?」
「あ、え、あの、はい。なにも」
あ、これ何かあったな。
全員がそう思ったけれど口に出すことはなかった。言わないうちは何もないのと同じなので。
結慧が席を立った瞬間にあの勝ち誇ったような顔を全員で殴る。ただそれだけ。
「じゃ、あと少しやっちゃおうか」
ウィルフリードの号令で、結慧も頭を振って気持ちを切り替える。仕事はまだ残っている。
目の前の書類に手を伸ばした。
「はい!これで終了ーーーーー!!」
おつかれっしたー!というアーベルの威勢のいい声が響いた。完全なる空元気だけれど、そこに含まれる喜びが隠しきれていないし隠すつもりもない。
時刻は夜、二十二時。うん、早いほう。
「こんな時間に帰れる冬至祭は初めてだ」
「メシ食ってこーぜ!」
「酒飲みてぇ」
皆思い思い口にして、早速帰り支度を始める。アーベルとハンスも、この先は遅番の実行委員にバトンタッチするらしく、今日はこれにて終了。
デスクを片付けて、コートを羽織って、鞄を持って。
部署の明かりを落として、鍵をかけて。
「まずは教会だな」
中央教会はすぐそこ。冬至祭のお祈りは基本的に全員がするものだけれど、どうやらこのメンバーはここ数年当日に教会に来れた試しがなかったらしい。
そんな激務に終止符を打って、祈りの列に並ぶ。
ライトアップされた教会は荘厳で、けれど祭の雰囲気にあてられてどこか明るく親しみやすく。内部も今日は暖房で暖められて入った瞬間にほっと息を吐く。
入る人も出る人も笑顔。
あたたかい祈りで満ちている。
順番がきて、皆で並んで倣って手を組んで。
ちらりと隣を伺い見る。目を閉じて祈るウィルフリードの横顔を。
ずるい人。
返事はいつでもいいよ、なんて言って。逃げ道があるように見せかけて、そのくせきっとそちらも回り込んで塞いでしまうくせに。
「――ん?終わった?」
目を開けて、一番に結慧を見てくれる。
答えなんて決まっているのに、最後の一歩を尻込みしてしまう臆病を分かっているから、目を離さないでいてくれる。
それを分かっていて甘えている結慧もまた、ずるい。
「さ、飲むぞーー!」
「どっか空いてる店あるか?」
「ユエさんどうするっスか?朝までっスけど」
「ご一緒していいなら」
「もちろん、今日は全部部長の奢りだから目一杯楽しむといいさ」
「誰もそんなこと言ってないんだけど」
明日は休み。役所に限らず、冬至祭の次の日の街は静まり返る。準備に走り続けた期間と、騒ぎはしゃいで楽しむ今日で誰も彼もが疲れ果て眠る日。
きっと結慧も明日はベッドから起き上がることはないだろう。
今まで一度も経験したことのない一日が過ぎていく。
こんな風に、誰かと仕事して祭に行って飲みに出て。それから、人に想いを囁きあって。
グラスで乾杯するたびに、手首からしゃらりと音がする。
大切なものができた。
キラキラと輝く一日の思い出と、それと同じくらい綺麗に光るブレスレット。
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