上 下
44 / 91
第二章 月の国

2-28

しおりを挟む

「ユエちゃんが目を覚まさないんだ」

 オシアスを前に、ウィルフリードは疲れた顔でそう言った。

 あれから三日が経っている。
 血塗れだった肩にはどうしてか傷口がなかった。治療の必要はなくなったけれど目を覚まさない理由は医者にも分からず入院したまま。
 医者に分からなければ魔術師に。それがこの世界の常識だ。だからウィルフリードは一番信頼できるオシアスを、ユエの病室まで連れてきていた。

「今まで魔法を使っていなかった者が突然あれだけの魔法を使ったんだ。身体に相当な負担がかかったんだろう」
「あれだけ、って」
「ウィル、お前そこにいたんだろう」

 突然迸った魔力の渦。竜巻のように全てを巻き上げて消し飛ばしてしまった白銀の光。
 あれは、

「聖女様の魔法だって聞いたけど」
「あれが?冗談」

 あの時。オシアスは自宅で寝ていたところを飛び起きた。突然の強大な、感じたことのない魔力。そのまま家を飛び出して向かった先で見たのはぽかりとなにもなくなった空間。

「その判断をした奴はよっぽど見る目がないか……そうだな、聖女の偉業にでもしたかったか」

 ああ、とウィルフリードは納得した。
 聖女の神業だと言っていたのがあの三人だったから。確かにあれだけの大放出、並大抵の人物ではできないだろう。熟練の魔術師でもできるかどうか。
 だから聖女がと言われ全員が納得した。

「俺はあの時現場を見た、魔力の残滓も確認した。断言する。あれはこの子の魔力だよ」
「この前言ってた、大きな魔力を眼鏡で抑えてるっていうのはそういう事?」
「そう。しかも聞いた話によるとその時家の中には本人含め三人がいたんだろう?」

 頷く。ユエと、聖女、それから犯人の三人。

「術者本人は除くとしても、あとの二人は無傷だった。ああ、鞄もだっけ。家が跡形もなく、床すら残らず消し飛んだのに、だ。これがどれだけ正確なコントロールが必要か分かるか?」

 少なくとも、俺には無理だ。
 オシアスが言う。界隈では天才魔術師と称されるオシアスが。ならばきっと、それは本当なのだ。

 ならば、そんな本当に神業とも言える所業をやってのけたユエは。

「……なぁ、ウィル。――この子、誰なんだ」
「誰、って、」
「俺言ったよな、今まで感じたとこがない魔力だって。俺はな、こう見えても色々なものに会ってその魔力を見てるんだよ。人間はもちろん、魔物も、魔獣も……精霊も見たことがある。でも、この子の魔力はそのどれにも該当しない」
「……違う世界から来たから、は?」
「この子と同じ世界から来たっていう聖女は見た。あれは俺たち人間と同じだ。少し人より魔力が多くて加護を……ああ、そうか。その加護の力に似ているんだ」
「聖女についてる加護ってつまり」


「ウィル、もう一度聞く。――――この子は、誰?」 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する

もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。 だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く

異世界で王子の暗殺頼まれました

菱沼あゆ
恋愛
 社長にフラれ、呑んだくれて寝たOLの未悠(みはる)が目を覚ますと、そこは社長そっくりの王子が居る異世界だった。  元の世界に戻るきっかけもつかめず、十七歳と年を偽り、居酒屋で働く未悠に、騎士なんだか魔導士なんだかわからない怪しげな男が、王子の花嫁になってみないかと持ちかけてくる。 「お前が選ばれることなど、まずないと思うが」  失礼な奴だ……。 「もしも、王子のお側近くに行くことができたら、この剣で王子を刺せ」  あの顔を刺したいのはやまやまだが、人としてどうだろう……?  そんなことを思いながらも、未悠は自分より美しいのでムカつく王子に会いに城へと向かう――。 (「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。)

処理中です...