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第二章 月の国
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しおりを挟むコォ、と空気の震える音がした。
そちらに目を向ける。リュカの杖が光る。
どうやら埒が明かないと判断したらしい。犯人の男に魔法で攻撃を仕掛ける気だ。
結慧の事など、気にかける素振りもない。
リュカの唇が動く。呪文詠唱。杖の先端に光が集まって収縮される。それが結慧たちに向けて
「やめろ!!」
「っ!?」
放たれる一瞬前、押さえ付けていた腕から抜け出たウィルフリードが真横から杖を蹴り上げた。
光が逸れる。
結慧たちの頭上、空家の屋根に衝撃波がぶち当たる。けたたましい音を立てて崩れる屋根はその魔法の威力を物語る。
別に死んでも構わなかったのだろう。
結慧だって、そう。
別に死んでも構わなかった。
もういいや、と思った。彼が、ウィルフリードが来てくれた。それだけで十分だった。
――――でも。
ウィルフリードがリュカの杖を掴む。一緒に来ていたハンスがそれに加勢する。引き離そうとクラウドが前に出るが、アーベルとウェーバーが間に入る。ラルドがルイと何事かを言い合っている。
彼が、彼らが。心配してくれるのなら。
もう少しだけ、頑張ってみようかと思えるから。
屋根が崩れる。先に破壊されていた壁の端から音を立てて落ちてくる。
男が結慧を放して逃げる。陽菜が悲鳴をあげる。
咄嗟に陽菜に覆い被さって、落ちてくる瓦礫にぎゅっと目を瞑る。
目蓋の裏で、何かが光った。
まるで花蕾が綻ぶように、小さな光が丸く円く開いていく。浮かび上がる曼陀羅のような美しい模様。
その中心に描かれたもの。
これを、どこかで見たような。
――――――、
光が溢れた。
ずあ、と音を立てて瓦礫が飲まれ塵になる。渦を巻いて舞い上がる。光は柱になって太陽のいない朝の空へと昇っていく。
その白銀は、月の光にも似て。
あとに残ったのは、気絶している陽菜と、座り込む男と結慧。何が起こったのだと呆然とする人々。
それ以外は何もない。
そこにあったはずの空家は跡形もなく消失していた。
「ッ聖女様!!」
まず我に返ったのはルイだった。床板すら残さず更地になった地面を走る。それにクラウドとリュカが続き、結慧を突き飛ばして陽菜を抱え込む。
「ユエちゃん!!」
「ウィル、さん」
血を出しすぎたのか、それとも突き飛ばされた表紙に頭を打ったのだろうか。なんだかクラクラする気がする。
衛兵が男を確保して、ラルドが病院をと大声で指示を飛ばしている。それが全部、他人事のよう。
結慧を抱き起こしたウィルフリードの手だけが、熱い。
「……血が、」
「え?」
「血が、ついちゃう、から」
そっとウィルフリードの手をはずせば、やっぱり結慧の流した血が手についていた。ああ、汚れてしまった。支えのなくなった身体が傾きそうになるが、ぐっと腹に力を込める。なるほど、やはり結構な血が出ているからこんなにクラクラするのだろう。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「でも」
「でもじゃない。自分がどういう状況か分かってる?」
もう一度、ウィルフリードは結慧の背に手を回す。傷のある肩をあまり刺激しないようにしてくれたのだろう、痛くはない。身体がふわりと浮く。
「あの、私大丈夫で」
「これに関して君の意見は聞かない」
語気を強めたウィルフリードは前方しか見ていない。そちらではアーベルたちが手招きしている。病院の手配ができたのだろうか。
「……ごめんなさい……」
「君は少し謝りすぎだね。今回だって君は何も悪くない――いや、こんな時でも誰も頼ろうとしないのは駄目かな」
ぎゅ、とウィルフリードの腕に力が籠る。身体が余計に密着する。
「……ごめん、なさい」
「ん、そこだけ反省して」
すごく、心配したんだよ。
誰かにそんなことを言われたのはいつ以来だろうか。
耳元で言われたその言葉が、じんわりと身体に染み込んでいく。
何かを言おうと思うのに、喉でつまって出てこない。きゅう、と引きつれて息が詰まる。苦しくて口を開いても、ひ、と短い音が漏れるだけでちっとも楽にはなってくれなかった。
すり、と髪に寄せられたウィルフリードの頬。
目を閉じて、それを感じて。
あたたかい。
その温もりに、結慧の意識はとろりと溶けていった。
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