月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
上 下
39 / 91
第二章 月の国

2-23

しおりを挟む

 びく、と身体が跳ねたのは仕方のないことだろう。
 間延びした声のほうを見れば、いつものきらびやかな聖女服に身を包んだ陽菜と、それを囲む三人が揃ってこちらを見ていた。

「こんなところでそんなものを食べているなんて、いいご身分ですね?聖女様に入るはずだった金で食べるケーキはおいしいですか?」
「足手まといが、せめて金くらい稼いで来いよな」
「それとももう解雇された?何の役にも立たないから仕方ないね」

 はじまった、いつもの言いたい放題。クスクス笑う声は周りの席から。ちらりと眼鏡の隙間から覗けば、あたり一面しっかりピンク色になっている。
 面倒すぎる。けれど今はウィルフリードも一緒だ。さてどうしたものかと思った時、不意に隣から明るい声がした。

「あはは、冗談でしょう。ユエさんが役立たずだなんてとんでもない。とても良く働いてくださっていますよ」

 カタン、と椅子の鳴る音。立ち上がったウィルフリードが結慧の目の前に立つ。視界から彼らがいなくなる。

「誰だお前」
「私、役所で働いておりますエンデと申します。彼女とは同じ部署で、上司にあたります」

 にこやかに懐から名刺を取り出して、誰何してきたクラウドに渡す。一連の所作は淀みないビジネスマンのそれ。その対応に面食らったクラウドは、たじろぎながらも名刺を受けとった。

「結慧さんそのワンピースどこで買ったのぉ?かわいい~」

(あ、馬鹿!余計な事を!)

 聖女に媚びず、クラウドの圧にも動じないウィルフリードにたじろいでいる男たちの間から、空気の読めない陽菜がこちらに向かってくる。
 しかも一番突っ込まれたくないところを的確についてくる。今日のために買ったと思われたくないのに!なんでこういう時だけ目敏いの!
 
「は、なんだ。仕事ができねぇからって色仕掛けか」
「こんな女にひっかかるヤツいるの?」
「実際いるんでしょう、目の前に」

 ああ、ウィルフリードに飛び火した。
 結慧だけが悪く言われるのはまだ我慢できる。けれど、ウィルフリードは無関係。そちらにまで悪意を向けるというなら結慧だって黙っている訳にはいかない。
 けれど
 
「彼女の仕事ぶりは素晴らしいですよ。貴方がたがご存じないだけでしょう。それに、彼女を誘ったのは私です。こんなに魅力的な女性はなかなかいないですからね」

 結慧が口を開く前にウィルフリードが応じてしまう。開いた口をそのまま閉じる。

「そういう訳ですので……特に用がないのでしたらこちらの事は気にしないで頂けると助かるのですが。馬に蹴られたくはないでしょう?」
「……ふん、趣味の悪いことで。行こうぜヒナ」
「えぇ~もう行くのぉ?ケーキ食べたぁい」
「こんな安いところで食べるものではありませんよ。いつものラウンジに行きましょう。それと、ああいった服が欲しいのでしたら買いに行きましょう」
「ワンピースは欲しいけどぉ、結慧さんのは地味すぎだからいらなぁい。もっと可愛いのがいいなぁ」
「言えてるね。じゃあこんなところで時間無駄にしてないで早く行こうよ」

 嵐のごとくやってきた陽菜たちは、これまた嵐のごとくどこかへ行った。こちらのことを散々貶して。
 貶されるのはいつものことだけれど、服の事は放っておいてほしかった。

(ていうか普通言わないでしょう、目の前では)

 分かるでしょそのくらい。
 いや、あの子は分からないか。

「……びっくりした。話には聞いてたけど、あの人たちはいつもあんな風なの?」
「ええ、気分を悪くしてしまってすみません……」
「君が謝ることじゃないよ」

 かたん、とまた小さく音を立てて椅子に座る。温くなってしまったであろうコーヒーを一口。眉間にはシワ。

「ありがとうございました」
「当然のことだよ。俺もつい喧嘩腰になっちゃったし。……酷いね、アレは」

 やっぱり怒っていたのね。
 いつも通りの笑顔と口調のなかに、有無を言わさぬ圧があった気がしたから。そうやって、立ち上がって庇ってくれて。怒ってくれて。
 本当にこの人はどこまでも優しい。

「ちょっと目立っちゃったね。場所移動しようか」
 
 周りの席からも、ひそひそと声がする。陽菜がいなくなって、魅了が解けたのだろう。あの姿ではどこの誰かなど一発で分かる。魅了がかかっている間はいいのだろうけれど、そうでない時の印象は噂になって駆け巡る。太陽の聖女のあまりいいとは言えない話はじわりと広がっているようだ。
 きっと陽菜はそれを気にしないのだろうし、本人の耳には入らない。なぜなら噂をしていた人も良い感情を持っていない人も、彼女に近づいた途端に魅了の術にかかるから。
 それが果たして良いことなのかは分からない。

 気晴らしに、と散歩した街は綺麗で相変わらずウィルフリードの話は楽しい。
 商店街を散策して、服屋の前を通りすぎて。見覚えのある店の見覚えのある店員さんがこちらに向かってこっそりウインクしたのを見て見ぬふりをして。
 夕飯までご馳走になって、宿の近くまで送って貰った頃には陽菜たちのことなどすっかり頭からなくなっていた。

「本当にここで大丈夫?」
「ええ、すぐそこですから」

 なんとなくあの安宿に泊まっているのを知られたくなくて、宿屋の建ち並ぶエリアの入り口で立ち止まる。ここまで送って貰っただけで十分。

「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったよ。……ああ、そうだ」

「言うタイミングを逃し続けちゃったんだけど……その服、すごく似合ってる。綺麗だ」

 ぱちり、結慧の瞳が瞬いた。
 それからじわりと頬に熱が溜まっていって、目から溢れそうになる。

「あ、りがとうございます。そう言ってもらえるのなら服を探したかいがあったわ」

 もうすでに陽菜の言動で新しく買ったことはバレているだろうから、取り繕わなくても大丈夫。それに、そうやって茶化しでもしないと本当に涙が零れてしまいそうで

「服だけ誉めた訳じゃないの、分かってるくせに」
「……さぁ、どうかしら」
「ユエちゃんはもう少し自分に自信を持つべきだと思うな。ああでも、あんまり自信をつけすぎたら他の男が寄ってきちゃうかもしれないから、ほどほどにね」
「なぁに、それ」

 甘くて、少しだけ苦くて、やっぱり甘い。
 そんなふわふわした気持ちが夜の空に溶けていく。

「じゃあ、また週明けにね」
「はい、おやすみなさい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...