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第二章 月の国
2-6
しおりを挟む「今日、聖女様は?」
「さあ……?」
というわけで、陽菜の利用している宿屋へ。
結慧と陽菜が一緒に来たのは初日だけで、それ以降は別々だ。だから聞かれたところで知らないけれど、三日目にして無断欠勤。
心配だからみてきてくれ、と言われたけれど病気や事故なんかではないと思う。絶対に。
「だってぇ、朝早くって寝坊しちゃってぇ~それに首も腰も痛いしぃ。これ以上字を書いたら手首が折れちゃいそうでぇ」
ほらね。
「こんなに細い手首だもんな……それをこき使って、この国のやつらは最低だな」
「そもそも、当初の予定では貴女だけが行くはずだったのです。聖女様に労働させるなどとんでもない。もう行かなくていいでしょう」
「アンタはせいぜい雑用でもして来なよ。ま、なんの役にも立たないと思うけど」
クラウドが、ルイが、リュカが、口々にそう言う。豪華な朝食を食べながら。言いたいことは山のようにあるが、それを喉元で止めて別の言葉を引っ張り出す。
「そう、それならそれで結構だと思うけれど。でもね、休むときはきちんと連絡をいれなさい。みんな心配するのよ」
ただ来ないのならまだいい。来る途中で何かあったりするのが一番困るのだ。まして、他国の聖女という立場。国家間の外交問題に発展しかねない。そしてその責任をとらされるのは宰相のラルドと、所属先の責任者であるウィルフリード。
休む場合は連絡をいれる。そんな当たり前のことをしっかりと言い聞かせ約束し、役所の番号が書かれたメモを渡す。電話のような魔道具があるから、宿に借りれば連絡ができるだろう。
「という訳でした」
「……病欠だね」
役所に戻ってエンデにほぼそのまま報告する。なるほど、触手がくっついているから怒らない。サボりなのは分かっているけど仕方ないなぁ、で終わる程度。
というかこの触手、陽菜がいないというのに巻き付いている。きっと、縁が遠退かないと離れないのだろう。
道行く人、たまたま立ち寄った店の店員はそこから陽菜が離れればすぐに触手も離れる。宿屋の従業員や、普段からよく利用する店の店員はずっと巻き付いている、そういうことだろう。その方が何かと都合がいいから。
「戻りました~。さっき聖女様が買い物してるの見かけたんスけど、今日休みっスか?」
戸が開いて若い職員が入ってくる。同時に放たれた言葉に結慧とウィルフリードはチラリと視線を交わしたけれど、結局どちらも何も言うことはなかった。
さて、気を取り直して本日の仕事なのだけれど。
一言で言うならとっても捗る。いつもの三倍は早い。まぁ、それはそう。というわけで、
「清書はすべて終わりました。他に何かできることはありますか?」
「それなら……」
大量の郵便物を渡された。これの開封と仕分け……って、
「あの、中身を見てしまうと思うのですが」
「君は内容をどこかに漏らすつもりがあるのかな?」
「いえ、そんな相手もいませんし」
「なら大丈夫。」
信用されてる、のかしら?
この郵便物の量を見る限り開封せずに数日間放置されていたようだし、本当に手がまわっていないらしい。
とにかく、いいというならやるまでだ。
ウィルフリードは結慧に担当者の一覧表を手渡していった。誰がどんな業務を担当しているかが一目で分かるようになっている。
これならいちいち誰かに聞いたりせずに済みそう。
「アーベルさん、郵便物こちらに置きますね」
「……ん」
「期限の近いものが上になっています」
「ウェーバーさん、郵便物ですが至急が二件ありました」
「わかった」
大量の郵便を開封して仕分けて、担当者に渡していく。みんな嫌そうだけど仕方なくも受け取ってくれる。
「エンデさん、他部署宛のものはどうしますか?」
「右に行ってつきあたりにある部屋が郵便担当の部署だから、そこに戻してきてくれる?まとめて渡せばいいから」
「わかりました」
「次なんだけど。これの宛名書きと封入をお願い。見本を作っておいたからその通りに」
「はい。できあがったものは先程の部署に持っていけばいいのですか?」
「そうだね」
楽しい。
誰でもできる作業だけれど、仕事がある、やることがある。やらせてもらえる。
それが、こんなにも嬉しい。
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