月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

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第二章 月の国

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「ねぇ陽菜ちゃん、ここ間違ってるわ」
「えぇ~?あたしちゃんと見たのにぃ」

 カリカリカリ……

「陽菜ちゃん、ここ」
「あれぇ~?」

 カリカリカリ……

「あのね、ここもね、」
「なんでぇ~?」

 こっちが聞きたい。
 書き写すだけなのに、どうしてそう頻繁に間違えられるのか。自分の間違いを素直に認めて、きちんと修正しようとするその姿勢は素晴らしい。けど、間違えすぎ!
 ああ、修正だらけで清書の意味がなくなっていく。あれならもう始めから書き直した方が早い。
 
 誰がやるのかって?
 うん、知ってた。

 本来なら何がなんでも自力で修正させるところだろうが、陽菜は正式な雇用でもない。
 両隣の人たちは忙しそうで、結慧が陽菜に指摘する度にチラリとこちらを確認する程度。しかもすごくしかめっ面で。
 いびってるとでも思われてるんだろう。その視線にも嫌気がさしてきた。間違いが少ししかない書類は自分で直させるとして、酷いのはこっちでやろう。

 そうして時間はすぎ、昼休みの鐘が鳴る。

「あぁ~つかれたぁ」
 
 そうね疲れたわ。主にあなたのせいで。
 陽菜の清書ができたものに目を通し、間違いを指摘して直させて、あんまりにも酷いものは結慧が修正もしくは書き直し……。

「あれぇ、結慧さんそれだけしかできてないのぉ?」

 ええおかげさまで!

「あたし、できたの出してくる!あ、結慧さんのも一緒に出してくるねぇ」

 ため息がでる。
 ここまでできないとは……

「ウィルさぁん、できた!」
「わ、一人でもうこんなにできたの?すごい、さすが聖女様」
「えへへぇ」

 もう慣れたものよ、こんなのは。
 ウィルフリードのデスク周りには皆が集まって陽菜を褒め称えている。何人かは「それに比べて…」とこちらをチラチラ見てきて、はぁ。
 お昼食べに行こ。


***

(あれ、)

 昼休憩後も変わらず、清書と陽菜の尻拭い。ちなみにお昼ごはんは社食があって、ボリューミーでおいしいのにすごく低価格だった。万歳。
 包んだサンドイッチや惣菜も置いてあって、テイクアウトもできるようだ。明日からそうする。

 それはともかく、この資料。
 計算ミスがある。

 この「中央広場の夜間照明における魔石使用料について」という稟議書。どこの世界もこういうのあるのね。

 ちなみに魔石というのはもとの世界でいうところの電池のようなもの。ほとんどの家電や電車なんかもこれで動いている。少量の自分の魔力を流し込んで起動すれば、あとは蓄積されていた魔力が流れてものを動かす仕組みだ。

 魔石ひとつでライトアップの魔法を何時間保てるか、魔石のグレード別予測使用量とその費用計算がされているものなのだけれど。その計算がどう見ても違う。

(私じゃ分からないわ)

 当たり前である。
 とりあえず、そこだけとばしてあとは清書してしまう。

「エンデさん、今お時間よろしいですか?」
「急ぎですか?」
「それは私には判断できませんが、計算ミスです。提出は明日までだとメモ書きがありました」
「どこ?」
「グレード3の魔石です。添付資料が手元にないので、間違っているのが計算なのか単価なのかは不明です」
「あ、ほんとだね。あとはこっちで確認します」
「お願いします。そこ以外は清書済みです」

 場合によっては添付資料の修正も必要だろう。そう伝えて結慧は自席に戻る。

(ああ、なんだろうこれ)

 なんだかひどく懐かしい、業務上での会話。
 この世界に来る前は毎日のようにしていたやりとり。以前はもううんざりしてたくらいなのに、どうしてこんなにほっとするのか。

(そっか、やっぱり不安だったんだ)

 この世界にむりやり、しかも巻き込まれてやってきて。陽菜のように特別な存在であるはずがなく。
 求められてここにいるわけではない。自ら望んでここにいるわけでもない。誰かの役にたっているわけでもない。理不尽に嫌われて、居場所がなくて。

(大丈夫、まだ、だいじょうぶ)

 やれること、できることはきっとある。
 それはたとえば、計算ミスを見つけることだったりする。

 この世界にきて、はじめて何かを成せた気がして、結慧はひとり、ゆるゆると笑った。


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