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第一章

5.宅配のお兄さんは必死だった――受け取り拒否してないから泣かないでください

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そんなある日のことだった。
 いつもと同じ様に、ママンの真っ白なフワフワ胸毛にもたれかかり、私の足の間に挟まってヘソ天で眠るヴォルを抱えて昼寝をしていると、何処からともなく『ピンポ―――ン』と、懐かしのインターホンのような音が聞こえてきて目が覚めた。
 横でンゴンゴとママンのお乳を吸引中のロキは、一心不乱に集中しているので気づかない。

『ああ、そう言えばしばらく外界からの連絡を絶っていたんだけど……そんな時期だったかしら』

 そう言うと、ママンは私達をそっと退けて立ち上がり、予てから何に使うのか疑問であった豪華な台の中央の石にポンと前足を当てて魔力を流し込んだ。

 そして数秒ほどの沈黙の後、『ガサゴソ…』とスピーカー越しに衣擦れの様な音がしたかと思うと、

「あああっ!神獣様ぁっ!お会いしとうございました!!」

若い男性の涙まじりの大きな声が台の周辺から聞こえてきてビックリした。

「えっ!? 人の声?」

 思念に直接語りかけてくるようなママンや弟たちとは違って、ちゃんと耳から聞ける言葉だったけれども、……あれ? 日本語…? …違う?

 耳で拾っている音と、理解している言葉がズレているような違和感を感じたけれども、意味は通じている。
 若い男性の、私好みの低めの声は耳に心地よかったけれども、耳と頭は違うものを受け取っている感じは多少気にならなくもないが……言葉が通じる存在がいる世界だったという安心感には代えられなかった。

「最後にお声を賜ってから、3ヶ月…。
 時々捧げものの幾つかは減っておられましたが…ここ1ヶ月はそれもなく。
 ………我ら一堂、もう捨てられてしまったのかと思って……うっうっうっ」

 …なんか、スピーカー越しに何人か泣いてない? 
 男泣きのレベルで低い震え声も聞こえるし。
「捨てる」って何? 不穏なワードだなぁ。

 しかし、ママンはそんな声や言葉に気付いていないのか、気にしてないのか、私ですらあちらの異変を感じているののに、話す様子は全く変わらない。

『まぁまぁ……あなたたちはいつまでも寂しんぼね。 
 私、妊娠・出産するって言わなかったから…悲しませて悪かったわね。 
 私達フェンリルは、妊娠中や産後しばらくは夫も誰も側に寄せ付けないものだから…』

 お互いが台越しに通信しているような会話であるが、あちらとこちらのテンションが大分違うなと思った。
 そして、相手の謙り畏まった口調に鷹揚に返すママンの態度に、その地位の高さを感じさせた。

「おおぉ……、神獣様にお子様が!! なんてめでたいことでしょう!!
 これは……国をあげて生誕祭を行わなければなりますまい!!
 おめでとうございます!!」

『ふふふ、ありがとう。また、機会があったら会わせてあげるわね。
 うちの子、3匹もいるのだけれど、すっごく可愛いのよ』

「はいっ! 是非! お会いできる日を楽しみにしております!」

 フェンリルって言ってたし、神獣様って呼ばれてるんだ……やっぱママンって、異世界じゃ普通の狼って訳じゃなかったんだな…。
 ていうか…3匹。…匹……。
 私、やっぱり狼の子認定されてるんですね……知ってたけど、何か切ない。

 ママンの何気ない言葉に、人として認められていない自分に安堵しつつも、そこはかとない寂しさを感じた。

それはさておき、あちらの方々がどの様な方々かは分かりかねるが、いずれ会うことになりそうだと思った。

 あちらも同じ様な狼さんなのだろうか? 
 人間並には賢そうだし。
人間だったらいいなと思うけど、あまり期待はしない方が良いかも知れない。

 それでも、ママンより小さめな狼だか犬だかと対面することになっても、彼らと暮らした私がそれ程驚かされることもなさそうだ。

 足元にスリスリと体を擦り付けるロキとヴォルを両脇に抱えて、そう思った。

 その後、何やら2言3言の挨拶を交わした後、話している間中点滅していた大きな宝石の明かりが消えると、突然台の上に様々な食べ物や金銀宝石、織物などが出現してビクッとする。

「えっ…えっ……ま・ママン、なにこれ!?」

 それは綺麗な四角錐…ピラミッド状に積み上げられており、頭頂部の角には執念すら感じるほどキレイに整えられすぎていたため、逆にどこから手を付けて良いのかわからなくなる。

 でも、でも……夢にまで見た魚の干物とか、布とか…すっげーうれしい。

 しかし、ちびっこ2匹はそんな感動に打ち震える私など気にせず、大きな物体の出現に『ぉお~~~…』と歓声を上げたのち、目をキラキラさせて、

『『たっくるーーーーっ!!』』

 と叫んで、私が止める間もなく物体の中央にダイブしたため、職人技的に積み上げられていたピラミッドは激しく大破した。

 なにしとんじゃい。

『ふふふ……仕方ないわね』

 ママンはそんなやんちゃな2匹の姿を、愛おしそうに眺めていたが、ピラミッドの間近にいた私は、衝撃の余波で弾け飛ぶ瓶詰めを額に食らったまま静かに悶絶していた。
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