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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

異世界お宅訪問編 エルフさんのお宅から ⑤

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『緊急事態である。 速やかに総員集結せよ』





 マイ様から弟君を紹介したいと告げられた直後、私は緊急招集用の魔道具で側近神官達を呼び寄せた。

 この通信を送る魔道具は、神殿を揺るがす重要案件が起きた時、神殿幹部達が何処にいようと全員に同じメッセージを一斉送信できる特別なものであり、当然その代の最高権力者である神官長のみが使用できる専用器だった。

 代々の神殿幹部達は、全員がこの神殿の運営・自治・外交・防衛・研究など、それぞれの分野の重要なポストに着いているため、常に多忙である。そのため、トップに立つ者だからといって、共に神殿の業務の重責に携わる彼らの仕事を混乱させる愚を犯すのは以ての外であるし、乱用して良い物では決して無い。



 だがしかし、今回の案件ばかりは―――招集用魔道具の使用には全く躊躇しなかった。

 それが我々アムリア神殿の一大イベントであり、その歴史の転換点と成ることを確信していたからである。



『ギェ―――ッ、ギェ―――ッ』



 送信ボタンを押した後、嘗ては怪鳥の断末魔のようだと思っていた警戒音も、今後の胸躍る邂逅を想像すると、周囲の者たちを不安に陥れる高音域の響きに、脳を洗われる様な神々しさすら感じていた。







 そして一斉送信してから待つこと1時間あまり後―――残念ながら遠方に滞在している者を呼び寄せることはできなかったが―――この神殿もしくは近郊で業務に邁進する幹部たち全てが執務室に招集され、登壇する私の前に整列して言葉を待っていた。



 呼び出されたのは、当代神官長である私の側近神官達と、諜報や記録管理に携わる部署の幹部達である。しかし、中には美術品管理を業務とするだけでなく、自らも優れた芸術家であるという者まで呼び寄せられていたことに、少なからずとも動揺している者の姿も散見できた。



 私は、そんな者たちが一斉に見守る中、集まってくれたことに対する労いの言葉もそこそこに、早速要件を切り出す。



「皆、よく集まってくれた。

 神官長専用招集機《緊急連絡網》にて一斉送信させてもらったのは、他でもない。 

 明日、我が妻より、弟君をこの神殿にお連れしたいとの申し出があったため、我が神殿の総力を持ってそれに取り組む必要があると考えたからだ。

 というのも……詳細はここでも明かすことはできないが―――我が妻、双黒の女神の弟君もまた、祝福されし双黒を身に纏う貴人であり―――我らが大恩人、偉大なる黒髪の勇者様の縁者でもある可能性がみられたからである」



「「「………な・なんですと…っ!?」」」





 招集した要件を一息で告げ、間を取るように言葉を切ると、神官たちから短くも小さくない驚きの声が上がった。

 そして、それぞれの反応を1段高い位置から睥睨して見渡すと、ある者はただ静かに目を見開いて驚きの表情でこちらを見つめ、またある者は声を押し殺し感涙しながら打ち震えている。



「ああっ……何というっ!!

 300年余りの長い間精霊様に…ひいてはこの神殿に努めて参りましたが……勇者様のご縁者さまをその目に映す僥倖に恵まれようとは……。

 この様な光栄に浴する日が訪れるなど、老骨は思ってもいませなんだっ!!」



 …勇者様ご本人の来臨だという訳でもないのに、ただその縁者かもしれないというだけで嗚咽を上げて跪く老人はローエンと言う。嘗て先々代から先代の神官長の側近くに仕えた元筆頭神官であり、現在は最前線を退いてイシュト神官の補佐に回ってくれている者だった。

 しかし、老いたりとはいえその仕事ぶりにはスキがなく、こんなに感情を顕にするような者でもなかった筈であるが―――誰も彼の姿に変異を感じてはいなかった。何故なら―――



「ええ…ええっ! 私も同様の気持ちでござます、ローエン神官っ!

 神官長が女神様に見初められ……女神様のお姿を間近で拝見させていただく機会に恵まれた時にも、お二人の邪魔とならないよう、視界に入らない位置からその高貴なるお姿を目にして、溢れる魔力に包まれる幸福を感じておりましたっ……」



「あの方は…嫋やかな女性だと言うのに本当に……面差しは従神官達の噂通り勇者様の絵姿に良く似ていらっしゃいます。

 残念なことに私は側仕えの身分にはないため、遠くから拝見させていただいくのみでありましたが、恐れながら目にしたお姿をこっそりと創作の糧にさせていただいて参りました……。

 それなのに…女神様の、弟君……しかも、全き双黒の御仁と言われましたか……っ。

 私、これからしばらくアトリエに籠もって創作を……いえ、それよりも命に代えてもご本人のお姿をこの目に焼き付けなければっ……」



「ああ…我が愛しの黒髪の勇者様……もう、そのお言葉だけで達しt…ゲフゲフッ。

 いえ、光栄の極みに上り詰めてしまいそうでございますぅっ!」





 ………思わず引いてしまいそうな程の熱量を見せる者もいたが、この様に誰も彼もが幼い頃から夢見る勇者様のご気配に、平静では居られないほど歓喜に包まれていたからである。もちろん、私もマイ様から弟君の容貌を伺った時には、マイ様と言葉を交わす時の幸福感や、触れ合う時の充足感とは別物の、なにか心が滾るような興奮めいた高ぶりを感じていた。



「ふふふ、皆、落ち着きなさい。その気持は、私も痛いほどわかっている。

 今回のご来訪は、先にも言ったように姉である女神様のことを心配された弟君が、夫である私のことを確認するためのものなのだ。

 もちろん、私は女神様を…妻をこれ以上無く愛しているので、弟君に失望されないよう務める―――しかし、それとコレとは、話が変わってくる。

 皆、わかっているな?」



 興奮に包まれて我を無くしかかっている幹部達を宥めるように、穏やかな口調で語りかけていたが、皆の意識を統一するために、目に…肚に力を込めて部下たちを睥睨すると、言い聞かせるように強く言い放つ。



「今回の邂逅は、我々の―――いや、国家の歴史を新たに刻むものとなるだろう。

 それだけに、我々が一丸となってかの方々を饗し、各々の眼や記憶に留まらぬ記録を残していくことに従事せよ!!」



「「「「「はっ!!!」」」」」



 目の前に整列した、この神殿の《顔》であり、《剣》であり、《盾》であり、《頭脳》でもある者たちが、それぞれの役割を離れて1つになった瞬間だった。









 そうして、我々の重苦しいまでの想いは、想像以上に勇者様のイメージを彷彿とさせる程美しく、優美なれども凛とした姿のソータ様を目にした瞬間、得も言われぬ程膨れ上がっていき―――事件は起こったのだった。

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