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第9話 出会って3年経過後のあれこれ

④ クロード 前

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「……君、そんな所で何をしているのですか?」

 とある知り合いの屋敷に設えた庭園を散歩がてら歩いていると、見かけない少年の後ろ姿が見えて歩みを止めた。
 少年は、生け垣の隙間からキョトキョトと、おかしな動きで豪奢な家屋の玄関を窺っていたため、何とも挙動不審に見えて声を掛けたのだが、少年は私の姿を認めると、こちらの方が構えてしまう程驚いて、ブルブルと震え出す。
 年の頃は、10~12歳位だろうか。
 クロイツェン家の“星月夜の瞳”がキレイに現れている大きな瞳を見開いて、こちらを窺っているが…あまりに凝視されすぎて、一瞬何を言おうか言葉に詰まってしまったではないか。

 ……一体何をしようとしていたのか知りませんが…少々驚きすぎじゃないでしょうか?

 私は正直、「変なのに声をかけてしまった」と一瞬考えたが、互いに見つめ合う沈黙に耐えられず、

「君? 大丈夫ですか? 何やら震えている様ですが…」

 と、手を伸ばそうとするも、その手に触れる直前に奇声を上げられてビクッとした。
 そして、水の中の甲殻類が外敵から即座に逃げるような素早い動きで後ろに飛び退られ、

「お・お気にしないでください、さようならっ!」

 と、叫んで脱兎のごとく逃げ去られたのだが…

「………何あれ?」

 手を差し伸べようとした姿のままそう呟いたものの、彼の後ろ姿に黒髪の小さな少年の姿が2重に見えた気がしたので目を凝らしたが、すっかり小さくなってしまった背中からは最早何も見えなかった。




 私はクロード=バンダム、14歳。
 バンダム侯爵家当主にしてエウロパ王国宰相である父に連れられ、同じ侯爵家のクロイツェン侯爵邸に来訪した。
 連れられて…と言っても無理やりというわけではない。
 お互いに年頃の娘と息子を持つ、父やクロイツェン侯爵の思惑はあったのだろうが、それはそれ。
 これを良い機会と思って、父の用事に便乗させてもらったのだったのだが…

「クロード。別に同性に興味を持つことが悪いと言っているわけではないが…
 いずれこの家を継ぐのであれば、家を守るためにも女性と子を成すことも考えていかねばならん。
 最低限のマナーは守っているものの、基本的に女性に関心のないお前が、何故かミランダ嬢に対してだけは無礼…と言うか、素を出して接することができている様に思える。
 まあ、クロイツェン侯爵も富を生み出す掌中の珠を王家も含めた他家に出す気もなさそうなので、お前の相手とはならないだろうが…彼女と親交を深めることも悪いことではない。
 お前も、同行を申し出る程度には興味があるのだろう。くれぐれも失礼のないようにしてくれ」

 などと行きの馬車の中で対面に座った父から、失礼とも言える小言をクダクダと言われ、「興味がないだけなんですけどね…」と思いうんざりしながら、流れ行く窓の外の景色を見るとはなしに眺めつつ…彼女と出会った時のことを思い出していた。




『あなたが先程取り巻きとともに甚振ってくれていた相手は、私の家の者なのよ。
 あの子は、大人しくてとても優しい良い子なのに、あなた達みたいな悪ガキどもにいじめられる謂れはありませんわ』

 とある家のパーティで、果敢にも複数の同年代の男児に囲まれながらも、胸を張って少女は言い放つ。

 パーティとはいえ、大人と子どもの社交スペースが離されているため、大人が介入できないことをいいことに、私は侯爵家子息としての地位や自分の恵まれた容姿を笠にきて、中級・下級貴族の子弟から成る取り巻きを引き連れて調子に乗っていた。

 そして、日頃名家の嫡男として厳しい教育を受けながらも、溜まったうさを晴らす様に、目についた相手を物陰に引きずり込んで取り囲み、裸に剥いて甚振るという、なんとも昏い遊びに耽っていた時期があったのだった。

 …その当時のことを今思い出しても、子供ながらの傲慢な残酷さに、我ながら顔を覆って項垂れたくなってしまうが…私も大概調子に乗っており、父や家の権力をバックに好き勝手振る舞う私の行為を止める者も現れないことに、得意になっていたのだった。

 しかし、いつもはそのまま飽きたらお開きという程度の軽い気持ちであったのだが、その時は折り悪く…というか、とうとう…と言うか、果敢にも私達を相手にしても全く引かない勇者が現れた。

 ―――それが、ミランダ・クロイツェンとの初めての出会いだった。

 当時9歳のミランダ嬢は年の頃よりも発育が良く、フワフワの淡い金髪にけぶるような翠緑柱の瞳が美しい、幼女というよりも儚げな容姿の美少女だった。

 家柄は同じ侯爵家とはいえ、5代程前から貴族に列席された新興貴族である我が家とは違って建国以前から続いているため、数ある貴族の中でも特に名門の血筋であるが、全くそのことを鼻にかけない気さくな態度や女性らしい柔らかな物腰でありながら、凛として堂々とした振る舞いが、同年の貴族子女たちからも人気があった。
 当然、私の取り巻きの幾人かも、どうにかして彼女の瞳に映りたいと願っていたことだろう。

 しかし、あえて彼女の縁者を狙ったわけではなかったが、あまり見たことのない適当な子供を建物の影に引きずり込んで取り囲むと…程なくして見つかり、手痛い反撃を受けることとなったのだった。

 今では私も貴族子弟としてそれなりに鍛錬を積んでいるし、体も彼女より大きくなっているので負けることはないだろうが―――って女性相手に暴力で勝つというのものどうかと思うが――――彼女は、その年令ですでに身体強化の魔術を使いこなしており、独特な体術を駆使して私達を蹴散らした。

 そして、悪漢を退治した英雄のように、救い出した縁者の少年を後ろに庇いながら、首謀者たる私の胸ぐらを掴み上げて、睨めつけた。

『私、あなた達みたいに、一人じゃ何もできない男って大嫌いだわ。
 二度とこんな真似しないでいただきたいですわね』

 怒りに目を輝かせ、屈辱と恐怖に顔を歪める私を見つめる冷たい眼差しに思わず見とれながら…とある影が彼女を取り巻いている気配を感じていた。

 …いや、重なっている?

 その影は、ぼんやりと儚いシルエットを表しながら…彼女の感情と同期するように、その表情を映し出して…

 私は、その姿を確認しようとして、胸元に押し付けている拳をそっと握ってみたが、反撃されると思ったのか、ミランダ嬢はパッとその手を離してしまった。

 …もう少しで、見えたかもしれないのに……残念。

 フッと、少し浮かされていた足元に重みが戻ったのだが、何を言っても私の反応が芳しくないと思ったのか、ミランダ嬢は縁者の少年を連れて、親元へ帰っていってしまった。

 残された私は、周りでグスグス泣いている取り巻き共を放置したまま、怒りのまま私を見つめる彼女の姿を思い出していた。

 ……あれは…何だったのだろうか?
 彼女に重なるシルエットは…一見、黒髪の少年のように見えたのだが…

 あの時見かけた影が、何故かどうにも気になって仕方がなかった。
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