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文化祭喧騒

108 少年と王女と魔女

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『エコフーラ、どうしてるんだろう?なにかあったのかな?』

王城に用意された小さな個室の夜半時。
アラベルが独り言を言っていたのはいつもと違ったから。もう一ヵ月ほど王城にて生活をしていたのだが、エコフーラがこれほど遅くなることは初めてだった。

『ただいま戻った』
『おかえり、今日は遅かったね』

部屋に戻って来たエコフーラはどこか不満気な様子を見せているのがアラベルは気になる。

『……どうしたの?元気がないね』

そこは、魔女エコフーラとマリア王女が初めて会った時のことだった。

「(ここまでも順調に進んでいるけど、ここからが話の本題だ)」


舞台上では物語が着々と進んでいた。
アラベルと魔女エコフーラは王城で住み込みの仕事に就いていて、アラベルは父の世話をしていた経験で一通りの調理ができたのは王城で過ごす上で助かるところ。
エコフーラも物腰柔らかに侍女として従事してその評価を日に日に高めていた。

そしてここからが物語の核心部分。
魔女が王女と顔を合わせて、呪いをかけることになる。魔女としては王家の人間なら誰でも良かったのだが、侍女という性質上、王女と接する機会が巡って来たのだ。
帰りが遅れたのもそのため、エコフーラはアラベルに何故遅れたのかを話して聞かせる。

『――なるほど、そのマリア王女が呪いを素直に受け入れたことがエコフーラとしては納得できなかったわけだね』
『そういうこと。どうして王女はあれほど素直に受け入れたのか。それも今後もワタシを傍に置いておくというのよ。何か裏があるのかもしれないわね』
『エコフーラとしてはどうなの?そのマリア王女の印象は?』
『ワタシの印象、か。ワタシの見聞きしたところ、マリア王女は対外的には非の打ちどころのない王女だと言えることね。ただし、不可解なのが、婚姻を未だに結んでいない。それと、今日一瞬見せたあの顔、何か闇を抱えているのかもしれないわね』
『ふぅん、じゃあもしかしたら何かあるかもしれないね。気を付けてよ?』
『…………』
『どうしたの?』
『いや、アナタはワタシが怖くないのね』
『えっ?だってエコフーラってただ魔女ってだけで、他は特に人間と変わらないでしょ?』
『……初めて言われたわね。そんなこと』
『それは人間と接する数が少なかったからじゃないかな?』
『いや、そうでもないわ?これまで多くの人間を見て来たもの。人間は欲深い、薄汚い生き物よ』
『ボクのこともそう思う?』
『いえ、アナタは他の人間とどこか違う感じがするわ。わずかながらそのような人間を見て来てはいるもの。でも、そういう人達の結末は大体が欲深い人間によって不幸な最期を迎えていたわね』
『そっか……。でも、ありがとう』
『えっ?』
『そうやって言ってくれるってだけで、ボクが君と一緒に行動しているってことに意味があるんだなって思ったよ』

アラベルは満面の笑みをエコフーラに向ける。エコフーラは思わずアラベルから視線を逸らせてしまった。

この時、魔女が初めてアラベルという少年にある一つの気持ちを芽生え始めた瞬間だった。


それから数日、エコフーラはマリア王女の侍女を務めるのだが、マリア王女の様子は変わらない。
エコフーラは穏やかな日常が流れるこの状況に耐えられずにとうとうマリア王女に聞くことにした。


舞台は美しい庭園。白の造形が映える場所。
舞台上には花音扮するマリア王女と響花扮する魔女エコフーラ

『あの、マリア王女?』
『はい?なんでしょうか?』
『一つお伺いしたいことがあります』

そこでマリア王女は少しばかり沈黙する。

『――そろそろ聞いて来ることかと思っていましたよ。人払いは済ませてありますので、遠慮なくお聞きください。魔女エコフーラ』
『そこまでお見通しとは。どれほどアナタは聡明なの』
『ふふっ、魔女のあなたにそう言ってもらえるとなんだか嬉しいわね』

呪いを掛けられているはずなのに、むしろ笑顔を向けてくることにエコフーラは罪悪感を覚えてしまう。

『正直に聞きます。アナタは呪いが怖くないのですか?それとも、信じていないのですか?』
『その呪いって、わたくしが子孫を残せないということでしょう?そうですね、先に答えを教えますと、怖くないですし、信じようが信じまいがどちらでもいいですわね』
『どういうつもりなのかわかりませんが、つまり、ワタシのしていることは無駄であると?』
『あー、そうですね、無駄ではないですよ?王家にとっては少しばかりの痛手を被ることになるでしょうね』
『要領を得ないので詳しく伺ってもよろしいでしょうか?』
『あなたの様子を見る限りどうやら呪いも本当のようですし、わたくしが話したところで特段問題を感じませんのでわたくしの心情をお話ししますわね』

そうしてマリア王女はエコフーラに話して聞かせた。


「むぅ、確かに花音は可愛いが、あの魔女も中々」
「手を出したら犯罪よ?」
「わかってるっつーの!いちいち五月蠅いやつだな」
「ええ、私は五月蠅い女ですよ。昔から」

花音の兄の奏は舞台上で展開されている物語に横やりを入れて見ていたのを雪に釘を刺されていたのだが、なにも奏も本気で言っているわけではない。
だが、二人の間に流れる空気は劇が始まる当初と比べたら格段に穏やかになっていた。


そしてエコフーラは悩み始める。
王家に呪いを介して恐怖を与えたかった。しかし、これでは意味をなさない。それどころかマリア王女も王家に対する不満、どちらかというと王家に生まれた自分の運命に対してある意味呪っているように見えた。
マリア王女も自分も自由のない生活を強いられるという点では似たような存在なのだと。王女として日の目を無理やり浴びせられるマリア王女の方がより酷な環境に置かされているのではないか。

そして更に苦悩させるかもしれない。
マリア王女は魔女の存在を口外していないのだ。このままマリア王女がだれかと婚姻を結び、子宝に恵まれなければ責められるのはマリア王女になる。例えその時になって呪いのことを告げたところでどうにもならないだろう。結果、より責め苦を味わうことになるのではないか。
しかし呪いはもう発動している。解くことは可能なのだが果たして解いていいものなのか。

悩んだ末に、エコフーラはアラベルの元にマリア王女を連れて行くことにした。


「さすが太陽と月よねぇ。すっごい映えるよね」
「ん?なんだそれ?」
「花音先輩とあの響花先輩のことですよ。一年生の間ではそう形容されているの」
「なるほど、学年が上で手の届かない高根の花をそう表したのか。中々に上手い表現だな」

しかし光汰は「(まぁその太陽はもう沈んでしまってるがな)」と、潤と付き合っていることでそう考える。

「(あれ?この話、もしかしてあの魔女の役って…………響花先輩自身を表してるのかな?となると結末はどうなるの?)」

瑠璃はふと劇を観ながら核心的な疑問を抱いてしまう。そして殊更に劇の結末が気になって仕方がなかった。


いよいよ舞台上はアラベルとマリア王女の再会の場面になる。

『一体なんなんだろう?エコフーラも突然こんなところに呼び出すなんてな。まぁいっか。久しぶりに懐かしい気持ちにもなれたし。――――確かここだった気がするんだよな、昔お父さんを待っている間に過ごしていた場所』

アラベルは幼い頃に過ごした場所を確認するかのように周囲を見渡す。もう遠い記憶の彼方にあり、王城を出てからしばらくしてからは生活苦でこの時のことを振り返る余裕もなかった。

『確か犬を連れた女の子と遊んでたんだよな。何か約束した気がするけどなんだったかな?』

『待たせたなアラベル』
『もう、遅いよエコフーラ』
『すまない、さすがに王女を連れ出すとなると色々と段取りが必要なのでな』
『王女!?』
『そちらがエコフーラの協力者の人間の方ですのね?思っていたよりも若い方のようで――――えっ!?』

マリア王女はアラベルの顔を見て驚愕した。それは幼い頃、何度も思い出していた男の子の顔。その男の子が成長したらどういう風に大きくなるのかと何度も何度も想像したその姿と重なったのだから。

それが、アラベルとマリア王女の思いがけない再会。
驚愕するマリア王女と首を傾げているアラベル。その両者の様子の違いに疑問符を浮かべるエコフーラの三者三様に分かれていた。

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