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文化祭喧騒
099 喫茶店
しおりを挟む文化祭開幕まであと10分と迫る中、忙しく動き回っているのは喫茶班だった。
雪による指導は前日に最終確認を終えているのだが、当日は当然自分達だけで行わなければいけない。忘れ物はないか逐一確認をしている。そして調理実習室から続々と焼きたてのパンやクッキーが運ばれてくる。教室の中は焙煎されたコーヒーの良い匂いが充満していった。
「おい、約束は守れよな」
「当り前じゃない!」
裏手で凜に確認する。約束を反故にするつもりがないのはわかっているのだが、念を押しておきたかった。
「(――――くっそ、確かにあれは可愛すぎる)」
それにしても、と思い周囲に視線を送る。
何人かは喫茶店の衣装に着替えており、男子のメイド姿や女子の執事姿などが散見される。翌日の演劇に使う衣装、町娘や軽装歩兵などの衣装もあった。その中に一際目を惹かれる女生徒の姿、花音の姿がある。
「花音ちゃん可愛い!」
「うん、女子の私達がこれだけドキドキするんだもん!」
「はぁあ、今なら男子の気持ちもわかるわ!」
「そんなことないよ、みんな大げさよ!」
賛辞を浴びる花音は照れているのだが、潤も完全に同意する。あんな子に給仕されたらどれだけ嬉しいか。
「ねぇ、深沢もそう思うでしょ?」
そう思い見ていると突然一人の女生徒に同意を求められた。
「ん、ぉっ、おぉ。か、可愛いな」
瞬間的に慌て戸惑うのだが、否定する必要もない。なんとか言葉にして伝えるのだが直視出来ないでいる。
「あーっ!深沢が照れてる!ほらほら!」
「それだけ可愛いんだって!」
「ね、花音ちゃん言ったじゃない?深沢があれだけ照れるんだから本物だって!」
「う、うん」
潤が照れている姿を女子達に囃し立てられた。こいつら俺を普段どういう目で見ているんだよと思ったが、それもどうでもいい。花音と目が合うと照れながら上目遣いで見られた。その目に込められた無言のメッセージを感じ取る。
「はいはい、可愛い可愛い。それよりも、俺も一緒に入るからよろしくな」
「まぁ、実際深沢が雪さんと繋いでくれたしね」
「意外にお菓子作り上手だったしね」
潤は雪と喫茶班を繋いだ際に、雪の補助で菓子作りに入っていた。意外な特技を見せたことで驚かれはしたが、おかげで喫茶班に自然に入ることとなった。なんとか誤魔化しつつ、潤が入る午前中の役割、劇で王城の住み込み調理師に扮する格好に着替えていた。
「じゃあ花音、きっと大変だと思うけどよろしくな」
「うん、潤も頑張って」
小さく声を掛け合う。
「よしっ、みんな準備は良い?今日はまだ前哨戦だけど、今日の出来如何によって明日の入場者数が左右されると思って精一杯頑張るわよ!」
「「「おおっ!」」」
そうして凜が全体に向かって声を掛けるとクラスが一致団結する。ここまで多くの時間を掛けて取り組んできたのだ。最後までやりきろうという意思はみんな一緒だった。
『お待たせしました、只今の時刻を持ちまして文化祭の方を開催致します』
9時、全校放送によって文化祭が幕を開けた。
正門ではクラス毎の出店や展示などの取り組み内容が書かれたパンフレットが配られており、続々と入場しているのは、学校に通っている生徒の親兄弟に地元の友人たち、地域の住人たちと多くの人達が校内に入って早速その雰囲気を楽しんでいた。そこかしこで笑顔が見られる。
杏奈たちのクラスが行う焼きそばなどの鉄板系の店はグラウンドに出店している。他にもヨーヨー掬いや的当てやくじ引きなどといった店も並んでいた。
校舎内はお化け屋敷や絵画や書道の文化部の展示室、華道に茶道などの体験教室などが開かれていて、潤達の喫茶店には教室の入り口に兵装に身を包んだ門兵、劇での役割を担う男子が立っている。
凜と真吾は全体把握に務めており、響花は調理実習室にて裏方の役割を担っていた。
同じように喫茶店をしているクラスもあるのだが、潤達のクラスは仮装喫茶ということもあって多くの目を引いてすぐに賑わっている。
「やっほ。やってるね」
「雪さん、いらっしゃいませ」
そこに姿を見せた雪はお客として姿を見せていた。席に腰掛けると潤が接客をしている。凜に行って来いと言われたのだ。
「いつものでいいですか?」
「ちょっと、ちゃんと注文受けてよ」
「じゃあ、余所行きでしましょうか?店みたいに」
「ううん、いい。それにいつものでいいわ」
「結局それで良いんじゃないすか」
雪の嗜好は把握している。いつもので通じ合えるのはパンケーキと紅茶で良かった。
「ほんとは潤君の接客を受けたいけど、忙しそうだし普段見ているからここで接客されるとプレイみたいだしね」
「何を言ってるんすか!」
コスプレプレイと見紛うばかりの発言に内心ではドキッとするのだが、潤が雪におちょくられる時は大体いつもこんな感じだった。
「それにしてもえらく繁盛しているわね?」
「……あれっすよ」
外に列が出来るまで客が並んでいるのは見なくてもわかる。もう既に店内の席は満席になっているのだから。
そして潤に促されて見た視線の先には花音がメイド服に身を包んでいる。何か特別なサービスをしているわけではないのだが、ただ見ているだけで十分に目の保養になっているようだ。
「不満そうね」
「当り前じゃないですか!」
「ふふっ、けど潤君も周り見てみたら?」
「えっ?」
花音ばかりに目が言っていたのだが、雪に促されて周囲を見ると、クラスメイトからの視線を多く集めていた。
「――うっ!」
その視線の意図は明白だ。凜の姉でバイト先であるとはいえ、雪の様な美人と親しく話しているのだ。羨ましくて仕方ない。それと女子からは働けという意図の視線を感じた。
「くそっ!」
「いってらっしゃーい」
雪にひらひらと手を振られ、裏手の給仕に戻っている。そして何やら指示を受けて教室を出て行っていた。
「まぁ、あれだけ可愛けりゃモテるのも当然ね」
雪はのんびり紅茶を飲みながら教室の中で動いている花音を片肘着いて見ていた。
「それにしても、花音ちゃんの名字って、確か浜崎、だったよね…………まさか、ね」
ふとそう思いつつ抱いた疑問。どこか見覚えがある気がしなくもない。
「って、あっ! あれマズいんじゃないの!?」
「やめてください!」
「いいじゃん、ちょっとだけだからよー」
花音が腕を掴まれ、二人組の男に絡まれていた。如何にもチャラついた男達だった。
「そんなことはしません。離してください!」
「ちょっとふーふーしてくれって、熱いんだって」
「ご自分でどうぞ!」
「なんだよ、パンは熱いのに態度は冷たいじゃないかよー」
ぎりぎりのラインを攻めているつもりなのか、客観的にみれば完全にアウトなのだが、追い出すにはもう一つ足りない。
それでもしつこければ追い出されるのだが、クラスメイトは判断に迷っている。
潤はどうしているのかと思ったのだが先程教室を出て調理実習室に向かっていたのを見ていた。
「(はぁ、仕方ないわね)」
雪はそこで立ち上がり、男達の席の方に向かう。
「お兄さんたち、ちょっといいですか?」
「うん?」
「そんな子供を相手にするより、私と外に行きませんか?」
「おっ?」
「雪さん!?」
花音は急に姿を見せた雪に驚いてしまうのだが、雪はとりあえず自分がこいつらを外に連れだせば、あとは適当にあしらったら済むだろうと考えた。
せっかくの文化祭、妹とその友達を不要なトラブルから排除するのに一役買えればいいと判断する。そもそもしばらく居座っていたのもそのつもりも多少はあったから。でしゃばらないに越したことはなかったのだが、今は仕方ないかと息を吐いた。
「――おい、お前らオレの妹になに絡んでやがんだ?」
「えっ?」
「お兄ちゃん!?」
突然後ろから声が聞こえた。驚き振り返ると、そこには明るい茶髪を少し伸ばした男が立っていた。
「へっ? か、奏?」 「って、お兄ちゃん!?」
「おろっ?もしかして…………お前、雪か?って、ちょっと待て、今はこいつらと話がある」
雪に奏と呼ばれた男は花音に絡んでいた男達と肩を組んで教室を出て行った。
その後ろ姿を呆気に取られながら見送るのだが、雪は隣で同じようにしている花音に声を掛ける。
「あのさ、花音ちゃんさっき奏のこと、お兄ちゃんって言った?」
「……はい、雪さんもしかしてお兄ちゃんを知ってるんですか?」
「あー、まぁ…………元カレね(浜崎って名字、やっぱりか)」
お互い目を合わせないのは、なんとなくそれを察してのこと。
そこに潤が腕にトレイを抱えて調理実習室から戻って来ていたところで――――。
「ん?どうした?なんか静かだけど、なんかあったのか?」
一人だけ状況を全く理解できていなかった。
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