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文化祭喧騒

098 文化祭当日

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文化祭当日、久しぶりに家族揃って朝食の食卓を囲んでいた。

「天気よくて良かったわね」
「今日は父さんも行くからな」
「来なくていいよ」
「おいおい、父さんも潤の彼女がどんな子か見たっていいだろ?」
「だから来なくていいって言ってるんだけど?」
「しょうがないじゃない。お父さんまだ花音先輩見てないんだよ?」

潤の父、休日なのでいつものようにスーツ姿ではなく部屋着を着ており、眼鏡に痩せ型だが身長は高くすらっとしている。その父は未だに花音のことを母親から聞かされている程度にしか知らなかった。

「そんなに綺麗な子なのか?」
「うん、なんで潤にぃと付き合ってるんだろって思うぐらい」
「まぁそんなこと言っても杏奈より可愛い子なんていないけどな」
「うん、いつも通りキモい」
「ほらお父さん、そんなことばっかり言ってるから気持ち悪がられるのよ?思春期の今は特に敏感なんだから」
「そんなこと言ってもなぁ母さん。事実だからしょうがないじゃないか」

最近ではこうした場面は少なくなっているのだが、父は杏奈のことを溺愛していた。中学に上がったぐらいから徐々に敬遠されがちになっていても、時々こうしてその溺愛っぷりを言葉にしている。

「(あほか)俺、そろそろ行くよ」
「あっ、待って!私も一緒に行く!潤にぃ今日電車でしょ?」
「そっか、じゃあ行こうか」
「またあとでな!」
「はいはい」

いつもなら会社に行く父を見送るのだが、今日ばかりは逆に見送られる。
そうしてふと当たり前のように杏奈と連れだって家を出たのだが、少しばかりの問題、潤にとっての問題であるのだが、その時は気付いていなかった。
花音と今日は待ち合わせをして一緒に行くというのは前もって約束していたこと。一緒に登校しても問題がないのは、今日が文化祭でクラスが同じかつ最近よく一緒に行動しているのだから。多少僻む声は聞こえても、そんなことを気にしていたら花音と付き合えない。

だからといって公言することは叶わないのだが…………。


そして、微妙に問題が生まれたことを駅に着いてから認識する。


「おーはーよっ!今日楽しみだね!」
「杏奈ちゃん、おはよう。 先輩もおはようございます」
「ああ、おはよう」
「花音先輩もおはようございます!」
「おはよう杏奈ちゃん。相変わらず元気ね。潤もおはよう」
「おはよう」

笑顔で挨拶を交わしている花音と瑠璃と杏奈。潤もそれに混じり、普段通りの様子を装って普通に挨拶を交わしているのだが、予期していなかったこの状況に気が気でない。
「(もうなんともないのか?)」
そう思うのは、目の前にいる花音と瑠璃は特に変わった様子を見せていないのだから。

そもそも潤が気に病む問題ではないのだが、それでも気にしてしまう。気になってしまう。
あれから瑠璃が遊びに来ることは何度かあるのは杏奈との関係から。その時も軽い会話程度なら交わすのだが、深く何かを話し合ったわけではない。

「先輩?」
「ん?」

積極的に声を掛けられずにいると、学校に向かう電車の中で瑠璃に声を掛けられた。

「明日、楽しみにしてます!それと、今日も先輩のクラスの喫茶店に食べに行かせてもらいますね」
「うん、杏奈と一緒に来る?」
「はい、そのつもりです」
「そっか(光汰が杏奈と回る約束をしているのは明日だもんな)」

二日間ある文化祭で光汰は劇をする二日目に来ると言っていた。両親は両日ともに来る気らしい。

「確か焼きそばをするのよね?」
「はい、花音先輩も先輩と一緒に食べに来て下さいね!」
「うん、わかった、行かせてもらうわ」

花音は瑠璃と特にこれまでと変わらないやりとりをしている。その姿に戸惑いを覚えてしまうのだが、「(俺が考えすぎなだけかな?)」と。
何故こんなにも普段通りに振る舞えるのかわからないでいたら、その答えは電車を降りてから花音が教えてくれた。

「もうっ!何やってるのよ、情けないわね」
「何がだよ?なんでいきなり怒られてんだよ」
「瑠璃ちゃんよ」

杏奈と瑠璃の後ろを二人で歩きながら小さく声を掛けられる。

「潤が気を遣わないようにいつも通りにしているのよあの子」
「(やっぱそうだったんだな)」

そういう風に考えないこともなかったが、花音に言われて改めて確認する。

「そっか、じゃあ俺からも話し掛けないとな」
「そうして。でないと私も困るし」
「ん」

よくよく情けないなとは思い反省する。

「ねぇ瑠璃ちゃん」
「はい?」
「あのさ――」

それから学校に着くまでの間、瑠璃と杏奈に他のクラスの文化祭の出し物についてどれが気になってどこにいくという話を四人で話して登校した。


学校に着くとまだ三十分以上余裕があるはずなのにもう大勢の学生が既に登校をしていた。正門にアーチが設けられた文化祭独特の空気感がお祭り気分を更に盛り上げる。

「今日は喫茶店メインだもんな」
「そうね、いっぱい宣伝しないとね」

校舎に向かって歩いている途中、周囲にある模擬店を見ながら笑顔で話す花音を横目にふと疑問が浮かんだ。
潤と花音だが、劇は明日なので本日は喫茶店に従事することになっているので自由時間は割り当てられている分しかないのは仕方ないと捉えている。

「そういやさ、花音って今日仮装するのか?王女に」
「あー、あー…………、怒らないで聞いてくれる?」
「怒る?俺が?何に?」

要領を得ない。潤は少年の服、中世ヨーロッパのような布をまとうように着て喫茶店に入ることは決まっている。対して花音が王女の格好をするのかどうかを聞きそびれていた。
「(あんなドレスを着て喫茶店に入るなんて動きにくいだろう)」と思うのと同時に、花音の予定を聞いてなんとかして一緒に文化祭を回りたいと思っていたのだ。

しかし、未だに良い口実を見つけられていない。

そんな中の質問だった。

「……あのね、王女のドレスは流石に汚したり破れたりしたらいけないから着ないことになっているの」
「まぁそりゃそうだろうな」

これで何を怒る必要があるのか。

「……それでね、王女の仮装ができない代わりに…………」
「代わりに?」

「あの、その……メイドの格好をして入ることになったの……」

「…………はぁっ!?」

思わず大声を出してしまった。
下駄箱に入ったところだったので大きく反響する。周囲から凄く見られることになるのだが、それどころじゃなかった。

「ちょ、ちょっと声大きいわよ!」
「す、すまん、ちょっとびっくりし過ぎて。なんでいきなりメイドなんだ!?」
「あのね、凜がね――――」

詳しく話を聞いたところ、学校のアイドルの花音をただ遊ばせておくわけにはいかない。かといって王女の仮装はできない。劇の宣伝も兼ねて客集めをするために選んだ作戦がメイドだということ。
花音は当然断ったのだが、他のクラスメイトの女子達の後押しもあり断り切れずにいたのだった。

「くそっ、凜のやつめ!」
「だから怒らないでってば。危ない目には遭わないように配慮してくれるみたいだし」
「当たり前だろ!?」

教室に向かう最中、怒りがふつふつと湧いてくるのは、潤には反対されるのが目に見えてるのだから言うなら直前に言ってねと念押しされていたから。

そうして教室に着いて凜の顔を見てすぐに文句を言ってやろうと思ったのだが、そもそもどうやって文句を言ったらいいかの言葉選びが出来なかった。

「おはよう潤、どうしたのそんなに怖い顔して」
「おまえなぁ……」
「あっ、もしかして聞いた?」

凜も潤の表情と口を開かない様子を見て察した様子を見せる。文句を言う口実がないことも計算づくなのだろう。

「大丈夫大丈夫、潤が花音ちゃんと二人で文化祭を楽しめるように考えている作戦もあるから」

耳元で小さく掛けられた言葉でハッとしてしまう。怒っていたはずなのだが、花音と二人で文化祭を回るための口実が見つかりそうなので怒ることを思考の片隅に追いやってしまっていた。

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