97 / 112
文化祭喧騒
097 最終確認
しおりを挟む文化祭前日、大道具から小道具に衣装までなんとか全部作り終えて間に合うことができた。大きなトラブルの一つもなく乗り切れたのはクラスが一致団結した成果だとは思うが、まだ本番を迎えたわけではない。
この日、劇の最終確認をするために体育館を借りてリハーサルを行っていた。
場面は魔女が中心となって王城内を混乱の渦に巻き込んだその火の海の中。
『君が死ぬことなんてないよ!』
『……そういうわけにはいかないの』
『どうして!?』
『王女と…………幸せになってね』
『ダメだ!ボクは君が幸せになることも必要だと思う!!』
『ありがとう。そういってくれるだけでワタシの心はいくらか救われるよ。キミに会えて良かった――――』
『――――ダメだ!行くな!』
そうして魔女は火の海の中に姿を消していった。
「えっとさ、つまり最後の場面は俺が魔女を宥めようとしたんだけど、上手くいかなくて魔女は自害するってことなんだよな?」
「ええ、魔女は結局少年に対して秘めた思いを伝えることができず、それでも少年の幸せを願ったの。ただ、魔女が最期にどんな気持ちだったかってところね」
「ふぅん、そればかりは本人にしかわからないってところか。でもやっぱり別に死ぬ必要はないと思うけどな」
舞台から降りて、潤と響花は最後に決まった結末の場面をもう何度も繰り返し確認している。
「いいえ、王城内を混乱に陥れたのよ。それで魔女が生きていたら後の不安を煽りかねないから存在を抹消する方が話をしては早いの。有名な魔女狩りがそうね。人は不安に駆られると何をしでかすかわからないから。それが例え魔女がどんな気持ちを秘めていてもね」
「そっか、まぁ響花が言うならそうなんだろうな」
「な、なんであたしが言うとなのよ!?」
潤の言葉を受けて響花はどこか慌てふためく。
「いや、だってこの物語、この世界の創造主だろ?ならお前が一番この世界のことを想像し易いわけじゃん」
「……そういうことね」
「なんだよ?」
「なんでもないわよ!さ、早く確認して帰るわよ!明日が本番なんだから!あっ、劇は明後日か」
「なんで微妙に怒ってるんだよ。わけわかんねぇ」
そうして台本通り、内容の確認をする。ここまで六反田のしごきに耐えて頑張ったとは自分でも思う。観客がどう思うかはまた別の問題であるのだが、やれるだけはやったつもりだ。
そして19時、閉門時間を迎える。
この日は全学生の帰宅が遅くならないように帰らされるのは翌日に文化祭を控えている当然の措置。
帰り道、もう自然となった花音との帰宅。二人で自転車に乗るのももう慣れてしまっており、花音も潤の腰回りに自然と腕を回している。
「いよいよ明日ね」
「ああ」
「どうしたの?」
「いや、本当に大丈夫かな?」
「大丈夫よ、自信持って臨みましょうよ」
「まぁ、そうだな」
花音を家まで送り届け、「また明日」と声を掛け合う。
――――帰宅後。
「あぁ、けどやっぱりちょっと不安だなぁ」
帰って部屋で一人になると考え込む。劇自体は明後日になるのだが、妙な緊張感に襲われる。上手くやれるのだろうか?前評判が先行しているのはダブルヒロインを花音と響花の二人が演じるということが広まって学校中の期待が膨らんでしまっていた。
「…………今、大丈夫かな?」
そうしておもむろにスマホを手に取る。ここでもまた妙な緊張感に襲われてしまうのは、画面に映し出されている花音の名前。
常にやりとりはメッセージアプリを通じて行っており、電話をしたことはこれまで一度もなかった。
「ま、まぁただ電話するだけじゃないか」
少しだけ勇気を出して発信ボタンをタップする。
『……もしもし?』
「も、もしもし?」
『どうしたの?電話なんて珍しいわね』
「ん?ああ、ちょっと気になることがあったからさ。今時間あるか?」
『ええ、さっきお風呂を出たところよ。それより、気になることって?』
お風呂上がりの花音の姿に妄想が膨らむのだが、膨らんだ妄想をすぐに萎ませた。そんなことを考えるために電話をしたわけではない。
「あのさ」
『うん』
「……劇、上手くいくと思うか?」
抱えている不安を口にする。
『――ぷっ』
「えっ?」
『なにそれ?いつまで悩んでいるのよ?そんなことで電話して来たの?』
「そんなことって、花音は不安じゃないのかよ?」
『そんなのもちろん不安よ?けど睦子も言ってたでしょ?』
「六反田が何を?」
役者班のリーダーである六反田が何か言っていたかと思い返すが思い当たる言葉が見当たらない。
『聞いてなかったの?』
「いや、すまん、何て言ってた?」
『えっとね、確か、みんなで創り上げるものだから一人だけで背負うな。一人が責任を感じることはない。失敗すればそれはクラス全員の失敗だ。例え演者が舞台上で失敗したとしてもそれは演者に推薦した私達にも責任があるんだ。演者は私たちの代表で舞台に立っている。裏にいるやつも全く関係ないやつなんていない。って言ってたわよ?』
「あー、それのことか。いや、覚えているよ。六反田って良い奴だよな」
『そうね。だから気負っても仕方ないよ。私達は練習した成果を発揮すれば良いだけだから』
「とは言ってもなぁ…………」
六反田の言ってくれた言葉は有難かったし、演者を気遣っただけでなく、裏方にも責任の一端を背負わせたかったということもわかる。
だがプレッシャーを感じることは避けられない。だからこうして不安に駆られて花音に慣れない電話をしたのだから。
『――はぁ、わかったわ』
「えっ?」
『じゃあ今から練習しましょうか?』
「えっ?今から?どこで?」
『流石にもう遅いから外には行けないし、このまま電話でセリフの確認をするってことでどう?』
「あっ、そういう――――」
一瞬どこで会おうかと考えてしまったのだが、このままセリフ回しを確認することになった。
「場面は、どこにする?花音が決めてくれるか?」
『そうね、じゃあやっぱり一番大事な最後の場面にしましょうよ。魔女が消えた後の』
「わかった」
そうして台本を手元に置くのは念のため。もうセリフは完全に頭に入っている。
「じゃあいくぞ? 魔女が火の海に姿を消したあと、少年と王女は二人その場に取り残されるのを将軍に助け出された。少年は王女を救った英雄として王女との婚姻を認められると同時に貴族の地位を与えられた後の場面から」
『うん』
「 『まさかキミがあの時の女の子だったなんて。気付かなくてごめん』 」
『 『わたくしはずっと覚えていましたわ。もう一度再会が叶ってどれだけ心を躍らせたか』 』
「 『そっか、それは悪かった』 」
『 『いいえ、それはいいですわ。今こうしてあなたと結ばれることができましたので。ただ――――』 』
「 『ああ、わかってる。あの子のことだよね?』 」
『 『あの子の分もわたくし達は幸せにならないといけませんわ。でないとあの子の魂が報われませんもの』 』
「 『そうだね』 」
『 『わたくしと…………』 』
あとは王女から結婚の申し出をするだけ。それを少年が受け入れる。
「 ちょっと待って! 」
『 『えっ!?』 』
「 『それはボクに言わせて。ボクと――』 」
『 『…………』 』
王女の最後のセリフを遮った。理由は明確にはわからないのだが、何故か遮りたくなった。
「 『結婚…………してくれないか』 」
『 『は――』 』 「なにしてんの、バカップル」
花音の返事を聞こうと思ったら突然後ろから声が聞こえた。
「えっ!?あっ、杏奈!?母さん!?」
「こらっ杏奈、あとちょっとだったのに!」
「いや、もう限界よ。電話でプロポーズってどんだけって話じゃない?」
『杏奈ちゃん!?お母さんも!?』
部屋の扉が開いており、そこには杏奈とその後ろには母親の姿もある。杏奈と母親は電話の相手は花音だと確認しなくても理解していた。いつからいたのか、どこから聞かれていたのか、定かではないがただただ恥ずかしかった。
「ち、違うからなっ!こ、これ明後日の劇のセリフだからな!」
危うく雰囲気に呑まれてセリフにないことまで口走ろうとしてしまったのだが。
「す、すまん、花音!ありがと練習に付き合ってくれて!じゃあそろそろ切るな!」
『う、うん、突然アドリブ入れるからびっくりしちゃった』
「ああ、そ、それはすまんかった!ちょっとこっちのパターンならどうなるのかなって」
『ううん、これで安心できた?』
「ああ、助かったよ!(なんか違う意味で盛り上がってしまったけどな)」
杏奈と母親に聞かせるようにして必死に誤魔化す。なんとかこれで取り繕えただろうという程度の手応えを得た。
「また連絡するから!次はメッセージにしとくな」
『えっ?いつでも電話してくれていいわよ?』
「あっ、やぁ……それはちょっとな」
ニヤニヤしている母親の顔を見ると迂闊に電話なんてできない。いつまた聞き耳を立てられるとも限らないのだから。今後は可能な限りメッセージの方が無難な気がする
『そこでお前の声を聞きたかいからとか言ってくれてたら嬉しかったのにな』
「えっ!?なんだって?」
『ううん。杏奈ちゃんとお母さんによろしく言っておいて』
「ああ、わかった」
『じゃあ、おやすみ』
「おやすみ」
そうして慌てて終話ボタンをタップした。
その後、繰り返し誤魔化すようにして杏奈と母親に劇の説明をした。
母親は嬉しそうに「まさか潤が主役の一人に選ばれるなんてねぇ。それも花音ちゃんが相手役だなんて。これは絶対に観に行くわよ!」と言うので、何度か伝えてあること、絶対に学校で自分たちの関係のことをばらす様な余計なことを言わないように念入りに釘を刺した。
溜め息がでる。母親に演技を見られることがもしかしたら一番嫌なのかもしれない。来なくてもいいというのに応じるはずがなく、嬉々としているのだから。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】ずっと好きでした~そばにいてもいいですか?~
夏目若葉
恋愛
真面目で地味な高校生
木南 透桜子(きなみ とおこ) 18歳
×
イケメンで学年一のモテ男
水上 里哉(みずかみ さとや) 18歳
中学の卒業式のあと、水上くんに「卒業おめでとう」と声をかけたかった
だけどどうしても勇気が出せなかった
だから高校の卒業式の日に、絶対にリベンジしようと決めていた
でも彼が卒業前に去ってしまうなら、それは叶わない
「水上くん、ありがとう」
◇◇◇◇◇
高三の透桜子(とおこ)は、学年一モテるクラスメイトの里哉(さとや)に中学入学当初からずっと片思いをしている。
来年の春に高校も一緒に卒業するのだと思っていたが、文化祭を前にして里哉が引っ越しを機に転校するらしいと親友の日鞠(ひまり)から聞いてしまう。
日鞠は透桜子に後悔が残らないよう里哉に告白することを勧める。
透桜子は文化祭当日に里哉を呼び出し、片思いを昇華させようとするが……
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
姉気質の優しい幼馴染と、振り回される意気地なしな俺の話。
true177
恋愛
地図から消えてしまいそうなど田舎に住んでいる寿哉(としや)と、幼馴染の未空(みく)。
二日後にはもう出発しなければならず、馴れ親しんだ地域で過ごすのも最後。
未空から思い出作りにお泊り会をしようという誘いを受け、寿哉は快諾した。
普段は面倒見の良い姉気質な彼女なのだが、今日という日ばかりはどうやら様子がおかしい。
軽い冗談に過剰反応したり、興奮したりと落ち着きが無いのだ。
深夜になり、未空が寿哉の布団に入り込んできて……?
※毎日連載です。内部進行完結済です。
※小説家になろうにも同一作品を投稿しています。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる