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文化祭喧騒

096 変化

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文化祭まであと八日後に迫った金曜日。
昼休み、ふと隣の席の響花が小説を読んでいる事に疑問が浮かんだ。近くの席では花音と凜と真吾が世間話をしている。

「あのさ響花?」
「えっ?なに?」
「そういや最近図書室に行ってないんじゃねぇの?」
「あー、あそこ最近居心地悪いのよね」
「えっ?なんで?」

ここ数週間は文化祭に向けての演出に関してよく凜と六反田と打合せをしていることを目にしていたので気にしてはいなかったのだが、もう概ねの打合せを終えているはずなのに響花はこれまで通り教室にいたのだ。あれほど図書室に入り浸っていたのに居心地が悪くなったとは一体どういうことなのだろう。

「あれ?潤知らなかったの?響花が図書室に居ることが噂になって図書室に行く男子が増えたのよ」

潤が抱いた疑問を花音が解消した。
なるほど、と納得したのは、響花が突然モテ始めたことに起因しているのだということはよくわかる。単純にお近付きになりたい男子が図書室に行っているのだと。

「なるほど、そういうことか。 モテるやつは違うな」
「まぁ花音ちゃん程ではないわ」
「そんなことないわよ。響花、可愛いわよ?男子がほっとかないのもわかるもの」
「うん、ありがと。でもそれ花音ちゃんが言うかな?それに興味のない男子からいくら好意を向けられたところでどうでもいいもの。花音ちゃんもそうでしょ?」
「えっ?あー、まぁそうね、確かに」

辟易した様子を見せる響花は、潤の知らないところでよっぽど声を掛けられることが増えたのだろうということは容易に想像ができた。本当にウザそうにしている。
逆に問われた花音は潤をチラッと見るに留まるのだが、凜と真吾は明らかにニヤニヤとしている。潤は内心ではそのニヤニヤをやめろと思うのだが声に出せないでいた。

「まぁでもそれはしょうがないよな。響花ちゃんマジ可愛いもん」
「ちょっと真ちゃん?」
「だって事実じゃん」
「まぁ、確かに」
「ありがと、これで真吾君に彼女がいなかったらもしかしたら口きかないかも。軽薄そうだし」
「っと、これは取り付く島もないな。男子達よ残念無念」

少しばかり嫉妬している凜がいるのだが、響花の一言でその場は笑いに変わる。

「もしかして迷惑だった?」
「えっ?」
「あの、前に言ったじゃない?響花可愛くなるわよって言ったこと。もしあれがきっかけだったらって――」

花音が声を落として響花の近況に対する不安を口にすると響花はにこやかに微笑んだ。それを聞いている潤も、「(そんなこと言っていたのか)」と思い、それがきっかけなのかと納得した。

「あー、違うわよ。確かにああやって言われたから意識したってのはなくもないけど、別に迷惑なんかじゃないし、それに…………」
「それに?」

「――うん、女の子はいつだって変わる事ができるんだってことよ。ただそれだけの話」
「なるほど、深いな、それ」

真吾が深く頷いている横で黙って聞いていた潤も違うのかと思わされたのだが、響花が言ったことには大いに納得できる。目の前の花音が正にその体現者なのだ。見た目を意識するだけでこれだけの違いを出せるのだから。

「そうよ、いつだって前みたいに戻すことができるんだから」

「「ダメっ!」」

響花が笑みを浮かべながら口にすると花音と凜が同時に大きな声を出して制止した。驚いていた響花なのだが、それには潤も同意する。それでも、もし今のままでいることで響花が生きづらいなら前に戻すことも選択肢には入っていいだろうとも思えた。
ただ、その選択肢を選ぶのは勿体ないだろうと思うのは、潤から見ても響花のその変化は明らかに可愛いという感情を持たせるものなのだから。




――――夕方、潤の自宅にて。


「すまんな、杏奈のやつ急に用事入っちまったみたいで」
「ううん、仕方ないもの。この時期どこのクラスも忙しくしているものね」

潤と花音は潤の部屋で過ごしていた。
元々は杏奈が最近花音と顔を合わせていないということが理由で時間を作って潤の家に遊びに来ている。先週会っただろうと思うのだが、潤の彼女になってからというもの、これまで以上に、まるで姉のように慕っていた。いつの間に約束したのやら。
そうしたやりとりがあったのだが、先に帰っていた潤達に対して、杏奈は急遽クラスの買い出しに行かなければ行けなくなったらしい。用事が済めばすぐに帰るから待っていて欲しいと言うので花音は潤の部屋で待っていたのだった。

これまで何度となく訪れてきた潤の部屋で花音は杏奈と遊ぶためにゲームの予習をしていて、潤はそれに付き合わされている。
胡坐を掻いている潤に対して、花音は女の子らしく足を横に出して座っており、二人とも手にゲームのコントローラーを持っていた。

「クラスメイトと買い物かぁ。杏奈ちゃん、大丈夫なのかな?」
「大丈夫って何が?」

そんな中、呟くように花音は杏奈への心配を口にする。

「あっ、ううん。なんでもないの」
「なんだよそれ、気になるじゃないか」
「だって言ったら潤怒るかもしれないもの」

別に怒る事なんて何もないじゃないかと思うのだが、もしかしたら花音は杏奈に関する何かを知っているのかも知れない。潤の知らないところで二人は日頃からなにかとやりとりをしているのだから。

「怒らないから言ってみて?」
「絶対怒らない?」
「大丈夫、絶対怒らない」
「絶対に絶対?」

何度も確認する花音は潤の顔を覗き込む様に見る。綺麗な顔が目の前にあると今は二人きりだ。妙な気分になってきてしまう。

「な、なんだよそれ、まるで怒って欲しいみたいじゃないか」
「そういうわけじゃないわよ?でもね、潤が怒るとこみたくないなーって」

花音が杏奈の何を言おうとしているのか気にはなるのだが、花音とのことはなるべく焦らない様に進めていきたいと考えている。
このままでは我慢できそうにないので、この雰囲気を誤魔化そうとすることにした。

「じゃあ試しに怒ってみるぞ?」
「えっ?」

そうして、花音の脇腹を軽く突いてみる。

「きゃっ!」
「ん?」

妙な反応をされた。

「ちょ、ちょっと、や、やめてよ、潤!お、お願い!」

思っていた以上の反応をされてしまって面白くなる。

「ほらほら、どうした?俺が怒ったらこんな風にこしょばされるんだぞ?杏奈はよくこれでギブアップしてるからな」
「ちょ、ちょっと、これのどこが怒ってるのよ!」

こしょばされることに慣れてないのか、花音は苦笑していた。しかし、本気で嫌がっているわけではない。

「んー?つまり俺が怒るってことはこういうことだ」

そんな花音の反応が面白くてついエスカレートしてしまう。花音もいよいよ我慢できなくなってギブアップするのかと思いきや――――。

「じゃ、じゃあいいわよ!私も怒るからね!えーい!」
「ちょ、ちょっとやめろって!反撃はなしだろ!」
「そんなことないわよ!私も怒ってるんだからね!」
「ちょ、そこ、ダメだって!ぶっ!」
「ここね!ここが潤の弱点ね!よーし!集中攻撃よ!」
「やっ!やめてくれ!」
「いやよ、最初にしてきたの潤の方でしょ!?ほらほら、ギブアップするの?しないの?」

お互いに脇腹をこちょばしあっていたのだが、花音の方が優勢になっていく。座ったままの体勢なのだが徐々に花音は膝とつま先だけ床に付いて胡坐を掻いていた潤は膝を立てるだのするのだが、段々と花音の方が身体を上げ始めていた。
潤が攻撃をしにくくなったのは、花音が攻撃し始めたので上手く花音の身体に触れないでいようとするため。あまり激しく動いてしまうと目の前にある膨らみが気になってしまった。その膨らみ、柔らかそうな胸をなるべく触れない様にしないとと意識すると上手く身体を動かせないでいたのだった。

そうした中、潤もなんとかその姿勢を保っていたのだが、とうとうバランスを保てなくなってしまう。

「――あぶなっ!」
「――えっ!?」

潤は背中から倒れてしまったのだが、突然倒れたことで花音は潤に覆いかぶさるような体勢になってしまう。

「ってて」
「ご、ごめん」

転倒する危険を感じて即座に花音を抱きしめた。

「…………」
「…………」

覆いかぶさられたことで花音の胸の感触を自分の胸で感じてしまうのだが、その感触を自分の胸で感じただけなのに思っていた以上に柔らかな感触を得てしまう。

花音はすぐに床に手を付いて身体を持ち上げ、潤も抱きしめた手を離すと、隙間が十数センチ開く。しかし、それ以上身体を起こさなかった。花音の両の腕は潤の顔の横で床に着いており、長い髪が潤の顔にかかってしまっているのだが、そんなことなど今は気にならない。

「…………潤、好きよ」
「俺も。好きだよ」

そうして数秒の無言が二人を包み込み、そっと花音の顔が下りてくる。


「ごめんごめん遅くなっちゃった。花音先輩、お待たせー!今荷物置いてくるわね」

「「えっ!?」」

そこで部屋の扉が開かれると杏奈が申し訳なさそうにしていた。潤も花音も思わず扉の方向を見るのだが、固まったまま動けないでいる。

「…………あー、あー、あー、えっと、お邪魔だったみたいね。それにしても、花音先輩って結構積極的なんですねー。じゃ、引き続きお楽しみにー」

それだけ言うと杏奈はドアをパタンと閉めた。途端に花音は勢いよく身体を起こして「ち、違うの!杏奈ちゃん、ちょっと待って!」と言いながら杏奈を追いかけて部屋を出て行く。

潤もゆっくり身体を起こすのだが、内心では「(ヤバい、めちゃくちゃドキドキした)」と思っていたのだった。



それからなんとか事情を説明した花音なのだが、杏奈からは「まぁ付き合っているんですからあれぐらいあるでしょうし、遠慮なんかしなくて良いですよー」と言われて再び慌てる始末である。

結局のところ、花音が何を隠していたのかというのは玄関から出て花音を見送るところではっきりした。

「あのさ、結局なんだったの、言いかけたことって?」
「あー、まぁ、直接関係はないんだけど、クラスメイトと買い物ってことは男子もいるかもしれないのよね?」
「かもしれないけど、他に女子もいただろうし、杏奈には好きなやつがいるから別に気にしてないけど?」
「えっ!?潤、知ってたの?杏奈ちゃんの好きな人のこと?」
「まぁ光汰もずっと一緒だったからな。見てればわかるよ。それよりも、花音の方こそ知ってたんだな」
「う、うん。前にちょっと……」
「もしかしてそれで俺が怒るかもって思ってたのか?」

どういう流れで花音が杏奈の好きな相手が光汰だっていうのを知ったのか少し気にはなったのだが――――。

「なら怒ることはまずないな。光汰がどう思ってるのか知らないけど、別に光汰なら付き合ってもいいとは表立って言えないけど、別にダメとも思ってないからさ」
「そう、なんだ……。意外……」

花音は呆気に取られた顔で潤を見る。

「そうか?」
「うん、だって潤、杏奈ちゃんのこと可愛がってると思ってるから」
「んー、よくわからんけど、まぁわざわざ俺からどうこうしようとは思ってないよ。本人達の問題だし」
「そっかぁ。じゃあ私もそっとしておいた方がいいのかな?」
「その辺は任せるよ。俺は恋愛上級者ってわけじゃないしさ」
「そんなこと言ったら私だってそうよ」
「だな、知ってる」
「もうっ!」

潤も花音も二人とも二年間も想いをすれ違わせていたのだから。お互いに不器用な自覚がある。
もしかしたら今後何か発展があるかもしれないとは思うのだが、今はまだ何もわからない。黙って様子を見届けることにしていた。

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