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文化祭喧騒
090 喫茶店準備
しおりを挟む「もうっ!凜のせいで大変なことになってるのよ!」
「でしょうね」
週末、潤はいつものようにバイトに入っているのだが、今この時間はバイトを終えて店に残っていた。というよりも残らざるをえなかった。
そうして目の前の作業を手伝っているのだが、目の前の凜の姉である雪は憤慨しながら菓子作りをしている。
作業工程はほとんど終わっており、生地を作って焼き始めていた。潤はその準備と片付けを始めとして他一部の手伝いをしている程度に留まっているのは出来る事が限られるから。
何故こんなことになっているのかというのは、凜が雪を使って喫茶店の準備を効率良く進めるつもりであったからである。突然巻き込まれるように話を聞いた雪は当初は当然断ったのだがもうクラスでそういう風に話して後には退けなくなったというので渋々了承させられた。そして雪がこうして了承するに至った材料の一つに潤の存在も一役買っている。
凜は雪が断るのを見越して潤を小間使いにあてがっていたのだ。
ちなみに、凜と雪の父であるオーナーは雪と潤が店の材料や足りない器具を学校行事に持ち出すことを承諾していた。
オーナーは雪にも凜にも基本的には甘いのは娘だということもある。ただ、それでも今回に限っては店のことにいくらか関与するので少しばかり条件を付けられていた。
それは、文化祭が終われば時期的なイベント、クリスマスシーズンが近付いて来る。いつも以上に店に入ることを約束していて、凜は「大丈夫、そのつもりだったし、それも考えてあるから」と話していた。
潤はそれらの経緯を愚痴混じりに雪から聞かされているのだが、そもそも潤も被害者に近いようなものである。
「でもほんと助かるわ。潤君がいてくれるだけで」
「いやいや、俺なんてちょっと手伝うぐらいですよ」
実際直接的なことはほとんど何もしていない。
「ううん、一人より二人だもの。それに店のこと知ってる潤君が手伝ってくれると効率も変わるから。 あっ、そんなことよりも、そういえば彼女出来たんだってね、おめでとう」
「――!? 凜の奴、雪さんに言ったんかよ!?」
改めて口にされると恥ずかしい。
「大丈夫よ、学校の子には内緒にしてあげるから。相手は花音ちゃんでしょ?可愛いよねあの子。よく掴まえられたわね」
「まぁ……、色々とありまして」
雪がそういうのは、今後合間を見てクラスメイトに菓子作りの指導に入ることになっている。その際に余計な口を出さないよう凜から前もって口止めされていた。
「それにしてもクラスメイトが知ったらびっくりするだろうなー。まさかあれだけの美少女のハートを潤君が射止めたんだものね」
「ちょ、ちょっと!やめてくださいよ!」
「何焦ってるの?冗談じゃない」
「ほんと頼みますよ?」
「ふふっ、可愛い彼女を持つと苦労するわね」
別にただ可愛いからというだけで秘密にしているわけではない。そういう側面もあるにはあるのだが、ここに至る迄が少々複雑だったからだ。
そうして今後に向けて確認する内容として取り組んでいた菓子作り。とりあえず今日のところは店のメニューでも比較的簡単に作れるパウンドケーキとクッキーを最初のメニューに設定して、コーヒー豆も焙煎する器具も借り受けることと状況を見ながら他にいくつか簡単なメニューを追加することで話はまとまる。
オーナーからは「店の看板背負ってくんだ。下手なことはするなよ」と必要以上にプレッシャーを掛けられてしまっていたので身が引き締まる。
今後の予定としては一先ず翌週の土曜日に雪が学校を訪問してクラスメイトに菓子作りの指導をするということにまとまった。
「あれ?今思ったけど、これ、この役目俺じゃなくても良かったんじゃないすか?」
「えっ?あー、まぁ厳密にはそうよね。けどさっきも言ったけど、お店を知っているってことと、私としても気心知れた潤君がいてくれて助かるからそういうところに配慮してくれたんじゃない?」
「そこに俺の意思は尊重されないんですね」
「まぁ凜らしいわね」
二人して納得してしまっていた。
「それにしても、学校かー。懐かしいわね」
「雪さんはどこの学校を出たんですか?」
「えっ?言ってなかったっけ?潤君たちと同じ学校よ?もちろん凜は知ってるわ」
「あっ、そうなんすね。じゃあ母校に貢献するってことでいいじゃないですか」
「そんないいもんじゃないわよ」
「なんかあったんすか?」
「まぁ良い思い出も悪い思い出もあったっていうだけの極々普通のことよ」
淡々と作業をしながら話す内容は取り留めのない話。別に深く踏み込んで話をするわけでもない。そうなんだという程度に聞いていた。
「よしっ、できた!食べてみて!」
そうして話している間に出来上がったパウンドケーキを口する。
「うまっ!すっげ、これめっちゃ美味いっすよ!」
「ふふ、ありがと。じゃああとはバリエーションをどうするかねぇ」
「そういやオーナー教えてくれないんすか?雪さん手探りでやってるみたいですけど」
「お父さんは『こういうのも経験と勉強だ。高校生程度の模擬店には丁度良いだろう』ってさ」
「(おい、俺の時とはプレッシャーの掛け方が違うんじゃないか?)」
伝え聞いているだけなのでオーナーが実際はどういう風に雪に話したのかはわからないが、それでも明らかに違いを感じ取る。
「もうちょっとだけ付き合ってね。ごめんね、彼女できたばかりなのに遊ぶ時間作ってあげられなくて」
「いえ、大丈夫っすよ。俺達もとりあえず文化祭が終わるまではしょうがないって思ってますから」
「あらっ、付き合ったばかりなのに淡泊ね」
「俺達のペースがあるだけっすよ」
「良い表現だけど、本当?」
「当り前じゃないですか!」
確かに会いたい。抱きしめたい。もっと近くで感じたい。
そう思うことは多々あるのだが、そもそも最近の展開が急過ぎただけで、二年も待ったのだ。今更一ヵ月程度ぐらいそんなに変わらない。それに一ヵ月丸々会えないわけじゃない。時間を見つけては遊ぶつもりもあるし、学校が始まれば文化祭を口実に下校を一緒にできることも増えるのだから。
「そういうことならもうひと頑張りしますか!」
「お願いします」
「あっ、作り過ぎるだろうから持って帰って杏奈ちゃんや花音ちゃんに配ってくれていいからね」
「マジすか、ありがとうございます!杏奈も花音も絶対喜びますよ!ついでに母親も。マジ美味かったすもん!」
「ふふっ、ありがと」
そうしてその後二時間ほど雪の菓子作りに付き合っていた。
もらったケーキとクッキーを持って、帰宅する帰り道で花音の家に寄ることにする。
「――これ雪さんが花音にって。試作品の余り物だけど」
「ありがと、あとで食べるわ。えっと、感想はどうしたらいいの?」
「とりあえず俺が聞いて雪さんに伝えるよ。忌憚のない意見を聞かせて欲しいって」
「わかったわ」
玄関前で話をするに留まるだけでパウンドケーキをとクッキーを渡して帰ろうとする。
「あっ、そういや、響花なんか言ってたか?」
ふと翌日に学校が始まることを思い出した。響花の台本はどうなったのかと。
「今日連絡したら明日には持っていけそうだって」
「そっか、あいつが作る台本か。どんなだろうな」
「さぁ、けど絶対面白いと思うわよ」
「だよな」
そう思うのも響花が勧める小説で面白くないものはなかった。多少好みは分かれるだろうがある程度趣味嗜好に沿える程度には作品紹介をしてくれている。
「まぁ明日のお楽しみってことで」
「だな、じゃあ帰るわ」
「うん、……あっ!潤!」
「ん?」
自転車に跨り走りだそうとしたところで呼び止められた。
花音は玄関から出てきたので一体何事かと思うのだが、一言「忘れ物」とだけ伝えて潤のほっぺに軽くキスをされた。
「じゃあ、おやすみ。また明日」と言われたので「お、おぉ、またあした」と返す。そうして花音は手を振り家の中に入って行った。
「っつぅー、どうせなら口にして欲しかったけど…………まぁいっか」
もう暗くなっているとはいえ外だし、仕方ないと思いつつ少し物足りなさを感じて潤も家に帰る。
帰って杏奈に雪の作ったパウンドケーキを渡すと杏奈はもちろん母親も予想通り喜んでいた。
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