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文化祭喧騒
089 妹と彼女
しおりを挟む潤の家に着いたところで花音はふと疑問を投げかけた。
「ねぇ、小乃美さんには言わないの?」
「いや、まぁ聞かれたら言うつもりだけど、わざわざ自分で言うのは……まぁさすがに母親相手だとな」
「はっきりさせとかないと私が困るのよ。後で実は付き合ってましたーとか今後の小乃美さんとのお付き合いもあるのだから」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。わかった、じゃあタイミングを見て言うよ」
花音には直接言えなかったのだが内心では相当嬉しかった。それというのも、彼女が母親と良い関係を築くのは良いことだというのは当然だとして、今後の付き合い方を考えてくれているということに対してだ。先のことなんてわからないが、とにかく嬉しかった。
「ただいま」
「おかえり。今日はバイトなかったはずなのに遅かったのね。あら、花音ちゃん、いらっしゃい」
玄関に入ると洗濯物をしていた母親に遭遇した。
「こんにちは、小乃美さん。お邪魔します」
「そんな、付き合ったのだから遠慮なんかしなくて良いのよ?」
「「えっ!?」」
どうやって伝えようかと考えていた矢先に、母親からは既に知っているということをさも当然に言われたのだ。
「もしかして、杏奈か?」
「もちろんそうに決まってるじゃない。あんたが言わなければ他に誰から聞くのよ。けどまぁ、実際に二人を見るまではまさかあんたが花音ちゃんみたいな可愛い子となんて全く信じられなかったけど、こうして見てみると雰囲気ですぐにわかったわよ」
母は偉大だった。
姿は見えないがリビングで過ごしているであろう杏奈の行いのおかげで説明する手間が省けたのだがこれはこれで微妙に困る。どうしたらいいのかわからない。
「あの、未熟者ですがこれからよろしくお願いします」と花音は軽く頭を下げる。
「そんな畏まらなくてもいいのに。潤はおっちょこちょいだからちゃんと見ていてあげてね」
「わかりました。任せて下さい」
しかし、笑顔で受け答えする花音と母親を見て自分の心配事など杞憂でしかないのだということをすぐに理解した。話の内容には多少不満を抱いたのだが。
「ゆっくりしていってね」と声を掛けられ、母親は家事に戻ろうとする。
「すげぇな」
「なにが?」
「いや、あんだけスマートに話を進められるんだな」
「そう?別に普通に挨拶しただけよ」
階段を上りながら先程の花音の態度に対して感心を示したが花音は意に介していない。女同士何か通じ合えるものがあるのだろうか。
「あっ!そうそう!」
部屋の前に着いたところで下から再び母親の声が聞こえた。
「ちゃんと段階を踏むのよあなたたち!」
「なっ!?いきなりあほなこと言うな!」
「念のためよ!」
段階とは何を指しているのかなど詳しく聞かなくてもわかる。隣では顔を赤らめている花音がいる。
「だ、大丈夫だ。なんもしねぇから!」
「う、うん、わかってる」
内心では『まだ』と付け足している。焦り過ぎるのは良くない。しかし付き合っている以上考えないこともないその階段。いつか訪れるのだろうかと思いながら花音を部屋の中に招き入れた。
潤はいつものようにベッドの隅に鞄を置き、花音も部屋の入り口に鞄を置く。
「(そういや、こうして部屋で二人きりになるのって、誕生日以来か…………)」
花音が来る時にいつも座る位置、座布団を敷いてベッドを背もたれにして座る。いつもならその隣に杏奈が座るのだが、今は潤が座った。
頻度は多くないとはいえ、今までも花音は何度か潤の家を訪れている。今日までに杏奈が席を外している間の短い時間二人きりになることはあったことはあったのだが、あれ以来踏み込んだ話や展開にはなっていなかった。
さっきは母親にああ返事はしたとはいえ、妙な気分になるのは付き合った実感と、先程の母親の言葉を受けたせいだということはわかる。
「ねぇ?」
「ん?」
妙にドキドキする鼓動を感じながら花音に問い掛けられたので耳を傾けると、すっと手を握られた。
「次、いつ遊びに行けるかな?」
「あー、そうだな。俺はバイトもあるし、文化祭の準備の加減がどうなるかだよなぁ」
「私も同じバイトをすれば一緒にいられるわよね?」
「えっ!?」
今後の予定が立たないのを憂慮して花音がぼそりと呟いた。
「いや、そりゃ俺としてはバイト先でも一緒にいれたら嬉しいけど、花音はバイト大丈夫なのか?」
「まぁ社会勉強とか言えばできなくもないわよ?それに、潤が文化祭の喫茶店メニューに参加するんでしょ?なら私も――――」
「――いや、それはやめておいた方が良い!」
食い気味に花音の提案を制止した。理由は誕生日の時のこと、雪が監修していたにも関わらず見た目で失敗したと思わざるを得ないクッキーを作ったのだ。そこから見ても料理が得意ではないということは容易に見て取れた。
学校では成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群で通っている花音にも苦手なものがあったんだなとその時理解した。
「な、なによ!?前のクッキーのこと言ってるんでしょ!?私だって練習すれば上手にできるようになるんだからね!」
「ああ、じゃあ味見役ぐらいはしてやるからとりあえず学校ではそれを出さないでくれ」
「どうして?」
「どうしても、だ」
あくまでも可能性の話でしかないが、完璧超人で通っている花音が実は料理が苦手だということが知られれば他の男子に付け入る隙を与えかねないかもしれない。俗にいうギャップ萌えというやつだ。
独占欲強いのな、と思うのは付き合ってまだ数日なのにそんなことに気を回してしまっている。どうかしているかもしれないと思いながらも公表できない以上あらゆる可能性を考えなければいけない。
そもそも、他に言い寄る男がいたとしても花音なら間違いなく断るというのは今の時点では間違いなく断言できるのはこれまでもそうしてきたのだから。潤が抱くのはただの嫉妬でしかない。潤自身も理解している。
そんなことを考えていると、肩に重みを感じた。
花音がコテンと潤の肩に頭をのせていたのだった。
「わかったわ。潤のためにこれからにいっぱい練習するからちゃんと味見してね」
「お、おぅ。任せろ!」
突然甘えられたことを卑怯だろうとは思うのだが、全く嫌ではない。むしろもっと甘えて欲しい。
背中の後ろから腕を回して肩を掴む。肩に乗せられた状態から目だけで見上げられたのだが、掴んだ肩、指先に力を入れる。どういう意味なのかはわからないが花音は小さく「ぅん」と言っていた。
花音の顔の前に自分の顔を持っていき、キスをしようと試みる。花音も嫌がる様子をみせないのでそのままキスをしようと思った瞬間――――。
階段をドタドタと上がってくる音が聞こえて来た。
そうして数秒後には部屋の扉が開けられる。もちろんそこに姿を見せたのは杏奈だった。
「ねぇねぇ花音先輩来てるんだって!? 潤にぃこないだ新しいソフト買ったんですよ!一緒にやりませんか?」
杏奈は遊び相手が来たとばかりに笑顔で声を掛けた。
「あれ?もしかしてお邪魔だった?」
「ううん、そんなことないわよ。もちろん一緒にやるわ!新しいソフトってことは杏奈ちゃんも慣れてないでしょ」
「そうですけど、基礎が違いますよ基礎が」
「ふふん、油断していると足元すくわれるわよ」
笑顔なのだが微妙に顔を引き攣らせる花音と、潤も伸びをしておもむろにスマホを手に持ち出す。
「(くっそ、杏奈のやつめ)」
「(そういえば杏奈ちゃんいるんだった)」
二人して杏奈のことを忘れてしまっていた。
「そういえば潤にぃらのクラスは何することになってるの?」
「仮装喫茶と演劇よ」
手にゲームのコントローラーを持ち、アクションゲームに取り組んでいるところに疑問を投げかけられた。
「えっ!?二つもするんですか?」
「まぁ流れでね」
「演劇って、演目は何をするんですか?」
「あー、それがね、クラスメイトがオリジナルの台本を作ることになったのよ。恋愛をテーマにして」
「えー!オリジナルですか!?うわぁ、大変そう。ってことは、じゃあ仮装はその演劇の役でするってことですよね?」
「そうなるわね」
花音たちのクラスの出し物を聞いて杏奈は苦笑いしていた。それが如何に大変なことなのかは聞かなくてもある程度は想像できる。
「そういう杏奈ちゃんのクラスは?」
「私のクラスは焼きそばですって。普通でしょ?」
「そっか、まぁ一年の時は無難なやつになりがちよね」
「まぁ変なやつじゃないだけマシですけどね。それよりも、その演劇って恋愛がテーマって言いましたけど花音先輩出るんですか?」
「えっ!?出ないに決まってるじゃない!」
「えーっ!?勿体ない!どんなのか知らないですけど、花音先輩が劇をするとこ見たいです!ってか花音先輩が出ないなんてあり得ないですよ!」
「無茶なこと言わないでよ!演技なんて無理無理」
響花がどういう台本を作るのかわからないが、そもそもどんな台本だろうと花音には劇に出演する気が全くなかった。
――――それに加えて。
「おいおい、花音が劇に出たら大変なことになるだろ」
「えっ?なんで?」
「他の男子に見られて俺が嫌な気分になる」
「なんだ、のろけか。――――って、こっちもね」
それまでほとんど会話に参加していなかった潤が参加する。呆れる杏奈が隣の花音に視線を送ると花音も顔を赤らめて照れていた。
「じゃあさ、お兄ちゃんが相手役とかだとどう?」
「えっ?潤が?」
「俺が花音の相手役とか尚更ないだろ。どんな状況だよ」
「お兄ちゃんは黙ってて!花音先輩に聞いてるんだから!」
「ぐっ!こいつ、妹のくせに」
「潤が相手役かぁ――――」
問い掛けられたことに対して花音は想像を膨らませる様子を見せる。
「潤が相手役なら…………やってみてもいいかな?」
「えっ?」
「そう言うと思った」
「まぁどっちもやるの嫌がってるんだからそんなことにはならないけどね。例えばの話よ?」
「わかってますよ。ただそんな場合ならどうなのかなって気になっただけですので」
杏奈は呆れながらも笑った。それでもどこか嬉しそうにはしている。
それから花音は母親の強引な誘いを断りきれずに、結局夕食を共にして潤に送られ帰宅することになった。
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