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修学旅行が生んだ結果

080 釈明

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繋がれた手は既に離されている。
理由は突然目の前に付き合ったことを何も説明もしていない潤の妹杏奈が姿を現し、手を繋いでいるところを目撃されたのだ。二人して慌てて手を離してしまっていた。

そして説明をする暇もないくらい、杏奈が取った行動は素早かった。

「大丈夫、何も言わなくていいからとにかく待って!」

そう言うとスマホを取り出しどこかに電話をし始めた。どこに電話をしたのかは、電話の相手と繋がった瞬間に同時に理解する。

「あっ、もしもし、瑠璃ちゃん?」
『どうしたの?今日先輩迎えに行くのじゃなかったの?もうそろそろ帰って来る頃よね?』
「いや、それがね、非常事態が発生したから緊急招集を掛けるわ」
『えっ?非常事態って?』
「いいからとにかくすぐにうちに来て!」
『う、うん、わかった』

杏奈が電話をしている様子を二人とも無言で見届けた。
電話を切ると杏奈は二人をキッときつく睨む。

「っていうわけで事情はうちで聞きます。花音先輩には申し訳ないですけど少しだけ付き合って下さい」
「うん、わかったわ」

花音も杏奈が何を確認しようとしているのか理解した様子で真剣な眼差しを杏奈に向ける。時間的にもまだ夕方で、明日金曜とその後の土日は休みなので修学旅行の多少の疲れはあるが潤の家に寄ってから帰ることにした。


自宅に帰ると瑠璃はまだ着いていない。家の中に入ってリビングに荷物を置いたところで瑠璃がやって来たとわかるインターフォンの音がする。

潤と花音は隣同士でソファーに座り杏奈が玄関に迎えに行った。隣同士で座っていても花音が隣に座っていることの緊張を生んでいないのだが、別の緊張を生んでいる。この後の展開が気がかりでならなかった。

「話って、やっぱり私たちが付き合ったことよね?」
「だな、手を繋いでいるとこ見られたしな。すまん」
「ううん、どっちにしろ杏奈ちゃんには遅かれ早かれ説明しないといけなかったしね」
「そっか」
「けどどうして瑠璃ちゃんまで呼んだの?」
「あー、杏奈は瑠璃ちゃんが俺のこと好きだということ知ってたんだ。だからだろうな」

自分で言っていて恥ずかしくなる。まるで自信過剰なモテ男のような発言ではないかと。

会話をしているとすぐに杏奈と瑠璃がリビングに入って来た。
むすっとしている杏奈に対して。瑠璃はわけがわからないままリビングに通されていたのだが、リビングで潤と花音の姿を見てどうして呼ばれたのか納得した。

「(あっ、なるほど、そういうことか。はぁ、残念) 先輩達付き合ったんですね。おめでとうございます」
「えっ!?」

隣に立つ杏奈は驚き瑠璃の顔を見る。今から説明をしようとしたのだが、瑠璃は先んじて状況を判断して声を掛けたのだから。

「瑠璃ちゃんなんでわかったの?」
「えっ?だって先輩が好きな人が花音先輩だからだよ?修学旅行が終わってすぐに二人で家にいたらだいたいわかったわ」
「えっ!?そうなの?全然知らなかった!じゃあどうしてそんなに冷静なの!?」
「あー、実は言いそびれてたんだけど、先輩には花火大会の日にちゃんと振られてるんだよねぇ。だからもういいの。ありがと杏奈ちゃん、ちょっと辛いけど、意外と受け入れられたわ」
「……そう」

潤と花音が説明する必要がないほど瑠璃は状況を理解した。多少の申し訳なさは湧いてくるのだが、こればかりはどうしようもない。

「じゃあ先輩、今度こそ偽恋人はお別れですね」
「ああ、ごめんね」
「いいえ、色々と助けて頂きましてありがとうございました」
「うん」
「それと花音先輩?」
「は、はい!」

瑠璃は潤に正式に別れを告げたあと、それまで黙って状況を見届けていた花音に声を掛けた。突然声を掛けられたことで返事が思わず上ずってしまう。

「もし先輩と別れることがあれば、今度こそ先輩は正式に私と付き合ってもらいますからね。わかりました?」
「うん、大丈夫よ」
「ありがとうございます。じゃあ先輩、私は帰りますね」
「う、うん、わかった。気を付けて」
「はい」

そうして瑠璃は家を出て行く。危うく散々怒られたごめんという単語を言いそうになったのだが瑠璃の気持ちを慮ると口にすることができずにぐっと喉の奥に飲み込んだ。

杏奈は瑠璃の後を付いて行き、何か声を掛けている声だけが聞こえてくる。そうして玄関のドアが開いて閉じる音が聞こえて来て、どうやら杏奈は瑠璃と一緒に家の外に出たようだった。

「杏奈ちゃん、怒ってるかな?」
「いや、大丈夫だろ。杏奈は花音のこと好きだし、今は瑠璃ちゃんの方に付いてるだけだと思うから」

不安そうにする花音がどうして不安そうにしているのかを潤もなんとなくわかっている。家で花音のことを話す杏奈は明らかに憧れの対象として見ている。その花音と二人で出かけたり家に遊びに来て一緒に遊ぶ仲なのだから。今はまだ気持ちの整理がつかないだけだろうと。

「だといいけど…………。やっぱり杏奈ちゃんとは仲良くしたいから」

花音もなんとなくだが、それはわかっている。それでも不安を拭えない様子を見せていた。

「だから大丈夫だって。心配すんな、俺からも杏奈に上手く言っとくからさ」

花音の頭に手を乗せ、優しく撫でると潤を上目づかいでじっと見つめる。

「どうした?」
「ぅううっ、それずるいわ」

それとはどれのことなのか、もちろん理解している。ただ花音の不安を和らげたかっただけで、自然と手が出ただけなのだが、思い返すと恥ずかしくなる。

「い、嫌ならやめるけど?」
「ううん、もうちょっとだけお願い」
「お、おぅ」

表情と態度から嫌がられているわけではないことはわかっている。それでも念の為確認する。その反応に悶えそうになってしまう。なんとか理性を保ちつつ黙って花音の頭を撫でていた。顔を見てしまうと違うことを連想してしまいそうなので、視線は花音以外を彷徨わせるのだが落ち着かない。

――――そして。

「ありがと」と小さく一言呟かれると同時に太ももにほんの少しばかりの重みを感じた。
見なくてもわかる。花音の手の平が太ももに乗せられているのだ。妙な気分になってきてしまう。

心の中には葛藤が生まれているのだが、必死になって心の中で水を浴びせ続ける。まだ早い。逸る気持ちを必死に抑え込む。

「ふぅ」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

抑え込んだ。もう大丈夫。今ならどんな出来事にも耐えられる自信はある。

「――――ふぅん、思っていた以上に仲良いのね」
「杏奈!?」

背後から突然声が聞こえた。びくっとして振り返ると杏奈がリビングをそっと覗いている姿が見える。

「お前、いつの間に!?」
「今の間に、よ。いちゃついてるから気付かないのよ」
「い、いちゃついてなんかいないわ!そ、それよりも杏奈ちゃん、ごめんね!」

杏奈の発言に対して花音は潤以上に動揺している。慌てて取り繕うような声を掛けると、杏奈がにこりと微笑んだ。

「ううん、別に私はいいんですよ。花音先輩なら潤にぃを任せられると思うし、私も嬉しいよ」
「あ、ありがと」
「けど、それよりも先に瑠璃ちゃんのことが気になったから」
「ううん、それも当然よね」
「瑠璃ちゃんすぐに帰っちゃったけど、でも思っていた以上に整理付いていたみたいだからすぐこっちに戻って来たの」
「そう」

潤は黙って杏奈と花音の話を聞いている。ただ気分としては今すぐにこの場を離れたかった。

「だからまぁ、私のことは気にしないで、存分にいちゃついてくれたらいいわ」
「あほかお前!ってか、花音もそろそろ帰らないとまずいんじゃねぇのか?」
「あっ、そうね。じゃあ今日のところはこれで帰るわね」

突然調子を切り替える杏奈の様子に拍子抜けする。
ツッコミを入れながら時間に目を送ると花音もさすがにこれ以上帰るのを遅らせるわけにはいかない時間に差し掛かっていた。
潤の言葉を受けて花音もおもむろに立ち上がり帰り支度を始める。

「あっ、送るよ」
「えっ?」
「いや、さすがにそれだけの荷物を持って一人で帰らせるのもさ」
「ありがと」
「じゃあ俺花音を送っていくから」
「はいはいー。じゃあ花音先輩、これからも遠慮せずに遊びに来て下さいね」
「わかったわ。ありがと」

杏奈は普段と変わらずテレビを点けてリビングで見送り、もういつもの調子になっている。それを見ただけで多少は安堵するので、結果的には色々と一区切りついたのかもしれない。


家を出て、自転車の前かごにはみ出るようにしてだがなんとか花音の荷物を積む。手提げ鞄だけは腕に掛けている。

「じゃあ乗って」
「大丈夫なのそれ?」
「大丈夫だって、花音ぐらいの体重なら問題ないさ」
「なんかそれ失礼な言い方ね」
「そうか?」

色々と思うところはあるのだが、促されるまま花音は自転車の後ろに跨り走り出す。

「はぁ、なんでこんな人好きになったんだろ」
「なんだって?」
「なんでもないわ」

風を切りながら走る自転車で呟く花音の言葉は後ろに置いて行く。潤も何か言ったのだと程度には理解したので問いかけたのだが、花音は濁した。それは不満から来る事では無く満足感で満たされているのだから。

「ねぇ、明日バイト入っているのよね?」
「ああそうだけど?帰る時に言っただろ?」
「凜たちにはいつ言うの?」
「あー、実は明日真吾と凜には言おうと思ってさ。聞いたら明日凜と遊ぶって言ってたから家に居るだろうしさ。その相談もするつもりだったんだ」
「そっか。いいわよ、じゃあ明日バイトが終わる頃にそっちに行くわ」
「いいのか?」
「うん、二人で話した方が早いから。17時?」
「ああ」
「二人ともどんな顔するかな?」
「そりゃ驚くだろ?凜は特にな」
「ふふっ。あーでも凜には悪い事しちゃったかな」
「大丈夫だろ凜なら」
「まぁそれもそうね」

そうして翌日の代休の予定を話していると花音の家に着いた。

「ありがと、助かったわ。じゃあ気をつけてね」
「……ああ」

荷物を持って玄関に向かう花音の姿を見るのだが、物足りなさを感じる。

「どうしたの?」
「いや…………」
「もう何よ!?」

花音が数歩戻って来る。
目の前に来たことで物足りなさを口にすることができた。

「それで、なに?」
「いや、ただの願望なんだけど……」
「いいから早く言ってよ」
「その、キス、したいな、って」
「えっ!?」

付き合った実感はある。これからも会える。わかっているのだが、キスをしたい願望もある。なんとか言葉にして伝えると、既に明らかに紅潮している潤に対して花音もまたその顔を紅潮させる。

「私も、よ」
「(っし!)」
「けどダメ」
「(は?)」
「あんまり調子に乗らせるといけない気がするからさ」
「(おいおい)」
「だから、それはまた今度ね」
顔を赤らめながらも潤に笑いかける。多少のもどかしい気持ちは抱えるのだが、今焦っても仕方ない。

「そっか、そうだな。わかった」

今度と花音も口にしたのだから今は我慢しようと、浮かんできた欲望をぐっと押し止める。

「じゃあまた明日だな」
「うん、また明日連絡するわ。 バイバイ」
「ああ」

そうして修学旅行の全行程を、予定外の事も含めて終えた。残すところは真吾と凜に伝えるのみとなる。

ちなみに、光汰には帰宅してからすぐに電話で話している。一言「そっか、長かったな。おめでとう」と返されていた。詳しい話はまた遊びに行った時にでも聞かせて欲しいとのことだった。

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