上 下
706 / 724
神の名を冠する国

第 七百五 話 必要なのは何か

しおりを挟む

「その目……」

リンガードの言葉の意味を理解できないのだが、以前顔を合わせた時にアスラへ抱いた感覚――オッドアイと呼ばれる左右の鮮やかな眼球。
美しくも不思議な感覚を抱くその眼球は、その時目にしたような鮮やかさがなく、どこか色味を失っていた。

「ヨハンさん。わたくしもいくつか思うところはありますが、恐らくここは大人しく話を聞いた方がよろしいかと思いますわ」

エレナがそっと耳打ちする。

「……うん、そうだね」

確かにのんびりと話をしている暇もない。今はこの状況を平定させることが何よりも最優先。

「…………わかりました。あとで詳しい話は聞かせてもらいますが、今はこれからどうするつもりなのか教えてもらいます」

ヨハンの態度を受けたアスラは微笑みながら周囲を見渡すようにしてゆっくりと口を開いた。

「ありがとうございます。ですが、これだけは伝えておかなければなりません」

そのまま正面に錫杖を持っていき、軽く天を突き刺す。

「全ては、全ては神の声に従い、ここまで来ました」
「神の……こえ」

倒壊した教皇の間を見渡しているのだが、どうにもその印象は教皇の間ではなくパルスタット全土を見渡すようなどこか遠くを見る眼差し。

「信じるかどうかはあなた達にお任せしますが、私には神の声が届くのです」

以前にも聞いたことのある話。他国から見れば信じられないことであるが、宗教国家であるパルスタット神聖国に於いては極々自然なこと。光の聖女アスラと大神官は神託を得られるのだと。
それはクリスティーナも事あるごとに口にしており、全ての神官の願いはその神託を得ることであり、教義はその神託になり得るものだと信じられていた。

「半信半疑、といったところでしょうか?」
「見えないんじゃなかったんですか?」
「ええ。ですが、雰囲気といいますか、空気といいますか、そういったことは十分感じられますよ」
「そうですか」
「でも半分は疑っているってことだけどね」
「ちょ、ちょっとモニカ」
「何よ。私が言うのもなんだけど本当のことじゃない」
「そうだけどさ」
「いえ、構いませんよ。それでも半分でも私の言ったことが信じられるということは、これから説明する話によって今よりも信じて頂けるということですから」
「物凄い自信ですわね」
「ええ。丁度彼女も来ましたね」
「カレンさん」

細かい息を切らせながらカレンが合流する。

「無事で良かったわモニカ」

モニカを抱きしめながら、小さく声をかけた。

「カレンさん、あっちは大丈夫なんですか?」
「ええ。みんな無事よ。でも……――」

ニーナの治療はテトが即座に行っており、竜人族の強靭な生命力のおかげで命に別状はないのだがそれでも血を流し過ぎていた。そのため下手に動き回ることができずにそのまま動向を見守りつつ周辺の警戒をしている。レインやナナシー達はほとんどの力を使い果たし、戦力として換算できなかった。
だが、現在カレンが表情を険しくさせるのはそういったことに対してではない。

「――……あの子、早く何か手を打たないといけないわ」

ニーナの治療を終えたテトが、リオンとイリーナによって運び込まれたクリスティーナの命を繋ぎとめる為に治癒魔法の行使を行っている。しかし応急的なものにしかならずテトの知識と力を以てしても現状助ける手立てがない。

(早くこの場を収束させないと)

何をするにしても事態が収まらないことには満足な治療も行えない。

「それで、今はどうなっているの?」
「それがよくわからないの。あの人が神の声の従いここに至ったって」
「神の……声」

そうして視線を向ける先は光の聖女アスラへ。

「つまり、あなたはその神の声に従って魔王を打ち滅ぼすためにこれらの事態を招いたというのですか? こんなにも破壊的で破滅的な出来事を」
「ええ。流石は聡明な方のようですね。ですが勘違いしてはいけません。最初に彼らにも申し上げましたが、あくまでもこの事態は被害が最小限に済んでいる状態です。最も被害が大きかったのは魔王がそこの少女の中で覚醒し、この国が滅んだあとに魔族が追随して世界を混乱させることでした」

平然と言ってのけるのだが、にわかには信じられない話。
カレンとエレナは顔を見合わせると小さく頷き合う。

「わたくし達に何を求めるのかまだ聞いておりませんが、その前にいくつか質問をよろしいでしょうか?」
「ええエレナ王女。疑問が払拭されるようでしたらどのような質問をして頂いても構いません」
「ではまず、あなたはモニカを救う気がありましたの?」

チラリとエレナが横目に見るモニカは複雑な表情を浮かべながら顔を下げようとしたのだが、微かに首を振るなり表情を引き締めた。

(モニカ……)

逃げることのないモニカの覚悟をヨハンも感じ取る。

「その少女を助ける気ですか。いえ、それに関しては全くその気はありませんでした。結果としてそうなったに過ぎません」
「そうですの」
「じゃあ次の質問よ」

次に口を開いたのはカレン。

「教皇の暴挙は予めご存知だったということ?」
「暴挙、というのは教皇が魔王の力を取り込むということですね。それでしたらその通りです。むしろ私の力がないと魔王の力を彼女から抜き出すことなど不可能でした。この光の聖女アスラ・リリー・ライラックでなければ」

悪びれる様子もなく、むしろ堂々と言い放った。

「……わかりましたわ。どのような思惑があるにせよ、わたくし達はそれで救われているのですから助かりましたのも事実ですし」
「それは良かったです」
「ですが許容できないことがあるのも事実ですわ。ヨハンさんも言われました通り、その結果クリスの命が秤にかけられるようなことはとても許せるようなものではありませんわ」

芯の通った力強い言葉。エレナの覚悟が伝わる。

「神の御心に添っていることですので、あなた達が許容しようがしまいがクリスはそれで救われますので」
「どこからそんなでまかせを」
「僕からも質問があります。教皇は神に並ぼうと、人間を越えた存在になろうとして魔王の力を取り込んだと言っていました」
「ええ。それがあの方の望みでした。崇高な神に近付こうとすることは何も不思議なことではありません。ただやり方が適切ではなかったというだけです。人類のルールに則って、という意味ですが。そしてしかしながら、その欲求のおかげで魔王を滅する第一段階が進められました」

淡々と言い放つアスラ。

「まだ信じられない部分はありますが、どうしてあなたの目が犠牲になったのですか?」
「魔王の力を抜き出すにはエレナ王女、あなたの存在が必要でした。血を分けた特別な存在が。ただ、それ以外にも神に捧げる供物として私の視力を対価として支払う必要があったのです」
「供物?」

疑問符を浮かべるヨハンなのだが、抱いた疑問はカレンが解消してくれた。

「聞いたことがあるわ。特別な呪法の中には何らかの対価を必要とするものがあるって。ほらヨハン、思い出してみて。ドミトールでのシトラスもそうだったじゃない」
「シトラスって……」

そう言われて思い出すのはサリナス・ブルネイを蘇らせようとした研究。死者蘇生をするために人体実験へ手を染めた狂気の研究。
つまりあれに類するものだとすれば、アスラはその眼を対価として支払った結果視力を失っているのだと。

「ひとつだけ付け加えておきますが、それには私の眼が特別な魔力を宿していたからそれを可能にしたということです」
「……わかりました」

だからこそアスラにしか魔王因子を取り出すことができなかったのだと。しかしわからないことはまだある。

「では、あの人はどうして?」

ヨハンの視線の先には土の聖女ベラル・マリア・アストロス。

「魔王は倒せたのではなかったのですか?」
「いえ。確かに教皇の中に魔王を移すことには成功しましたが、あなたは魔王の外側を壊したに過ぎません。その結果、魔王の魂はこの場に漂うこととなりました。ですが、完全に滅することができなければ、再びその少女の中へと戻って行ったでしょう」

アスラの言葉に対して何も返答することの出来ないヨハン達。

「……では、彼女も自身を犠牲にしようとしているということですの?」

僅かの時間を要してエレナが口を開いた。状況を考慮すれば、土の聖女もまたその身を犠牲にしようとしているのかもしれない、と。

「いえ、それは違います。彼女は、神に愛されようとしているだけです」
「神に、愛される?」
「ええ。それは私たち聖女にとって当然の願い」

光の聖女アスラ・リリー・ライラックにしても共感できるその感情。

「ですが、彼女の強すぎるその想い故に、奇しくも教皇では成し得なかった魔王との一体化が実現されるのです」
「一体化?」
「ええ。教皇は魔王の力を従えようとしていましたが、彼女は神に愛されることを願うが故に魔王因子の全てを受け入れ、神格化しているということです。しかしそのおかげで魔王を完全に滅するということもできるということです」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...