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神の名を冠する国
第六百九十七話 二つの光
しおりを挟む「――……本当にこれで良いのですか?」
クリスティーナが今いる場所は、以前一度だけ訪れたシグラム王都。その中で一人の女性がお腹を擦っている手に、クリスティーナは同じようにして重ねて手を当てている。
「ああそれでいいよ。このような特異な因果律は常識では測れないものだからね」
腹部を擦っているのはジェニファー王妃。その微笑みからは幸せが滲み出ており、王妃の外見はクリスティーナが以前大使として赴いた際に謁見した時よりも幾分か若い。時の流れとしてはおよそ十五年前とのこと。
「本来魔王の覚醒は彼女が十五になる時だったのだが、それは同時に器に干渉できる絶好の機会でもあったわけだね」
偶然か必然か。どちらにせよ今回の騒動――――突然目の前に現れた幼女によると、モニカの中の魔王の魂が教皇へと移されたことは作為的なものに他ならないのだと。
「しかしそれはこちらとしてもまたとないチャンスでもある。キミがいたのは奇跡みたいなものだよ」
「そんなこと……――」
言葉に詰まる。
幾つもの感情を抱くクリスティーナの表情を見ながら、隣に立つ幼女は小さく微笑んだ。
「さて。じゃあ魂の分離を始めようか」
「――……はい」
幼女に言われるがまま、クリスティーナは自身の魔力を供給し始める。
「そうそう。良い感じだよ。そのままそのまま」
「はい。セレティアナ様」
「そんなに畏まらなくたっていいさ」
「いえ、そういうわけにはいきません」
少し前、唐突に目の前へ姿を見せた幼女は自身を精霊王と名乗っていた。脈絡もなくそんなことを言われても本来であれば疑念を抱いても仕方ないのだが、しかしクリスティーナは疑うよりも先にそれを信じざるを得なかった。
幼女の姿の背後に見える強大な気配。肌に感じるなどといった言葉ではまるで足りない、魂に直接触れてくる程の気配。それを得ると、信じるという選択肢しかなかった。
「しかしまさか精霊王様があなたのような方とは思いもしなかったです」
伝記として記される精霊王の姿はいくつも異なっているのだが、それでも幼女の姿をしているなどということはクリスティーナの記憶の中には一つもない。
「可愛いだろう?」
「え、ええ……」
ひらりとスカートを翻す様に思わず言い淀むクリスティーナ。どう受け答えをしたらいいものなのか。
「アハハ。そんなに困らなくたっていいよ。この姿は仮の姿で、元々はカレンちゃんの友達として作り出した姿だからね」
「カレン……様の?」
一体全体どういうことなのか。
確かにヨハンの婚約者でもあるカレン・エルネライは精霊術士。そしてその能力は類い稀なもの。ただでさえそれだけの力を有しているというのに精霊王と繋がりがあるともなれば驚異的。
「ああ。だけど、あの当時は力が足りなくて上手くいかなくってさ。だから妖精みたいになっちゃって、それでもカレンちゃんは受け入れてくれたからアレはアレで良かったのだけどね」
「はぁ……?」
懐かしそうに言葉にするセレティアナの言葉の意味がわからない。しかし嬉しそうに話している仕草からして、精霊使いであるカレン・エルネライとの関係性は良好なのだろうと。
「ですが助かりました。カレン様が貴女様のような方と繋がりがあって。おかげで」
エレナとモニカを救う方法が生まれたのだから。カレンの祈りが作用してセレティアナは姿を見せられたのだと説明されている。
「何を言ってるのだい?」
「え?」
「もちろんカレンちゃんのおかげもあるけど、ボクがここに来れたのはそれだけではないさ。キミ自身がアイツと繋がりがあるからこそ、こうしてボクと繋がれたのだよ?」
「アイツ……とは? どなたのことでしょうか?」
「モチロン、キミが神と呼んでいるアイツのことだよ」
「えっ!?」
突拍子もない言葉が飛び出す。
「か、神様をご存知で!?」
「ああ。っていっても、存在を認識してるだけだけどね。ボク達みたいな精霊とは別に、神はあくまでも偶像化された存在。つまり、キミ達が信じればそれが確かな存在として確立するのだよ」
「…………」
その言葉に耳を疑うのと同時に、混乱した頭を即座に整理しながらゆっくりと口を開いた。
「えっと、それはつまり、神様は精霊王様のように会えるような方ではなく、現実として姿を見せられることはないということ、でよろしいのでしょうか?」
「んー、まぁそうなんじゃないかな? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「やはりそうですか…………ですがしかし、精霊王様が住まうような世界には存在としていらっしゃる、そういった考えでよろしいのですよね?」
「そんな感じだね。当たらずとも遠からず、といったところかな。まぁ厳密にはそれをどうにかして言葉として言い表せるようなことはないと思うけど」
「……そぅ、ですか」
「もしかして、会えなくて残念だった?」
首を傾げながら問い掛けるセレティアナに対してクリスティーナは小さく首を振る。
「とんでもありませんっ! たとえ会えなくとも、神様が実在するのだとっ! それだけで天にも昇るような気持ちですっ!」
「いや、だから、実在はしないのだけどね」
「しかし確かにいらっしゃる! それは実在しているのと何ら変わりはありません!」
「ははは。信心深い子だ。でもだからこそボクとキミは繋がれたのだから」
神が精霊王であるセレティアナに近しい存在だからこそ干渉を可能にさせていた。
「おっ? そろそろだよ」
セレティアナの助力を得て、クリスティーナの魔力によってモニカの魂と魔王の分離が図られる。
「モニカさん。かえってきてください」
先程の会話に含まれていた様に、魔王の存在も神に等しいモノなのだと。
「こんな……こんなことであなた達を失わせません」
ただし魔王は神と違い、現世への干渉力に関しては神よりも遥かに大きい。
生み出される根源が異なるということもあるのだが、根本的な原因として、争いを繰り返してきて蓄積されてきた負の感情が生み出しているのだと。
「生きて、生きてください」
魔王が生み出されては時代の流れと共にその存在が風化され、そして新たな魔王が生まれるという循環。
「ぐっ!」
「頑張って。もう一息だから」
「で、ですが……」
「ダメか。今回の奴は相当執念深いな」
「いったいどうすれば?」
「諦めるしかないんじゃない?」
「そ、そんな……」
思わず顔面蒼白させるクリスティーナ。だが実際セレティアナにも他に方法が思いつくわけではない。
「ん?」
どうしたものかと考えた次の瞬間、クリスティーナが当てていた手の平の奥から大きな二つの力が噴き出した。
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