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神の名を冠する国

第六百八十一話 女の勘

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「まさか人間にこれほどの魔導士がいようとは」
「ドウシマスカ!?」

パルストーンへと侵攻している黒狼族の部隊を止めている一人の女性。

「今は大人しく下がりなさい。ここで引けばあなた達のことにもいくらか恩情はかけられるでしょう」
「ぐっ!」

獣人の中でも特に好戦的で屈強である黒狼族がたった一人に止められるなど本来あり得ない。

「化け物めッ!」
「今はその言葉、甘んじて受け入れましょう。あなた達が虐げられてきた歴史も含めて」

黒狼族を取り囲むようにして展開される光の粒子。まるで見たこともない魔法の数々。

(なにをやっているのですかあの子たちは)

出来ることといえば時間稼ぎぐらい。
立ち塞がっていたのはシェバンニ。街の中枢部への侵攻をせき止めていた。





「けほっ、けほっ!」

水の塔の最上階である清浄の間で突如として起きた爆炎。

「何が起きたの?」

ヨハンが魔法障壁を最大規模で展開していたことで被害は軽微。

「わかりません。ですが警戒は怠らないでください」

爆炎を風魔法で払う中、立ち込める煙の中にふと飛び込んで来る人影。
その突進の速度が凄まじく、思わず剣の柄に手を置き身構える。

「おにいちゃーん!」
「え?」

胸の中に勢いよく飛び込んできたのはニーナ。

「ちょ、ちょっと、どうしてニーナがここに?」
「ギガゴンに連れて来てもらったの。もぉ、びっくりしたよ。ギガゴンがお兄ちゃんまで燃やしちゃったかと思ったからさぁ」
「ギガゴンって?」
「ギガゴンはギガゴンだよ?」

一体何のことを言っているのかと思いニーナの指差す方角を見る。

「もしかして、あの翼竜のこと?」

部屋の中を睨みつけている巨大な翼竜の頭部。

「ベラル様っ!」

大きく声を発するクリスティーナ。駆け寄る先にはローブに焦げ目をつける土の聖女ベラル・マリア・アストロスが膝を着いていた。

「大丈夫ですかっ!?」
「え、えぇえ」

その視線の先には倒れ落ちているクリオリス・バースモールの姿。

「お、おのれ……またしても……口惜しや」

必死に腕を伸ばすのだが、すぐに力なく床に落とす。
次には魔素へと還るようにしてその身を粉と化していった。

「ベラルさまっ!」

クリオリス・バースモールが倒れたことで隷属の首輪を取り付けられているベラルがどうなってしまうのかすぐに視線を向けるクリスティーナ。

「あっ……」

しかし隷属の首輪はベラルの命を奪うことなくクリオリスと同じようにして粉となって散っていく。その様子にミモザが鋭い視線を向けていた。

「どうやらあの魔族の言っていたことはブラフだったようだな」
「良かったぁ」

ぺたんとその場に座り込む。

「あなたのおかげで助かりましたよぉ、クリスティーナ」
「いえ、申し訳ありません。私はあの時ベラル様を見捨てようと判断しましたので」
「とぉんでもありませぇん。わたくしでもあなたの立場ならそうしてましたよぉ。大事なのはぁ、国民を守ることですので手段を選ぶ必要などありませんわぁ」
「ベラル様……」

手を取り合う聖女二人。

(いまの……)

その様子に視線を送るのはミモザ。
隷属の首輪が消滅する時に見せていた違和感。どうにも不可思議に思えてならなかった。

「ひとつ、質問をよろしいでしょうか?」
「なんですかぁ?」
「あの娘、ニーナちゃん、私たちの仲間がどうしてここに来たのかはまだわかりませんが、どうしてあなたはあの業火の中で助かったのですか?」
「え?」
「正直なところ、私たちは彼が障壁を展開していてくれたおかげで助かったのですが、あの魔族が倒れるほどの中、どうやって切り抜けたのかを教えて頂きたいのです」
「そぉいうことでしたかぁ。でしたら、コレですわ」

軽く錫杖に魔力を流し込むと、すぐに隆起する床が半円状に形作った。

「わたくしも驚いたのですがぁ、なんとかコレで凌ぐことができましたわぁ」
「ベラル様の土魔法の右に出る者はいません。鉄よりも頑丈な魔法を駆使することができるのですから」
「……へぇ。それは凄いですね。それだけ、ですか?」

疑念の眼差しを向けるミモザ。

「それだけ、とは?」
「いえ。聖女様はそれぞれ特別な力を有していると見込んでいましたので。バニシュ――あっ、火の聖女であるバニシュ様の火魔法にしてもそうでしたし」

以前目にしたバニシュの卓越した魔法。小さな火の粉に魔力を凝縮した魔法は素直に驚嘆していた。

「そういえばバニシュ様とお知り合いだったのでしたね」
「確かに秀でた魔法を使えることに間違いはないのですがぁ、他国の者に必要以上にお話しすることはありませんわぁ」
「そうですか。それもそうですね」
「えぇえ。それにぃ、謎があることも女性の魅力のひとつになるのですよぉ」
「……おっしゃる通りです」
「そういう意味ではミモザさん、帝都ではおしとやかなシスターだもんね」

ミモザの背後からひょこっと顔を出すニーナ。

「ちょ、ちょっとニーナちゃん何言ってるのよ」
「いや、凄かったなぁ。あのミモザさんがお兄ちゃんとたた――むぐっ!」
「何を言おうとしているのかなニーナちゃん」
「むぐぅ! ふぐぅっ!」

素早くニーナの口元を塞ぐミモザ。

「おほほ。少し、失礼します」
「え、はい」

ニーナを引っ張りその場を離れるミモザ。

「なにか聞かれてはマズいことみたいでしたね」
「そうですねぇ。やはり女に秘密は付きものですものぉ」
「はぁ……?」

ギガゴンと話しているヨハンへ向かうその様子をクリスティーナとベラルが見送る。

「どうかしましたか?」
「ヨハンくん。ちょっとこの子見張っていて」
「ぷはっ!」

ニーナをヨハンに預けるミモザ。そのままそっと耳を近付けていた。

「あの聖女、気を付けておいた方がいいわ」
「え?」
「あの様子、恐らく何か隠しているはずよ」
「何かって?」
「さぁ。それはわからないわ。勘よ勘」
「勘、ですか」
「ええ。女の勘は鋭いから気を付けておいた方がいいわよ」
「……わかりました。気に留めておきます」

一体何のことなのかわからないのだが、人魔戦争時の魔族であるクリオリス・バースモールは突然飛び込んできたギガゴンによって倒されることとなる。

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