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神の名を冠する国
第六百七十六話 続・厩舎事変
しおりを挟むヨハン達が清浄の間へと踏み込む少し前。翼竜厩舎では魔族化したカイザス・ボリアスに対してニーナとレオニルが共闘している。
「許さぬぞ雑魚が。誰に傷を負わせたと思っている?」
獣の姿をした人族を獣人と呼ぶのであるのならば、カイザスが変貌した姿は竜人とでも呼べばいいのか。しかし種として竜人の名を持つニーナとは似ても似つかない異形。
「……ニーナさん」
「わかってる。めちゃぐちゃやばいんだよね?」
漆黒の翼竜に跨るカイザス。
「我が愛竜ボルテックスよ」
徐に翼竜の背に手の平を着く。
「お前の力。頂くぞ」
どちゅッと翼竜の身体の中に腕をめり込ませた。
「うわぁ、ぐろぉ。なにやってんのあいつ?」
「ニーナさん、アレを!」
ボルテックスの中から取り出したのは一本の骨。それがカイザスの放つ瘴気と混ざり合うと、すぐに漆黒の剣へと変化を遂げる。
「剣に……変わった?」
直後、眼下に目掛けて剣を真っ直ぐ振り下ろすカイザス。轟音と共に降り注ぐのは巨大な風の刃。
「っ!」
ニーナとレオニル、横っ飛びして躱すと、翼竜厩舎を大きく損壊させた。
成体・幼体と、乗り手が定まっていない翼竜の檻が壊れ、空を飛べる翼竜は逃げるようにして一目散に羽ばたいていく。
「フンッ。上手く躱したな」
崩壊した翼竜厩舎を見下ろしながら、不遜に言い放つカイザス。
「なにあれ? 魔剣?」
「性質的には恐らくそのようなものなのでしょう」
魔の力を取り込んだ翼竜より創られし剣。魔剣と呼んで差し支えない。
「カイザスっ! あなたの護るべきはここではないのですか!?」
かつて共に過ごした場所を大きく損壊させる行い。複雑な感情を織り交ぜながら問い掛けるレオニル。
「何度も言わせないでください。ここはもう守るべき場所などではありませんよ。そもそも、獣人が我が物顔で闊歩している姿など反吐が出る」
残虐な視線を眼下に落とすカイザス。
「本当にあなたは変わってしまったのですね」
あれだけ何事にも真摯に取り組んでいた当時のカイザスの姿と比べて大きく違う。
「私が? いえ、それは違いますよ。私は初めからそのつもりでした。如何にして獣人どもを殲滅せしめるか、それのみを考え機を狙っていたのですよ」
「はあッ!」
不意にカイザスの視界に飛び込んで来る炎弾。
「むんッ!」
漆黒の剣を振るうカイザスによって炎弾が真っ二つに裂かれた。
「ちぇっ。やっぱり遠いや」
煉獄を駆使した遠当て。
「ねぇ、ズルいじゃん。ちゃんと下りてきて戦ってよ」
空からの一方的な攻撃。成す術がない。
「ふん。ならば貴様が飛べばいいだけのことではないか。得意なのだろう? 翼竜に乗るのは?」
「んなこと言ったって……――」
周りを見ても、損壊した厩舎にはまともな翼竜が残っていない。数頭の幼体が小さく鳴き声を上げながら怯えているだけ。
「ならば残念だったな。ん?」
怯えている幼体の翼竜が大半の中、一頭の幼体だけが上方に向け叫んでいる。
「ピギャアアアッ!」
「ほぅ。この状況で猛りをあげられるか。成長すれば良い個体になるだろうな。だが」
剣を構えるカイザスは幼体目掛けて剣を振るった。
「目障りだ」
「ぴぎゃっ!?」
迫る殺戮の刃に怯えの表情を見せる。
そこへ素早く飛び込んで来る影。
「ぐぅっ!」
背中に切り傷を負うニーナ。腕の中には幼体。
「ピギィィ!?」
「だ、だいじょうぶ?」
「ぴぎぃぃ……」
「よかった。大丈夫そうだね」
幼体に怪我がないことを確認するなりキッと空を睨みつけるニーナ。
「これは妙なことを」
「この子は関係ないじゃない!」
「だが貴様が庇う必要もないと思うがな」
「そういう問題じゃないから!」
「に、ニーナさん! 背中から血が」
「うん。結構深いっぽいね」
ドクドクと流れる血。今すぐにでも治癒魔法を施さなければならないのだがレオニルは治癒魔法が使えない。
「でも大丈夫。ほら」
竜人族の血を駆使すれば止血ならできる。肉体的な強度は人間の比ではない。ホッとレオニルが安堵の息を吐く。
「カイザス! もう許しません!」
素早く獣化するレオニルはそのまま跳躍して壁の上に立つ。
「ほぅ。どう許さないのか是非とも教えて頂きたい。できればあなたが死ぬ前にお願いしますね」
カイザスは言葉の落ち着き具合とは真逆の気配を放った。
「ピギィっ!?」
「大丈夫だって。それより、威勢が良いのはいいけどさ、ちゃんと強くなってからにしないとダメだよ?」
「ぴぃ……」
「よしよし。じゃあ、きみに一つだけお願いするね」
「ぷぎゃ?」
人語を理解しているわけではないことはニーナもわかっている。しかし何故か通じ合える気がした。
「他の飛べない子を連れて、もっと遠く、あの塔が見えるかな? あそこまで避難しておいて」
「…………」
「それでさ、もうちょっと大きくなったら、あたしと一緒にこの空を飛ぼうよ」
ニコッと微笑むニーナ。その笑顔を見て幼体は一瞬呆気に取られるのだが、すぐさま表情を引き締める。
「ピギィィッ!」
「うん。じゃあよろしくね」
拙い歩行ながらも、素早く怯える幼体へと走って行った。
「さーて、これで後はアイツを倒すだけ」
しかしどうやって。
空を飛べないのはもちろん、現在レオニルが跳躍を繰り返しながら行っているような戦い方も出来はしない。身体能力が異常に高い獣人の、その中でも一握りの者にしか持ち得ない動き。
「!?」
勢い良く背後を振り返るニーナ。ゾッと背筋を寒くさせる。
「だれ?」
間違いなく殺気。それも尋常じゃない程の強大な。
「あそこって……――」
殺気を感じた方角に目を送ると、そこには天幕。
「――……確かギガゴンの」
誰も乗りこなせないという巨大翼竜がいる場所なのだと。
そういえばと思う程度に、先程飛び立った翼竜たちの中にギガゴンの姿はなかった。混じっていればあれだけの巨体。目立つはず。
中にいるのかいないのかという疑問を抱くのと同時に、天幕の内側から獰猛な咆哮が響いた。次の瞬間にはカイザス目掛けて光弾が放たれる。
「なにッ!?」
突如として飛来する光弾。回避が間に合わないカイザスが漆黒の剣の腹を光弾へと向ける。
「ぐっ、ぐぅっ…………――」
異常なまでの威力。
「――……ぬ、ォオオオオッ!」
全力を以て光弾を弾くと、光弾は上方の雲を穿っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ。な、なにものだ?」
光弾が飛んで来た方角を見るカイザス。
「ギガゴンっ!」
天幕が吹き飛んだ場所には、口元から湯気を放っている巨大翼竜の姿。
「いまのすっごいのギガゴンだよね!」
駆け寄るニーナに対して巨大翼竜は目もくれない。視線の先にはカイザスを捉えている。
「ねぇギガゴン! あたしを乗せて!」
「…………」
ギロッとニーナを睨みつける巨大翼竜。
「ねぇってばぁ!」
「…………」
「聞こえてるでしょ!?」
「…………ひとツ、聞かせロ」
ニーナをじろりと見るギガゴンは静かに口を開く。
「わ! しゃべった!?」
いくらかの意思疎通はできるものだと思っていたのだが、人語を発するとは思ってもみなかった。
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