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神の名を冠する国

第六百七十一話 閑話 アイシャの好奇心⑤

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朝日が昇り切った頃、アイシャとマリウスがいる場所は中央区の貴族邸。ランスレイ家の屋敷。

「はぁ。来るのが遅いとは思っていましたが、朝っぱらから何をしていますのよ」

屋外に作られた場所、広大な庭園が広く見渡せるところにて溜息を吐いて呆れかえる少女はセリス・ランスレイ。

「しょ、しょうがないだろう。剣士たるもの、放っておけないのだから」
「何が剣士よ。だいたいそれであなた自身が危ない目に遭っているようでしたら目も当てられないですわね」
「ぐっ、ぐぅ。そ、そんなことより、呼び出した用件は一体なんだ?」

マリウスには返す言葉がない程。

「坊ちゃま、言葉遣いを。お相手はランスレイ家のご息女であられますぞ」
「わかっている。公の場ではきちんとする」
「気にしないでセバス。元々呼び出したのはわたくしの方ですし、マリウスの言う通り気を遣われるのは公の場だけで十分ですわ」
「左様でございますか。セリス様がそうおっしゃられるのであれば」
「ええ。それよりも、来たようですわよ」

セリスが顔を向ける先、そこにはネネが後ろを歩く中、アイシャがカラカラと音を立てながら銀台車を押して来ている。

「お待たせしましたセリス様、マリウス様」
「え? ちょ、ちょっとちょっと! そんな言葉遣いしないでよ!」
「で、ですが」

アイシャの視線の先にはマリウス・カトレア。伯爵子息。

「本日はマリウス・カトレア様へ料理を振る舞うために私をお呼びされたのでは?」
「違うわよ! わたくしのアイシャの自慢をしたかっただけですわ!」
「せ、セリスの私って……」
「それだというのに先にマリウスに会うどころか助け……られているって言ったらいいのか」
「助けたんだよ!」
「まぁその辺りはいいとして、そのお礼に料理を振る舞いたいとか言われるし」

膨れっ面になり、プンスカと怒っているセリス。

「要は、アイシャ様の交友関係を広げることが目的だったようですね。差し出がましいことを致しました」
「いえ、ネネさんが気を遣わなくてもいいですよ」

ここまでで掻い摘んで聞いていた話として、マリウス・カトレアが所用でセリスに呼び出されていたのだと。元々アイシャもセリスと遊ぶ予定があったのだが、あのセリスが予定を忘れてマリウスを呼び出すはずがない。そうであれば料理人として招致されたのかと思っていた。その辺りに関しては申し訳ないがセリスより時折願い出るかもしれないと前以て話はされている。
それだけ評価しているとのことなのだが、今回に関してはそれらのこととは若干違っていた。

『提案ですか?』
『はい。アイシャ様ご自慢の腕を振るった料理をご提供されては?』
『え? でもそんなの』
『マリウス様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』
『いや、本日は予定があるのだ。せっかくの誘いだが』
『セリス様のところですよね?』
『ん? そうだが?』

そうして現在に至る。目の前ではセリスの分と合わせて皿を並べているアイシャの姿。

「それにしても、料理など専属の料理人がいるだろうに。それか雇えないようならせめて使用人に作らせればいいだろうが」

何の勘違いなのか、マリウスはアイシャを貴族なのだと勘違いしている様子。その様子をくすくすと笑っているセリス。

(わざと、ね)

時折見せるセリスの底意地の悪さ。

「あっ、いえ私は」
「人様の趣味に口を出す必要はありませんわ」

アイシャに訂正させる隙を与えないセリス。まだ早いのだと。

「それでいうならマリウスも最近はめっきり剣術にのめり込んでいると聞いていますわよ」
「そ、それはだな」

口籠るマリウスなのだが、セリスは知っていた。剣姫としたある約束のためなのだと。しかし剣姫より強くなろうとしたところで、目指しているところにはまだまだほど遠い。

(ちくしょう)

今日の出来事でマリウス自身力不足を痛感していた。

(知っていますわよ。あなたがモニカ様を婚約者として娶ろうとしていたことを)

評判名高い剣姫。聞き及ぶ限り、叔父にあたるアーサー・ランスレイが見初めた女性なのだと。叔父が認めたということはそれこそ相当な強さなのだろうということは容易に想像がつく。





「……これは想像以上だったな」

食べ終えているマリウスの衝撃。見つめているのは空の食器。あっという間に完食してしまっていた。食べる手が止まらない程に。

「本当に君が作ったのか?」
「もちろんです。今回は特に丁寧に仕上げました」

えへんと胸を張るアイシャ。マリウスはそのアイシャとテーブル上の皿を交互に見る。
自分とそれほど歳の変わらない少女が自分の家の料理人よりも圧倒的に上の料理を振る舞ったのだから。
それらの様子を見ながら満足そうにしているのはセリス。自分が受けた衝撃と同じ衝撃をマリウスに与えられたと。

「これは納得だ。これだけの料理の腕があればのめり込むのもわかるな」

ブツブツと呟いているマリウス。

「本日は大変なご迷惑をおかけしましたので、少しでもお礼ができていたら嬉しく思います」
「いや、十分だ。むしろまた食べたいぐらいだ。今後も交流してもらえたら。どこの家の者なのだ?」
「え? あの」

セリスに気を遣っている辺り、少なくともセリスの家よりは格が低い。ランスレイ家は四大侯爵家なのだから当然といえば当然。遠い血縁とはいえ、マリウスもカトレア家に所縁がある。
ぷくくと笑っているセリスに対して小さく息を吐くアイシャ。ここまで勘違いしていたまま。そろそろ頃合いなのだと。

「すいません。言いそびれていたのですが、私は貴族でも何でもなく、そもそも王国民ではありません」
「なに?」
「王都にいる知人のところへ遊びに来ているだけですので」
「それはどういうことだ?」
「ぶはっ、あはははははははっ!」

我慢できないセリスが盛大に吹きだす。

「な、なんなんだいったい!」

突然笑い出したセリスにマリウスが疑問を浮かべていた。

(貴族の人って、変わった人多いよね)

そんな感想を抱く中、そうしてアイシャの素性とセリスとの交友を始めることになった経緯を話して聞かせる。

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