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神の名を冠する国

第六百六十三話 凡人の願い

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広場を大きく動き回るレイン達。炎の鞭が床を叩くと大きく溶かし、既に床はあちこち溶解していた。
時折ナナシーが魔法の矢を飛ばすのだが瞬時にかき消される。その隙を縫って続けざまにレインとリオンが強襲するのだが現状互角。拮抗した状態が続いていた。

(レイン……)

その様子を不安気に見守るマリンなのだが、シンは感心している。

「へぇ。中々面白い技を使うなアイツ」

三つの炎の鞭と剣戟を使い分けているユリウス。身体の動きも達人の域。三対一であれども見事にレインとナナシーとリオンの攻撃をいなしているのだから。
魔法剣の要領で剣に炎を灯すことは上級の剣士であれば可能ではあるのだが、それらを鞭の如く伸ばすなど、膨大な魔力の消費は勿論、火属性の素質だけでなく熟練さと卓越した技術がなければ不可能。

「こっちはこっちで思っていたよりも成長してやがるし」

ナナシーとリオンの実力は申し分なく、レインもそれに追随するだけの身のこなしをしている。

「こりゃ、どっちが勝つかわかんねぇな。つっても、もう少し何かできれば違うんだけど……」

独り言のように呟いているシンの言葉を聞くマリン。

(なにを呑気なことを)

不満に思うものの、力を持ち合わせない自分には何もできない。
もう少し、という部分に自身の能力を使うことができればいいのだが上手くいかない。

「あ、あの?」
「しっかし、惜しいな。せめてローズみたいな魔導士でもいれば隙を生めんだけど」
「あの」
「にしても、俺だったらどうすっかなぁ? 出たとこ勝負になるだろうけど、このレベルの相手がこれからわんさかいるってなると」
「あ、あの」
「んだようっせぇな。今いいところなんだっての」
「っぅ」

ようやくマリンの声に反応するシン。若干の怖気を見せるのだが意を決して口を開く。

「き、聞いてくださいませ!」
「ん? なんだぁ?」
「あ、あの、わ、わたくしにも何かできることはありませんか? 少しでしたら魔法も使えますので」
「少しって、さっきぐらいの魔法か?」
「え、ええ」
「あー、やめよけやめとけ。何かしてぇのはわかるけど、あんな程度の魔法じゃこのレベルの戦いにはなんもできねぇって。いいから大人しくしとけ」
「で、ですが!」
「聞き分けのねぇヤツだな。いい加減にしろよ? お前程度の奴にはアイツらの応援ぐらいしかできねぇんだって言ってんだよ。んなこともわかんねぇか?」
「ぐっ!」

下唇を噛み締める。言葉が刺さる。言われなくともそんなことわかりきっていた。

(こんな時、エレナなら……)

ここに立っているのがエレナであればまた違うはず。戦場で王族が守られることは指揮命令系統の維持や位からして必然なのだが、反対に最前線に立つことも厭わないのもまた王族としての責務。
エレナならば同じようにして並び立って戦い、指示を飛ばしている姿が容易に想像できる。
戦う力を持てる者にはそれらは必要な行い。兵や国民を鼓舞する為に。

(どうして)

どうして同じ歳なのにこれだけ違うのか。持って生まれた才能だと言えばそれまでなのだが、それだけで終わらせられない。できることがあればしたい。悠長にただただ眺めていることなどできない。最大限に思考を巡らせ模索しなければならない。

エレナのように。いや、同じでなくともできることがあるのであれば。

(――……そういえばあの時…………)

そうして不意に思い出すのはヨハンが巨大飛竜を討伐した時のこと。いつも余裕綽々で澄ましているあのエレナが必死になった顔をしたのを見たのはアレが初めて。
自身の武器である魔剣を投擲して飛竜の眼球に突き刺した時の事。

『そういえばエレナ?』
『なんですの?』
『あの時、あなたが手を出さなくとも彼はあの飛竜を倒していましたわよね?』

王宮で一緒に居る時にふと疑問を抱き尋ねたことがあった。

『…………ええ。そうですわね』

返事を返したその時のエレナの顔はありありと思い出せる。どこか遠くを見るような顔。
当時は彼が――ヨハンがカサンド帝国に行っており、しばらく姿を見ることはなかった。その時のこと。

『確かに、わたくしが手を出さなくとも彼は倒していたのでしょうが……――』

当時を思い返すエレナが不意に見せる微笑み。

『――……これは結果論でしかありませんが、わたくしにも何かできることをしなければいけないという使命感のようなものはありましたわね。やはり王家の人間として国民を守らねばなりませんもの』
『ふぅん。そんなものなの?』
『ええ。そんなものですわ』

その時に見せた笑みを見て、やはりエレナには敵わないと思ったもの。王女になるべき器はエレナなのだと。

(違うわ)

しかし、今であればそれを否定できる。いや、否定ではなく、エレナが発した言葉の中に含まれる他の感情があるのだと。王女としての自覚と、想いを寄せる彼のためなのだと。

(少しでも、少しでも彼の力になりたいと、彼を守りたいと思っていたから)

だからこそあの顔を見せたのだと。慈しむような微笑みを。

(エレナにはできて、わたくしにはできない)

やはり器が違う。同じ王族とはいえ、生まれ持ったものが違うのだと。素質が。

『はぁ? 素質がなんだって?』

そうして連想するようにして思い出したこと。
パルスタット神聖国へと向かう飛空艇の中でレインと二人で話していた時の事。

『やはりレインはバカですわね』
『なにおぅ?』
『人間は生まれた時に多くが決まっておりますの。努力しても辿り着けない境地はありますわ。平民で凡人であるレインにはわかりませんのね』
『悪かったな凡人で』
『別に悪いことではありませんわ。ただ、王族として生まれたわたくしと平民で生まれた者とでは圧倒的に立場は違いますもの。もちろん責任もその分。平民には感じることのできない責任がありますの』
『はいはい。そうですね』
『それと同じで、最上の強者になるのは一握りの者にしか成し得ないですわ』

モニカが圧倒的な強さを以てガーゴイルの群れを討伐して、沸き立つ学生達を目にしながら呆れ混じりに口にしていた。

『あの子達では到底辿り着けないですわ。一種の憧れを抱くのも仕方ありませんわね』
『はぁん? さっきから何言ってんだお前?』
『え?』
『バカはお前だっつの』
『なんですって!?』

溜息を吐かれる意味がわからない。

『んなもん全員がわかってんだよ』
『え?』
『俺もその凡人だからアイツらの気持ちもわかんだけどよ、けど、んなこと言ってたら何もできねぇじゃねぇか。わかった上で取り組むことに意味があるんだろ? そもそも、上限があろうがなかろうがそんなもん誰がその上限を決めてんだよ? 自分自身じゃねぇのかよ?』
『それはそうですが……で、ではレインは』
『だーかーら、俺もこうして頑張ってんだよ。お前のいうその素質が足りねぇ分を努力でよ』
『そ、それでも足りなければどうしますのよ?』
『そんときゃあ仲間の力を借りるさ。別に俺は一人で強くなりてぇわけじゃねぇからな』

手すりに体重を乗せて遠くの空を見つめるレイン。

『…………』

その横顔をぽーっと見つめるマリン。

『あっ、そうそう。話ついでにお前にも頼みたいことあんだわ』
『な、なんですのっ!?』

不意に顔を向けられ、満面の笑みを正面から捉えて思わず心臓が跳ねる。

『どうした? なんか顔赤いぞ? 熱でもあんのか?』

ピタと額に重ねられる手の平。近付く顔。

『っうぅっ』
『ちょっと熱っぽいな』
『そ、そんなこと』
『そういや冷えて来たしな。そろそろ休んだ方がいいか』
『だだだだだい』
『んだよ、落ち着けっての』
『だ、だ、大丈夫ですわよ! そ、それより、何を言おうとしていましたの?』
『へ?』
『さ、さっきの続きですわ』
『さっきの?』

目線を上に向け、考えるレイン。少しの時間を要して何を言おうとしていたのかを思い出した。

『あっ、そうそう。俺が力不足の時はお前にも助けて欲しいんだ。あの能力ちから、前は俺には使えなかったからさ』

ニカっとはにかむ様に見惚れてしまう。

『実際凄いみたいだしな。どんな感じなんだろな、自分の身体がいつも以上に動けるってのわ。ん? どした?』
『そ、そうですわね、次の時には期待しているといいですわ! まったく、わたくしの能力をその身体に受けられるなんて光栄なことと思いなさい』
『おう。頼むぜ公女様』
『ま、まったく、そういうところだけ調子がいいのですから』
『取柄だからな。まぁ力のない凡人の願いだって思って聞いてくれよ』

ポンと頭上に手を乗せられる。妙にその馴れ馴れしさが心地良い。

『うー、さみぃさみぃ。やっぱ冷えて来たって。そろそろ中に入ろうぜ』
『う、うん』

返事はしたものの、足がすぐには動かない。そのまま真っ直ぐ船内に向かうレインの背を見送ってしまっていた。

(――……今こそ、今こそ必要な時ではありませんか!)

グッと胸に手の平を押し当てる。胸中では未だにもどかしい感情が燻っている。

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