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神の名を冠する国

第六百五十四話 兄の憎悪

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ナナシーが不意の遭遇に見舞われた頃より遡ること数十分前。
土の塔の一階大広間では鋭い金属音が何度も響き渡っていた。

「ほらほら。キサマはその程度か? となればやはり落ちこぼれだな」
「ぐっ、ぐぅっ!」

剣を交えて何合も経っており、劣勢に陥っているのはリオン・マリオス。身体中にはいくつもの切り傷を負っている。

(やはり兄さんは強い。でも……――)

剣の力量ではまだ差があるのはわかっていた。だが、リオンが知る兄ユリウスの剣にしては洗練さが欠けている。どうにも荒ぶる剛剣に感じられた。

(――……それにあの眼)

血走らせるどころか真っ赤になっている眼球。どうにも異常に感じられる。

「ハアッ!」
「ふッ!」

振り下ろされるユリウスの剣と横薙ぎに払われるリオンの剣。一際鋭い金属音を広間に響かせると、剣を互いに交差させ押し合う。

「どうした? せめて技量で勝てなければ腕力で勝てばいいのではないのか?」
「ぐっ」
「「!?」」

押し込まれるリオンが片膝を着いたところ、互いに後方に飛び退いた。

「「!?」」

二人が居た場所の床に刺さるのは投擲された短剣。

「俺も加勢させてもらいまっせ、リオンさん」

クルクルと左手に持つ短剣を回しながら歩くレインは、床に刺さった短剣を拾い上げる。

「余計な真似をしないでもらいたい」
「ん?」
「と、言いたいところだが、どうやらそうも言っていられないようなので、加勢を許可しよう」
「……どうして偉そうなんだよ」

明らかに劣勢だった上に、兄になじられ続けているリオンがレインへと見せる態度。明らかな強がりであり、聖騎士としての張りぼての様な体裁。

「フンッ。キサマはいつまで経っても他人の手を借りなければならないほど惰弱者なのだな」
「…………」

悪態に関してはいつものことなのだが、どうにもいつも以上。

「兄さん。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「今さら怖気づいたとしてももう遅い。お前がここで私に殺されることには変わりはない」
「はい。ですので、せめて最後に理由だけでも教えて頂いてもよろしいですか? 理由も知らないまま殺されるのは流石に私もクリスティーナ様に申し開きが立ちませんので」

リオンの言葉を聞いたユリウスはピクッと眉を動かした。

(ん?)

その反応を見るレイン。僅かに剣を握る手に力が入ったことを見逃さなかった。

「貴様が死ねばそれで済む話だ」
「ですが、そうは言われましても落ちこぼれだった私はこうして聖騎士となり、マリオス家の名に恥じぬ働きを見せているかと。確かに罪人の幇助に関しては今は言い訳もできませんが、これも理由があってのことです。まずはクリスティーナ様に面通しを願います」
「…………」

無言のユリウスはだらりと剣を下げる。その様子を見たリオンは話を聞いてもらえそうなのだと小さく安堵の息を吐いて剣を鞘に納めた。

「ありがとうございます兄さん。それでは」

肩の力を抜き、背を向け遠くで様子を窺っていたマリンへと声を掛けようと振り返る。

(なんだ。俺の出番は結局ないのかよ)

とはいうものの、実際リオンに助太刀したところで二対一でも勝てるかどうか怪しい力量をユリウスは見せていた。
レインも短剣を両の腰に戻そうかとしたところでユリウスが放つ気配が変わったことを察知する。
そこではだらりとぶら下げたユリウスの剣が炎を灯していた。

「よそ見してんじゃねぇッ!」

横っ飛びでリオンに飛びつく。

「ぐっ!」

二人してゴロゴロと床を転がった。

「何をする!?」

突然何事かとリオンが慌てて顔を上げるのだが、元居た場所――床が溶解してしまっている。

「チッ」

同時に聞こえる小さな舌打ち。そこには剣を振り上げた態勢になっているユリウスの姿。

「あれは……兄さんの必殺の剣…………」

火の聖騎士へと押し上げた一番の理由。炎の属性を一番の得意とするユリウス・マリオスの得意技。
元々、マリオス家は火を一番の得意属性としており、リオンのように水やその他の属性を得意としている方が珍しい。特に水に関しては相性的にも苦手としており、リオンが火より水を得意としていることで落ちこぼれと蔑まれていることもその辺りに起因していた。

「なに……あれ?」

その様子を見ているマリンが驚き困惑するのは、溶解した床には未だに炎が残っている。黒炎。消える様子を見せていない。

「魔族化の影響?」

それしか考えられなかった。

「ったく、戦闘中に背を向けるなよ!」
「す、すまない。助かった」

レインの言う通り。レインがいなければ間違いなく死んでいた。

(アイツ、本当に弟を殺す気だったぜ)

一体どうしてそれほどまでに憎悪を燃やしているのか理解できない。

「兄さん…………」

しかしリオンとしても信じがたい。改めて兄が本気で殺しに来ているのだと。

「貴様が軽々しくクリスティーナ様の名を事あるごとに口にすることがもう我慢ならない」
「兄さん? 何を言っているのですか?」
「…………キサマはクリスティーナ様の聖騎士に相応しくないと言っているのだ」
「確かに未熟者だということは自覚しております。ですので、一層の精進に励んでおります。それが気に食わないのですか?」

聖騎士としての格がユリウスの求めている基準に到達していないのかと。

「そんなことは問題ではない」
「では一体何に? あの方は、クリスティーナ様は私が一人前になれば他の者を聖騎士に昇格させるともおっしゃられていました」
「黙れッ!」

直後、額に青筋を走らせるユリウスは下ろした剣を振り上げ、その剣身にボゥッと炎を灯す。

「それ以上貴様があの方の名前を口にするなッ! あの方に相応しいのはキサマではなく私だッ! 私以外にはいないのだッ!」

剣先をリオンへと向けていた。

(ん? さっきからコイツ……――)

ユリウスがリオンとのやり取りで見せる違和感。殺意自体まさしく本物であり、間違いなくリオンを殺そうとしている。

(――……妙にあの水の聖女様に固執してやがるな)

言葉の端々に感じられる感情の起伏に対してどうにも疑問が生じていた。

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