上 下
638 / 724
神の名を冠する国

第六百三十七話 兄と弟

しおりを挟む
『もう今日は休んだら?』
『…………』

今よりももっと幼いクリスティーナが問い掛けるのだがリオンは無言。

『ほれ。まだ終わっておらんぞ』

直後、リオンの真上から大きく落ちる水の塊。バチャっと床を水浸しにする。

『げほっ! げほっ』
『テト様。もう今日はこれぐらいでよろしいのでは? これ以上やっては死んでしまいますよ』
『何を言っておるクリス。こやつの目はまだ死んでおらんさ』
『え?』

後ろを見ると、剣を支えにしてゆっくりと起き上がるリオン・マリオス。

『く、クリス。さっきの答えだがな。まだ、まだ……お前には言えない』
『……ふぅん。じゃあ、まぁ頑張って。怪我したら治してあげるから。死なないでよね』
『ああ。是非頼むよ。はああああああッ!』

そうして師へと立ち向かっていくリオン。

『どうして今は言えないのかな?』

首を傾げながらその背を見届け、振り返る。背中越しに響く金属音と水音。
それから数年の後に、テトの跡を継いで水の聖女に就くことになった時、リオンを聖騎士に任命することに迷うことはなかった。いくらか他からの嫌味や、判断を誤っているとも言われたものなのだが、リオンはそれに見合うだけの実力を有していたし、努力もしていた。それはテトも認めるところ。後は結果で示せばいいだけ。

(そういえばあの時の答え、まだ聞いていなかったわね)

とはいえ、現時点では十分ではないというのは他の聖女の筆頭聖騎士を見ればわかる。まだ言えないのはその辺りなのだろうかと。
しかしクリスティーナ自身の見解からしても、他の筆頭聖騎士の実力の高さは相当なもの。贔屓目に見てもリオンではまだ届かない高みにあった。

(上手くやっているかしら)

リオンに出しておいた指示はヨハンの仲間、レイン達の捕らえられている場所の確認。
しかし事態がこのような切迫した状況になった以上、リオンも自分を探しているはずだと考えられる。

(会えないなら仕方ないわね。とにかくリオンを信じないと。今は私は私で自分の事をするべきだもの)

そうして塔の上階へ向かう階段を上っていった。





ミリア神殿四つの塔の内の一つである土の塔。その地下にレインとマリンは捕らえられていた。
いくらかの神兵を倒しながら進んだ先、リオンによって地上へと連れ出されるのだが、一階の大広間で足を止めることになる。

「――……どうして兄さんがここに?」

リオンが問い掛ける視線の先には兄であるユリウス・マリオス。

「それはこちらの台詞だ。貴様がクリスティーナ様を守らずにここにいるのは何故だ?」

敵対する様にして大広間にて対峙していた。

「あいつぁたしか、火の筆頭聖騎士だったよな?」
「……ええ」

地下へと向かう道を背に、リオンの背後の通路の角から様子を窺っているのはレインとマリン。どうにも目の前の状況はおかしい。

「そこで何をしていた?」
「それは…………」
「言えぬ、ということはどうせよからぬことでも企てていたのだろう。大方あのシグラムから来た者を助けに来た、といったところか」

ユリウスの問いかけにリオンが目を見開く。

「どうやら図星のようだな」
「……兄さんはどうしてここへ?」
「貴様に答える必要などない」

侮蔑の眼差しをリオンへと向けるユリウス。

(これはどうやら怪しいわね)

状況を冷静に分析するマリン。ここに至るまでの経緯にしてもそうなのだが、なんらかの陰謀が画策されている可能性があった。

(彼がこの場に来たのは恐らく火の聖女の指示でしょうし)

先程の会話から推測されるその理由。
水の聖騎士リオン・マリオスが土の塔にいる理由は、クリスティーナの指示によって街の混乱に乗じて自分達を助けるためなのだと。大半は出払っているのだが、それでも聖騎士がいる可能性は想定していた。
だが実際に姿を見せたのが土の聖騎士ではなく火の聖騎士。それも筆頭聖騎士であるユリウス・マリオスがこの場にいる。

「やはり貴様はクズだったな」
「それはどういう――」

リオンが問い掛けるよりも早く、ユリウスは騎士剣を抜き放つなり剣先をレイン達がいる方角へと向けた。

「そこにいるのはわかっている。姿を見せろ」

小さく息を吐くマリンは角から姿を見せる。

「気配を感じ取ったのでしょうか?」

最上の実力者を知っている身からすれば、あの気配を気取られたのであればユリウスは相当な実力者ということ。

「……それとも、誰かからお聞きになりましたかね? 例えば、あなたの主とか?」

問い掛けるマリンを直視するユリウス。

「フンッ。頭は回るようだな。ああ、貴様の言う通り、これはバニシュ様のおっしゃられた通りだ。貴様らと懇意にしていたクリスティーナ様は恐らく貴様らを助けたがるだろうな。であればリオンが動くしかあるまい」
「なるほど。そうでしたか」
「まったく。罪人の脱走を幇助ほうじょするなど、我がマリオス家の面汚しにも程がある。いや、もうマリオスの名を名乗る資格すらお前には持ち合わせていない」
「兄さん」
「よって、リオンともども貴様たちにはここで死んでもらおう」

騎士剣の柄に手を掛けるユリウス・マリオス。

「本気で言ってるの? 兄さん?」
「無論だ。マリオス家には犯罪者に加担する者など不要。貴様には異端審問すら必要ない。裁定は私が下してやろう」

言い終えるなり、ユリウスはグッと前傾姿勢になる。

「死ねッ!」

ダンッと地面を踏み抜くなり即座に剣を振り払った。次に響くのは鋭い金属音。大広間へと響かせた。

「兄さんがどうしてそこまで私を憎むのかわかりませんが、私は私の信じる者のために戦わせてもらいます」

リオンも騎士剣を抜いており、剣を交差させている。

「…………なるほど。あくまでも抵抗するということだな?」

俯き加減に、低く問いかけるユリウス。

「それが聖騎士が仕える聖女に、引いては神に対する行いかッ!」
「ぐぅっ! なんて力なんだ」

顔を上げながらグッと力を込めるユリウスに、リオンは剣を押し込まれた。
ただ闘気を使用しているだけではない。確かに練度の差があるのはわかっていたのだが、それ以上の力の増幅。

「お、おい、あいつのあの目!」
「ええ。恐らく間違いありませんわね」

レインとマリン。二人共に見覚えのある光景。人魔戦争時の魔族化と酷似している。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

処理中です...