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神の名を冠する国
第六百三十七話 兄と弟
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『もう今日は休んだら?』
『…………』
今よりももっと幼いクリスティーナが問い掛けるのだがリオンは無言。
『ほれ。まだ終わっておらんぞ』
直後、リオンの真上から大きく落ちる水の塊。バチャっと床を水浸しにする。
『げほっ! げほっ』
『テト様。もう今日はこれぐらいでよろしいのでは? これ以上やっては死んでしまいますよ』
『何を言っておるクリス。こやつの目はまだ死んでおらんさ』
『え?』
後ろを見ると、剣を支えにしてゆっくりと起き上がるリオン・マリオス。
『く、クリス。さっきの答えだがな。まだ、まだ……お前には言えない』
『……ふぅん。じゃあ、まぁ頑張って。怪我したら治してあげるから。死なないでよね』
『ああ。是非頼むよ。はああああああッ!』
そうして師へと立ち向かっていくリオン。
『どうして今は言えないのかな?』
首を傾げながらその背を見届け、振り返る。背中越しに響く金属音と水音。
それから数年の後に、テトの跡を継いで水の聖女に就くことになった時、リオンを聖騎士に任命することに迷うことはなかった。いくらか他からの嫌味や、判断を誤っているとも言われたものなのだが、リオンはそれに見合うだけの実力を有していたし、努力もしていた。それはテトも認めるところ。後は結果で示せばいいだけ。
(そういえばあの時の答え、まだ聞いていなかったわね)
とはいえ、現時点では十分ではないというのは他の聖女の筆頭聖騎士を見ればわかる。まだ言えないのはその辺りなのだろうかと。
しかしクリスティーナ自身の見解からしても、他の筆頭聖騎士の実力の高さは相当なもの。贔屓目に見てもリオンではまだ届かない高みにあった。
(上手くやっているかしら)
リオンに出しておいた指示はヨハンの仲間、レイン達の捕らえられている場所の確認。
しかし事態がこのような切迫した状況になった以上、リオンも自分を探しているはずだと考えられる。
(会えないなら仕方ないわね。とにかくリオンを信じないと。今は私は私で自分の事をするべきだもの)
そうして塔の上階へ向かう階段を上っていった。
◆
ミリア神殿四つの塔の内の一つである土の塔。その地下にレインとマリンは捕らえられていた。
いくらかの神兵を倒しながら進んだ先、リオンによって地上へと連れ出されるのだが、一階の大広間で足を止めることになる。
「――……どうして兄さんがここに?」
リオンが問い掛ける視線の先には兄であるユリウス・マリオス。
「それはこちらの台詞だ。貴様がクリスティーナ様を守らずにここにいるのは何故だ?」
敵対する様にして大広間にて対峙していた。
「あいつぁたしか、火の筆頭聖騎士だったよな?」
「……ええ」
地下へと向かう道を背に、リオンの背後の通路の角から様子を窺っているのはレインとマリン。どうにも目の前の状況はおかしい。
「そこで何をしていた?」
「それは…………」
「言えぬ、ということはどうせよからぬことでも企てていたのだろう。大方あのシグラムから来た者を助けに来た、といったところか」
ユリウスの問いかけにリオンが目を見開く。
「どうやら図星のようだな」
「……兄さんはどうしてここへ?」
「貴様に答える必要などない」
侮蔑の眼差しをリオンへと向けるユリウス。
(これはどうやら怪しいわね)
状況を冷静に分析するマリン。ここに至るまでの経緯にしてもそうなのだが、なんらかの陰謀が画策されている可能性があった。
(彼がこの場に来たのは恐らく火の聖女の指示でしょうし)
先程の会話から推測されるその理由。
水の聖騎士リオン・マリオスが土の塔にいる理由は、クリスティーナの指示によって街の混乱に乗じて自分達を助けるためなのだと。大半は出払っているのだが、それでも聖騎士がいる可能性は想定していた。
だが実際に姿を見せたのが土の聖騎士ではなく火の聖騎士。それも筆頭聖騎士であるユリウス・マリオスがこの場にいる。
「やはり貴様はクズだったな」
「それはどういう――」
リオンが問い掛けるよりも早く、ユリウスは騎士剣を抜き放つなり剣先をレイン達がいる方角へと向けた。
「そこにいるのはわかっている。姿を見せろ」
小さく息を吐くマリンは角から姿を見せる。
「気配を感じ取ったのでしょうか?」
最上の実力者を知っている身からすれば、あの気配を気取られたのであればユリウスは相当な実力者ということ。
「……それとも、誰かからお聞きになりましたかね? 例えば、あなたの主とか?」
問い掛けるマリンを直視するユリウス。
「フンッ。頭は回るようだな。ああ、貴様の言う通り、これはバニシュ様のおっしゃられた通りだ。貴様らと懇意にしていたクリスティーナ様は恐らく貴様らを助けたがるだろうな。であればリオンが動くしかあるまい」
「なるほど。そうでしたか」
「まったく。罪人の脱走を幇助するなど、我がマリオス家の面汚しにも程がある。いや、もうマリオスの名を名乗る資格すらお前には持ち合わせていない」
「兄さん」
「よって、リオンともども貴様たちにはここで死んでもらおう」
騎士剣の柄に手を掛けるユリウス・マリオス。
「本気で言ってるの? 兄さん?」
「無論だ。マリオス家には犯罪者に加担する者など不要。貴様には異端審問すら必要ない。裁定は私が下してやろう」
言い終えるなり、ユリウスはグッと前傾姿勢になる。
「死ねッ!」
ダンッと地面を踏み抜くなり即座に剣を振り払った。次に響くのは鋭い金属音。大広間へと響かせた。
「兄さんがどうしてそこまで私を憎むのかわかりませんが、私は私の信じる者のために戦わせてもらいます」
リオンも騎士剣を抜いており、剣を交差させている。
「…………なるほど。あくまでも抵抗するということだな?」
俯き加減に、低く問いかけるユリウス。
「それが聖騎士が仕える聖女に、引いては神に対する行いかッ!」
「ぐぅっ! なんて力なんだ」
顔を上げながらグッと力を込めるユリウスに、リオンは剣を押し込まれた。
ただ闘気を使用しているだけではない。確かに練度の差があるのはわかっていたのだが、それ以上の力の増幅。
「お、おい、あいつのあの目!」
「ええ。恐らく間違いありませんわね」
レインとマリン。二人共に見覚えのある光景。人魔戦争時の魔族化と酷似している。
『…………』
今よりももっと幼いクリスティーナが問い掛けるのだがリオンは無言。
『ほれ。まだ終わっておらんぞ』
直後、リオンの真上から大きく落ちる水の塊。バチャっと床を水浸しにする。
『げほっ! げほっ』
『テト様。もう今日はこれぐらいでよろしいのでは? これ以上やっては死んでしまいますよ』
『何を言っておるクリス。こやつの目はまだ死んでおらんさ』
『え?』
後ろを見ると、剣を支えにしてゆっくりと起き上がるリオン・マリオス。
『く、クリス。さっきの答えだがな。まだ、まだ……お前には言えない』
『……ふぅん。じゃあ、まぁ頑張って。怪我したら治してあげるから。死なないでよね』
『ああ。是非頼むよ。はああああああッ!』
そうして師へと立ち向かっていくリオン。
『どうして今は言えないのかな?』
首を傾げながらその背を見届け、振り返る。背中越しに響く金属音と水音。
それから数年の後に、テトの跡を継いで水の聖女に就くことになった時、リオンを聖騎士に任命することに迷うことはなかった。いくらか他からの嫌味や、判断を誤っているとも言われたものなのだが、リオンはそれに見合うだけの実力を有していたし、努力もしていた。それはテトも認めるところ。後は結果で示せばいいだけ。
(そういえばあの時の答え、まだ聞いていなかったわね)
とはいえ、現時点では十分ではないというのは他の聖女の筆頭聖騎士を見ればわかる。まだ言えないのはその辺りなのだろうかと。
しかしクリスティーナ自身の見解からしても、他の筆頭聖騎士の実力の高さは相当なもの。贔屓目に見てもリオンではまだ届かない高みにあった。
(上手くやっているかしら)
リオンに出しておいた指示はヨハンの仲間、レイン達の捕らえられている場所の確認。
しかし事態がこのような切迫した状況になった以上、リオンも自分を探しているはずだと考えられる。
(会えないなら仕方ないわね。とにかくリオンを信じないと。今は私は私で自分の事をするべきだもの)
そうして塔の上階へ向かう階段を上っていった。
◆
ミリア神殿四つの塔の内の一つである土の塔。その地下にレインとマリンは捕らえられていた。
いくらかの神兵を倒しながら進んだ先、リオンによって地上へと連れ出されるのだが、一階の大広間で足を止めることになる。
「――……どうして兄さんがここに?」
リオンが問い掛ける視線の先には兄であるユリウス・マリオス。
「それはこちらの台詞だ。貴様がクリスティーナ様を守らずにここにいるのは何故だ?」
敵対する様にして大広間にて対峙していた。
「あいつぁたしか、火の筆頭聖騎士だったよな?」
「……ええ」
地下へと向かう道を背に、リオンの背後の通路の角から様子を窺っているのはレインとマリン。どうにも目の前の状況はおかしい。
「そこで何をしていた?」
「それは…………」
「言えぬ、ということはどうせよからぬことでも企てていたのだろう。大方あのシグラムから来た者を助けに来た、といったところか」
ユリウスの問いかけにリオンが目を見開く。
「どうやら図星のようだな」
「……兄さんはどうしてここへ?」
「貴様に答える必要などない」
侮蔑の眼差しをリオンへと向けるユリウス。
(これはどうやら怪しいわね)
状況を冷静に分析するマリン。ここに至るまでの経緯にしてもそうなのだが、なんらかの陰謀が画策されている可能性があった。
(彼がこの場に来たのは恐らく火の聖女の指示でしょうし)
先程の会話から推測されるその理由。
水の聖騎士リオン・マリオスが土の塔にいる理由は、クリスティーナの指示によって街の混乱に乗じて自分達を助けるためなのだと。大半は出払っているのだが、それでも聖騎士がいる可能性は想定していた。
だが実際に姿を見せたのが土の聖騎士ではなく火の聖騎士。それも筆頭聖騎士であるユリウス・マリオスがこの場にいる。
「やはり貴様はクズだったな」
「それはどういう――」
リオンが問い掛けるよりも早く、ユリウスは騎士剣を抜き放つなり剣先をレイン達がいる方角へと向けた。
「そこにいるのはわかっている。姿を見せろ」
小さく息を吐くマリンは角から姿を見せる。
「気配を感じ取ったのでしょうか?」
最上の実力者を知っている身からすれば、あの気配を気取られたのであればユリウスは相当な実力者ということ。
「……それとも、誰かからお聞きになりましたかね? 例えば、あなたの主とか?」
問い掛けるマリンを直視するユリウス。
「フンッ。頭は回るようだな。ああ、貴様の言う通り、これはバニシュ様のおっしゃられた通りだ。貴様らと懇意にしていたクリスティーナ様は恐らく貴様らを助けたがるだろうな。であればリオンが動くしかあるまい」
「なるほど。そうでしたか」
「まったく。罪人の脱走を幇助するなど、我がマリオス家の面汚しにも程がある。いや、もうマリオスの名を名乗る資格すらお前には持ち合わせていない」
「兄さん」
「よって、リオンともども貴様たちにはここで死んでもらおう」
騎士剣の柄に手を掛けるユリウス・マリオス。
「本気で言ってるの? 兄さん?」
「無論だ。マリオス家には犯罪者に加担する者など不要。貴様には異端審問すら必要ない。裁定は私が下してやろう」
言い終えるなり、ユリウスはグッと前傾姿勢になる。
「死ねッ!」
ダンッと地面を踏み抜くなり即座に剣を振り払った。次に響くのは鋭い金属音。大広間へと響かせた。
「兄さんがどうしてそこまで私を憎むのかわかりませんが、私は私の信じる者のために戦わせてもらいます」
リオンも騎士剣を抜いており、剣を交差させている。
「…………なるほど。あくまでも抵抗するということだな?」
俯き加減に、低く問いかけるユリウス。
「それが聖騎士が仕える聖女に、引いては神に対する行いかッ!」
「ぐぅっ! なんて力なんだ」
顔を上げながらグッと力を込めるユリウスに、リオンは剣を押し込まれた。
ただ闘気を使用しているだけではない。確かに練度の差があるのはわかっていたのだが、それ以上の力の増幅。
「お、おい、あいつのあの目!」
「ええ。恐らく間違いありませんわね」
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