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神の名を冠する国

第六百三十三話 クリスの苦悩

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「結論から先に言わせて頂きます」

ヨハンがゆっくりと口を開いた。

「僕が知る限りでは、現在この国には魔族がいます」

その言葉を聞いた地下に集っているそれぞれは一様に疑問符を浮かべて顔を見合わせる。

「魔族って?」
「あんた知ってる?」
「いんや」

およそ聞き覚えのない言葉。その中でハーフエルフの女性とアマンダは難しい顔をしていた。

「姐御、知ってるんすか? それにリィンも」

思い出すような表情を見せるアマンダは小さく頷く。

「ああ。以前テト様からその類いの話を聞いたことがある」
「私もです。それにエルフは長命ですから、ハーフエルフとはいえそれでも人間よりは長く生きられる分だけ記憶は継承されていきますし」

同調するハーフエルフのリィン。

「ふぅん。で、魔族ってなんなのさ」

抱いた疑問そのままに獣人の男性が問い掛けて来た。

「それは……――」

この質問が来ることは想定していたのだが、果たして正直に答えて良いものかどうなのか。

「奴らは人間と敵対関係にある」
「テト様?」
「敵対関係?」
「以前お主等にも話したことあるはずじゃがの?」
「マジすか?」
「興味のないことだろうから覚えておらんのだろう。それとも寝ておったのか?」
「そ、そんなわけないっすよ!」
「ならば良い。無駄話をする時間も惜しいのだ」

僅かに抱いたヨハンの逡巡を的確に見抜いたテト。微かな目配せをされる。

(すいません)

テトが知り得た情報をその場に居る全員に話して聞かせている中、ヨハンは僅かに回想していた。

『イリーナさんが……』
『ああ。こうなっては片っ端から手を付けないといけないのだが、別の問題も浮上しておる』

偶然街の中で会ってここまで一緒に来ていた。その道中で街の騒動の発端となった出来事である風の聖女イリーナ・デル・デオドールの処遇を聞かされている。

『あの、少しだけ聞いてもらえますか?』

そうなると未だに神殿内で拘束されているエレナやモニカがどうなっているのか。不安が胸中を駆け巡った。結果、ある程度の自分達の事情をテトやクリスティーナに話して聞かせることにする。

『――……なるほどのぉ。魔王の器、か』
『申し訳ありません隠していて』
『いやなに、それだけの事情、むしろ表立って話さん方が良い。お主等の判断は間違ってはおらんかったさ。わたしのところにかつての話を聞きに来たのもそれが原因か。それに、魔族が実在していて、今回の騒動に絡んでおるのであれば幾分か得心がいく』

思案に耽るテト。

『間違いがあったとすれば、慎重さが足りんかったことだろうな』
『……はい』
『そんなことありませんテト様』
『ん?』
『元々は私たちがお願いしたからではありませんか』
『だがこ奴らはそれに便乗してきた』
『ええ。ですがおかげで問題の解決の糸口が見えたのは確かです。それに……――』

にこりと微笑むクリスティーナ。

『――……かつての連合軍。本来手を取り合うべき関係である私たちが、ヨハンさんのおかげでこうして再び手を取り合うことができるのですから』

グッと手を握られる。
現在の様な歪な関係ではなく、対等な関係として。

『ありがとうございます。レオニル様をまたここへ連れて来て頂いて』

目尻に涙を溜め込むクリスティーナはすぐさま袖で拭う。
ニーナを連れて翼竜厩舎に向かった先代風の聖女レオニル・キングスリー。レオニルの来都を聞かせた時のクリスティーナは驚きに目を見開いていた。

『嬉しかったんですね』

詳しい経緯は聞けていないのだが、クリスティーナのこの様子を見る限り相当に思うところがあるのだと。

『申し訳ありません。まだ何も解決していないというのに』
『……クリス』
『イリーナがあんなに悔しい思いをさせられることになった時、私は何もできなかったのです。聖女といっても、私にはあの場では何の権限も持ち合わせていませんでした』

聖女は等しく同列とはいえ、一番年若いのがクリスティーナだということは間違いない。よっぽど言葉巧みに話すことができなければならなかったのだが相手の方が上手。もどかしさが込み上げて来ているところに街の騒動。イリーナの顔も見に行けていない。
それでもクリスティーナはヨハンに笑顔を向ける。

『でも、ヨハン様のおかげで活路が見出せました』

はっきりとした力強さを宿す瞳。

『そんなことないよ。僕たちが持ち込んだみたいなものですし』
『それは違います』
『え?』
『これは私たち人間、人という種……いえ、人もエルフも獣人も、その全てが抱える問題です。それは千年前から変わりません。つまり、神はこれを試練として、あなた達だけでなく、私たちも含めた全員が乗り越えるべき課題だとして設けたものなのでしょう』

手を組み合わせて天を仰ぐクリスティーナを見るカレンは小さく息を吐いた。

『(なんて都合の良い解釈をする子なの?)』

パルスタット教の教えがどうなっているのか若干の興味が湧くのだが、質問すればこの手の人間は恐らく止まることなく神の素晴らしさを語り続けることが予測できる。

『そう思いませんか?』
『神様って――もがっ』
『そうね。それってとても素敵なことだと思うわ』

ヨハンの口を押さえ、カレン自身も喉元まで出かかっていた言葉をグッと飲み込んで笑顔を向けた。

『はい。ですので、皆さんの状況を確認する為に私も最善を尽くさせてもらいます』
『ぷはっ。う、うん。ありがとうクリス。クリスがいたおかげで僕たちも助かったよ』

そうしてパルストーンを鎮静化させるための算段が話し合われていく。

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