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神の名を冠する国

第六百三十二話 酒場の地下

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「それで、いつまで待てばいいのよ」
「もう少しお待ちください。テト様がもう間もなくいらっしゃいます」

パルストーンの酒場の地下。表向きは大衆酒場なのだが、地下に集まっているのはミモザにアリエルであり、他には十数人の人達。

「この人たち」
「ああ。一般人を装っているがかなりの実力者達だな」

酒場のマスター、女主人を中心にして従業員に至るまでそう評する。隠してはいるが、実力者独特の雰囲気が感じられた。

(この人たち、何者?)
(アレはかなりやべぇ)

従業員の二人、魔力感知に秀でたハーフエルフの女性と野生の感性に秀でた獣人の男性、その二人にしても同じ。ミモザとアリエルの纏う雰囲気の異様さを感じ取っている。

「お待たせしました皆さま」

地上に向かう扉が開き、ゆっくりと階段を下りてくるのは水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン。後ろには先代水の聖女テト。

(あれ? ヨハンくんじゃない)

ミモザとアリエル。思わず無言で目線を交差させた。テトに続けて階段を下りてきているのはヨハンとカレンにサナとサイバルだった。

「お待ちしておりましたテト様。クリス様」
「「「お疲れ様ですっ!」」」

女主人はヨハン達に若干疑問視を向けるのだがすぐに居直りすぐに大きく発声して頭を垂れる、他の従業員も一糸乱れぬ様で一様に頭を下げる。

「これこれ、それではまるで堅気の人間ではないようではないか」
「ははは。どの口が堅気なんて言ってんすか」

手をひらひらとさせる獣人の男性。

「いくら現役を退いたとはいえ、ここにいるヤツぁみんなテト様にいびられて育ったんすか――うぼらっ!」

テトの杖から迸る水流を受け、ドゴンと凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。

「ええぇー…………」

突然の行いに思わず目をパチパチとさせるミモザ。だが、いきなり放たれた苛烈な一撃に対して驚くなという方が無理というもの。

「この口がそう言うておるのだ。大人しく首を縦に振れ」
「ぅ……うぐぅ」
「それにほれ。お主の希望通り、当時と同じようにしてやったぞぃ。欲しがりよのぉ」
「だ、だれも、たのんでない、っすよ」
「なぬ? そうじゃったか?」
「……あはは。相変わらず容赦がないですね」

苦笑いするクリスティーナ。周りの人達は誰一人として獣人の心配をすることなく笑っている。

「さて。ゴートを含めてみな息災のようでなによりだ」
「ええ。テト様もお元気そうでなによりです」
「うむ。それでだ。早速だが、今の事態は皆把握しておるな?」

鋭い口調と周囲に向けられる視線。テトが話すのと同時にそれぞれが表情を引き締めた。

「ったりめぇじゃないっすか」

壁に吹き飛んだ獣人、ゴードも立ち上がるなり口を開くと真剣な、他と同じ表情をしている。

「ならば良い。これはわたしが知る中でも未曽有の事態だ。早急の解決を要する」
「「「「…………」」」」

地上の喧騒。首都パルストーンは獣人を排除しようと殺気立っていた。しかし獣人側もただただ殺戮されるのに応じるはずがなく、いくらかの抵抗を見せている。
その結果、混乱を収めるために土と火の聖女部隊に加えて多くの神兵も街に出ており、獣人への味方をする者などいない。本来は中立であるべきところがどう見ても反獣人派。

「これだけの事態だ。被害はもう軽微では済まないだろう。だがこのまま放ってもおけん」
「……申し訳ありません。私の力不足で」
「あんたのせいじゃないさクリス」

クリスティーナの頭上にポンっと手の平を乗せる女主人。

「アマンダさん」
「アタイらみたいな奴を気に入らないって奴はごまんといるんだ。どうせイリーナの一件で燻ってた感情に火が点いたといったところだろう」

酒場の女主人アマンダ。獣人の血を色濃く受け継いでいた。
アマンダが受けて来た人間からの嫌悪はクリスティーナも知っている。だからこそそれらの感情には思い当たることがあった。

「ええ。それを利用された節はあります」
「利用?」
「はい。今回の一件、どうにもそれだけではなさそうなのです」
「どういうこったい?」

アマンダはテトとクリスティーナを交互に見やる。

「詳しい話はこの者に話してもらおう」
「ヨハン様。お願いします」
「はい」

テトとクリスティーナが一歩左右に分かれ、その間に歩を進めるのはヨハン。
誰も彼もが当代と先代の水の聖女の間に顔を見せた少年に覚えがない。

「皆さんに紹介します。彼はシグラム王国から来訪されている冒険者の方です」

そう言われても全く以てピンとこない。そもそも、この未曽有の事態に少年が一体何の役に立つのだろうか甚だ疑問に思っていた。しかし、次に発せられる言葉に思わず耳を疑う。

「彼はこの歳でS級になっています」

突然の話にそれぞれ驚きに目を見開き、まるで信じられないといった眼差しをヨハンへと向けた。

(いきなり何の冗談よ?)
(テト様ならまだしも、クリス様が嘘を吐くはずがねぇ)
(つーか、クリスちゃん、可愛くなったなぁ)
(あっちの二人以上の魔力を内包しているわね)

数瞬訪れる困惑。しかしそれもほんの数瞬。否定する方が無理がある。今この場で水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンが嘘をつく理由などありはしない。
そうなればにわかには信じられなくとも、受け入れる方が話は早い。実際、目の前には最年少で聖女になった少女がいるのだから、年若くとも実力者はいくらでもいる。

「その坊ちゃんがどうしたんだい?」
「実は、私から極秘裏に依頼をださせて頂きました。この国に起きている事態の調査を」
「……ふぅん」

値踏みする様にしてヨハンを見るアマンダ。
水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン――天才少女であるその最年少聖女が依頼を出したのだと。それも他国の冒険者に。極秘裏に。テトの様子を見る限り、テトも知っていた様子。
一体この国に何が起きているのか、それぞれが神妙な面持ちでヨハンに注視する。

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