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神の名を冠する国

第六百二十八話 待ち受け

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「はっ!」

深い森の中を駆ける幾つもの蹄の音。

「凄いわねこの馬」
「そうですね。あの人たちも馬王族というだけはありますよ」

カレンを背に乗せながら跨っている馬は、馬王族によって飼育され、今回の侵攻の為に七族会へ提供された馬。足場の悪い森の中であっても速度を緩める必要がない。それほどの安定感。

「地蜥蜴程ではありませんが、平地ですともう少し速度を上げられますよ」
「へぇ」

同じようにして並走するレオニルはニーナを背に乗せている。

「それにしても凄い数だねぇ」

駆ける馬の数自体もそもそも三百程いるのだが、それ以外にも森の中を自身の身体を駆使して駆ける武装した獣人達の群れ。装備を身に付けながら軽快に森を駆ける獣人としての動き、その身体能力の高さをまざまざと感じさせた。その数はここにいる以外も合わせれば千にも上る。

「パルストーンにいる者モ含めればまだまだダ」

レオニル達とは反対側。黒狼族の戦士長ガッツ。
七族会を中心とした部族を始め、それぞれの種族の猛者を総動員していた。謂わば総力戦。

「そのことなんですが、隷属の首輪を付けている人達はどうなるんですか?」

心苦しく感じるパルストーンへの急襲。現地では自分達の行動に賛同する者による加勢、つまりは戦力増強も見込まれている。ただ、気になるのは隷属の首輪を付けている者達。主人の命令に反する行動を行うことはできない。下手をすれば主人を守る為に敵対意思を示す者もいる可能性があった。

「そこは彼らの意思を尊重します」
「……そうですか」

人間と共に過ごすことを選択した者の意思。出来得る限りは望まぬ隷属を強いられている者を救うつもりではあるのだが、それだけの余裕はないだろうという見解。前提として、隷属の首輪を外すための条件も厳しい。一番手っ取り早いのは契約者である主人を殺すことなのだが、一つひとつ回っていくわけにもいかない。そのため優先度は侵攻する中でも三つも四つも下。

(できれば避けたいんだけど)

そうなれば人間と獣人との抗争どころか同族での殺し合いに発展してしまう。回避するに越したことはない。

「ヨハン。わたし達もそんな余裕があるとは思えないわ」
「ええ。この件に関してはあなた方が責任を感じる必要はありません。これはこの国の問題ですのであなた方は巻き込まれたと思って頂ければ」
「……わかりました」

カレンとレオニルの言葉も理解できるのだが、もう十分な関係を持っている。
しかしどうしても譲れない事情がヨハン達にはあった。どうにもこの事態が発生したことが無関係と思えない。

(モニカ……無事でいて)

これが自分達がこの国に来たことによって巻き起こった事態であるのならば責任を感じるなという方が無理というもの。





――数時間後。
もう間もなくパルストーンへと到着しようという頃、獣人達の集団は岩肌が剥き出しの谷の間を進んでいた。

「ムっ?」

先頭を走るヨハン達の前方に二人の人影が見える。隠れるわけでもなく、道の真ん中に堂々と立っている。

「如何しますカ?」
「構うなッ! 進めぇッ! もし邪魔をするようであれば遠慮などするなッ!」

戦士長ガッツのけたたましい号令が響いた。

「お兄ちゃん、あれ」
「うん。わかってる」

威勢よく気勢を発する獣人部隊の前にヨハンは急いで駆け出し、道を塞ぐ。

「どうして邪魔をする!?」
「すいません! 止まってください!」
「どうかしましたか?」

ヨハンの声に疑問を浮かべながら前に出るレオニル。遠見ができるニーナでなくともヨハンにはその人影が誰なのかということはすぐにわかっていた。

「あれは僕たちの仲間です!」
「仲間、ですか?」
「はい。少しだけ僕たちに時間をください」

僅かに思案するレオニルなのだが、小さく頷く。

「わかりました」

すぐさまレオニルは見上げるようにして空を見上げた。そのまま大きく顎を開く。

「オオオオオオオオオォォォォォンッ!」

獣人達の群れの中に響く叫び。それは獅子の咆哮。

「すごっ……」

ニーナが呆気に取られる中、レオニルの咆哮を受ける獣人達はすぐに進行を止める。

「これは一時停止の合図?」
「何か起きたか?」

足を止め疑問符を浮かべる獣人達。

「ドウシタ?」

後方から前に出る馬王族の戦士長ブライアン。

「すいません。僕たちの仲間がいました」

ブライアンに一言伝えて馬から降りるなり、前方にいた二人の内の一人、黒髪の少女がヨハンの胸の中に飛び込んで来る。

「ヨハンくんっ!」
「どうしたのサナ? こんなところで」

頭を撫でながら声を掛けると、涙目で見上げられる。

「よ、ヨハンくぅん……」
「その様子だと、何かあったみたいね」
「お前達の帰りを待っていたのだが、この騒ぎはなんだ?」
「サイバル。話したいことがあるんだけど、それよりみんなは無事?」
「わからない」

神妙な面持ちのサイバル。チラリと後方、パルストーンのある方角を見た。

「わからないって?」
「神殿に出向いたきり、アイツらは帰って来ていない。それと、街の中でいくつか獣人達による暴動が起きた。理性を失っている様子だったのだが詳細は定かではない」
「理性を失っている?」
「ああ。まるで野生の獣――魔物だと言う者もいるのだが、それに伴って獣人を排除しろという気運が高まっている。現在首都パルストーンは混乱の最中にある」
「今の話はどういうことですか!?」

サイバルとのやりとりを聞いていた中で、大きく声を発するレオニル。

「誰だ?」
「あっ、ごめん、この人は」
「申し遅れました。先代風の聖女を務めましたレオニル・キングスリーと申します」
「……そうか」
「それで、先程の話ですが。詳しく聞かせて頂けますか?」

困惑した瞳を浮かべながらサイバルに問い掛けるレオニル。

「それは構わないが」

疑問を浮かべながらサイバルが見る後方の獣人達の集団。武装していることからして穏やかな気配は微塵も感じさせない。

「そうね。どうやら事態は大きく動き出してるみたいだし、今は少しでも情報を集めないといけないわ。それにここまで来たから、体を休めることも必要よ」
「そうですね。カレン様の言う通りです。ガッツ、ブライアン」
「「はっ!」」

幸い辺りは人目に付きにくい谷の中。休むには丁度良い。

「レオニル様はああ言ったが、本当に良いのか?」
「ああ。どういうことかわからぬが、混乱しているならそれに乗じることができるかもしれぬ。それに、情報を仕入れてから作戦を立てる必要もあろう」

後方に指示を出しに行くガッツとブライアン。
七族会連合軍の幹部もここで一時群を停止させて休息を取ることを優先する。

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