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神の名を冠する国

第六百二十四話 決意の契約

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「まず一つは、さっきも言った通り、わたし達の仲間を助け出すためにここを出ることを許可して欲しいの。勿論わたし達があなた達に不利益な行いをしないよう見張りを付けておいて構わないわ」

チラリとレオニル・キングスリーへと視線を向けた。

「そこの彼女、レオニルさんとか」
「……私?」
「不安なようならあと数人ぐらいなら目立たないでしょうし構わないわよ?」

突然の指名に困惑するレオニル。

「…………あとの二つは何だ?」

僅かに思案気な表情を見せるバンス・キングスリー。

「返事は最後でいいわ」
「お主らに決定権はない。決めるのは我だ」
「ええもちろん。それでもう一つは……――」

再び手を重ねてもう一つ指を折る。

「――……もちろんその際の不測の事態が生じることは念頭に置いておきたいの。その時の為に事前にあなた達へ協力を申し出たいのと、同時に必要であればわたし達もあなた達への協力は惜しまないわ。今回ニーナがあなた達に手を貸したように、ね」
「それは、つまり共同戦線を張る、ということで良いのか?」
「ええ。条件付きの、ということだけど」
「……わかった。だが、いくら口で上手く言おうともお主らが先の言葉通りに動くとはこの場で証明できまい。信じられんな。それにそれ以上に、レオニルも含めて同胞を危険に曝すことなどできん」
「そこで最後のお願いよ」

三つ目の指を折るカレンはそのまま胸元の翡翠の精霊石に手を送った。

「これから、わたしと契約を交わして欲しいの。先程の条件を受け入れてもらえるのであれば、だけどね」

中空に浮かび上がる魔法陣。それは隷属の首輪に用いられる契約魔法と同じもの。違法な行為が行われないよう制約を設け、不履行の際には罰則を設けられるのだと。

「……にわかには信じられんな」
「もちろん簡単に信じてもらおうと思っていないわ。だけど、この契約を違えるようなことはしないと誓うわ。その証拠に――」

大きく光り輝く精霊石。それと同時にカレンの前には魔文字で描かれる誓約文。

「なっ!?」

その文字を目にして目を見開くバンス・キングスリー。

「お主、そこまでして」
「ええ。あなたを説き伏せるにはそれだけの覚悟が必要だもの」

儚げな笑みを浮かべるカレン。

「……カレンさん」

その文字を見てヨハンもカレンの覚悟を受け取った。

「それ程までにその仲間が大事なのか」

深刻な表情を見せる獅子王族の族長。後ろで見ている他の族長も驚愕している。

「ねぇお兄ちゃん、あそこになんて書いてあるの?」

魔文字が読めないニーナの問いかけ。

「簡単に言うとね」
「うん」
「……約束を、約束を守れなかったら死ぬって書いてあるんだ」
「へぇ。死ぬんだぁ…………って、はいぃっ!?」

顔だけ振り返りながらニーナに答えると、ニーナは驚愕に目を見開いた。

「そんなこと簡単にさせられるわけないじゃん!」
「そうだね。簡単じゃないよ。でも、カレンさんはそれだけの覚悟を示してくれたんだよ」
「お兄ちゃん?」

そう言うと、前に歩きだすヨハン。

「さぁ。これならどうかしら? あなた達にとっても悪い話ではないと思うわ。なんせ彼らとは違って人間の内通者が出来るということだもの」

手の平を上に向けながら片眼を瞑り指差すのはペガサスたちへ。
獣人がシン達に危害を加えようとしないのは静観の姿勢を貫いているペガサスを知っているから。

「さて。これがわたしからのお願いです。どうされますか?」

そっと手を差し出すカレン。その手を握って魔文字に署名をすれば契約は完了する。

「カレンさん一人に背負わせませんよ」
「え? よ、ヨハン?」

後ろから伸びて来たヨハンの手がカレンの手と重なった。

「僕も同じ条件で契約を交わします。あなた達獣人を守りたいですし、それだけじゃなく、多くの人達を守りたいんです。そのためにやれるだけのことはします」

何が正義で何が悪なのか。正直なところ、答えは見つかっていない。

『ヨハンくんはヨハンくんの信じる道を行けばいいのよ』

後ろを押してもらったミモザの言葉。
何が正義を探すのではない。何が悪なのかを探すのでもない。何を信じてどこに向かって進んでいくのかということ。つまり信念。

(僕が信じるもの)

誰かに託されたわけでもない。自分から問題に首を突っ込んでいるのかもしれない。しかしそれでもこれが正しく大事なことなのだと。そしてそれがモニカを救い出すことに繋がるのではないかと、どこか不思議な直感を抱く。

「ありがとヨハン」
「ううん。カレンさんこそありがとうございます」
「そんなこと、ないわ。わたしにできることなんてこれぐらいだもの」
「……カレンさん」

ジッと見つめ合う二人の間にぬッと入り込んできたニーナの頭。

「「に、ニーナ?」」
「なーにを二人だけでカッコつけてるのよ。そんなのあたしもするに決まってんじゃん」

重ねられる三つ目の手の平。

「にひっ」

笑顔をヨハンとカレンに向ける。

「ありがとニーナ」
「えへへぇ」
「まったく。一番考えなしなのはあなたじゃないのかしら?」
「そんなことないよ! あたしだってちゃんと考えたんだからねっ!」
「ほんとにそうかしら?」
「ちょ、ちょっと二人とも」

緊迫した状況下においても変わらないやりとりを繰り広げる二人を止めようとしたところ、伸ばしていた手の平に重みを感じる。

「わかりました。私がその契約に応えましょう」

ヨハン達と手を重ねながらニコリと微笑んでいるレオニル・キングスリー先代風の聖女。

「れ、レオニル?」
「お父様。彼らはこれだけの決意を示してくれました。ここに嘘はないと私が断言します。それに、彼らの存在がこの問題の解決への大きな力となってくれる可能性があります」

真剣な眼差しを父へと向けるレオニル。

「……わかった。お前を信じよう」
「ありがとうございます。お父さん」

スッと左腕を伸ばすレオニルは魔文字へと手を伸ばした。同意を示す署名は頭の中で念じることで書き込まれる。
直後、契約の成立を示すように大きく迸る光。仄暗い周囲を瞬間だけ照らした。

「さて。これで契約は完了したわ」
「なんにも変わらないんだねぇ」

光が収まるなり手を離しては両手をひらひらとさせて変化を探すニーナ。

「ほんとに契約できてんの?」
「間違いありません」

前に出て口を開くのは兎人族の族長である女性、ラヴィ・シンセ。

「ワタシが証人として見届けました。彼女たちの中には今契約が刻まれています」
「お主が言うのであれば真なのだろうな」

誰も異を唱えない。魔法――魔術とも呼ばれる技法に七族会で一番長けているのが兎人族。その族長であるラヴィ・シンセが言う以上間違いはないのだと。

「今回の一件が解決、又は収拾すれば契約は遂行されたものとみなされます。それまでは互いの命を天秤に乗せた状態、とでも言えばわかり易いですかね」
「皆の者ッ! 聞いての通りだ! 敵対意思を示せば命を落とす契約により、彼らは正式に我等の味方となった! これより後は不要な干渉をする必要などないッ!」

全体への周知。そしてそれはもう一つある。

「同時に! 彼らは人間であるが、運命を共にする謂わば家族だッ! こちらからの尽力を惜しむでないぞ!」
「「「…………」」」

言い終えると同時に流れる僅かの静寂。少しの時間を要して獣人達が一斉に口を開いた。

「オオッ!」
「新たなる同志の誕生だッ!」
「共に我らに害成すヤロウを打ち倒そうぜっ!」

思い思いの言葉を口にしていく。

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