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神の名を冠する国
第六百十二 話 獣の仮面
しおりを挟む「乱入者のようだな」
「…………」
目線を周囲へ向けるガウ。ヨハンも同様の気配を感じ取っている。
(獣人の仲間か?)
周囲を具に観察すると、ヨハンが感じ取る気配は四つ。そのうち二つは高速で木々の枝の上を飛び回っていた。だが問題は人数などではない。
(かなりの強さだ)
位置を特定されないように動き回っていることそのものにしてもそうなのだが、向けられる威圧感、醸し出す雰囲気は圧倒的な強者の気配。敵か味方か――そもそもこの状況に於いて味方である可能性がどれほどあるだろうか。
(でも……)
しかし同時にどこか不思議な感覚を得る。どうしてこのような感覚を得るのか疑問を抱く。
「なになに!?」
きょろきょろと顔を振り困惑するサナ。
「落ち着きなさいサナ。私から離れないでね」
「う、うん」
即時対応できる様、モニカとサナは互いに背中を合わせていた。
「マリンさん。今は武器がないからこっちへ」
「ええ」
エレナの得物、魔剣シルザリはマリンの姿の時は持ち歩けない。今は護身用の長剣のみ。それであっても武器全般を一定水準以上に扱えるエレナは使い慣れない武器でもまるで得意な得物のように振るえる。それであっても十分ではない可能性が高い。襲撃に備え安全の為にカレンと共に並ぶ。
「っ!」
警戒心を十分に高めているその最中、ヨハンは飛び回る二つの影の内の一つから一際鋭い気配を感じ取った。眼前へと迫る一筋の閃光。
「――……ぐっ!」
即座に反射的に反応し、閃光を剣の腹で逸らす。
一筋に伸びる鋭い一撃は、ヨハンの剣によって弾かれ、近くの巨木に穴を穿った。貫通するそれはさらに後方に立つ他の木も穿つ。
「今のは……――」
殺傷力の高い威力とは別に、その鋭さに覚えがあった。剣閃の亜種だということなのだが、しかし、覚えがあるその攻撃を放ったのだが誰なのかと確認する余裕はない。現状それどころではない。
チラと周囲に視線を向けると、先程の一撃を皮切りに一気に守勢に回らされていた。魔法障壁を展開しているカレンを始めとして、その場に降り注ぐいくつもの魔力弾。風の部隊も火の部隊も魔力弾を受けて倒れている者がいる。圧倒的な手数。
「何が起きている!?」
「落ち着くさね!」
突然の攻撃が混乱を生み出し、イリーナもバニシュもすぐには統率が取れないでいた。
(しまった!)
直後、悪寒が走る。魔力弾と高速で動き回っている気配に気を引き付けられてしまっていた。
「みんな! 上だっ! 気を付けてっ!」
ヨハンは頭上から得る気配に対して大きく声を放つ。
敷き詰められた木々に遮られたことで薄っすらとしか目視できない空はいつの間にか暗雲が立ち込めていた。耳に入るのはゴロゴロとしたいくつもの雷鳴。
(これはまさか……――)
脳裏をよぎる可能性。目まぐるしく思考を巡らせる中、パリッと小さく鳴ったかと思えば次には轟音。鋭い破裂音を伴いながら、落雷がけたたましい音を鳴らして近くにある一番大きな巨木へと落ちる。
「きゃっ!」
突然響き渡る炸裂音に思わず耳を塞いでしゃがみ込むサナ。
他にも不意の出来事によって驚き困惑する者がその場には大勢いた。
「何をしている!? 油断するなっ!」
状況は更に動きを見せる。
ユリウスの大きな声と重なるように、周囲の気を引くように飛び回っていた二つの影が真っ直ぐに飛び込んできていた。
「やる気ねっ!」
接近戦への即時対応。
既に臨戦態勢のモニカは迎撃しようと剣を握っている。
「モニカっ!」
「えっ!?」
しかしモニカは剣を振り切らなかった。
ヨハンの声に反応したモニカは、視界に捉えたヨハンが首を僅かに横に振ったのを見たことで剣を止めている。これだけの被害を生み出した襲撃者に対して剣を振り切ることに本来迷う必要などなかったのだが、一瞬の判断。
声をかけて来たヨハンの見せたその表情がモニカに剣を止めさせていた。
(――……やっぱり)
飛び込んできた人物をはっきりとその目で見る。獣の面をしていたので誰なのか正確にはわからなかったのだが、誰がその場に現れたのかということを。
(アレは僕に知らせるために放ったんだ)
突き刺すような鋭さを持つ剣閃の亜種。あれだけの精度と鋭さを生み出せるなど相当な技量の持ち主。それだけに限らず、魔力弾の圧倒的な手数や落雷。巧みな連携に攻撃の多様さはヨハンの知る獣人のそれと比べるには明らかに違和感があった。
飛び込んできた二人は獣の面をしていたことで獣人だということを否定はできないのだが、ヨハンには恐らくという程度でその可能性を否定できる。
証拠に、あれだけの混乱を生み出したのであれば一気にこちらの数を減らせたはずなのにそうはなっていない。これ以上の不測の事態を避けるためだったのかもしれないのだが、それでもあの状況に於いてどちらが劣勢だったのかはヨハン達だけでなくイリーナやバニシュ達も含めて即座に理解していた。大勢を手負いの状況にまで持って行けたはず。認めざるを得ない、それだけの実力者による襲撃。
(目的は、あの赤狼族の人達の救出、か)
しかしそういった被害は生み出さず、最低限の被害で済んでいる。
そうして獣の面を着けた人物は、赤狼族の戦士を二人ずつ抱いて即座に離脱――退避していた。凄まじい勢いでその場を離れている。
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