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神の名を冠する国
第六百六 話 閑話 アイシャの過ごし方④
しおりを挟む「あのですね……――」
「は、はい」
一体何を言われるのかと息をのみ思わず身構える。
「――……今後も作りに来てくれませんか?」
「…………え?」
ギュッと手の平を力いっぱい握られた。
「そ、それはどういう」
「言葉のままですが?」
「つまり、料理人として、と?」
「いえ、違いますわよ?」
「え?」
「え?」
まるで会話が噛み合っていない。共にきょとんと眼を丸くさせる。
「あの、ネネさん?」
アイシャがネネに問いかけようとしたのだが、それよりも早くセリスがネネに声を掛けていた。
当のネネは隣に立つ使用人と一緒になってクスクスと笑っている。
「申し訳ありませんセリス様、アイシャ様。少し、言葉足らずだったようですね」
スッと二人の前に来るネネ。
「セリス様、実はアイシャ様は友達が作りたかったわけではなかったのです」
「え?」
「ともだち?」
「じゃあ、どうして?」
チラとセリスが見るアイシャは困惑した表情。
「少し人見知りをしているようでしたから、塞ぎ込んでいる、というのは確かに事実ではありますが、正確なところでは事実ではありません」
「どういうことかしら?」
首を傾げるセリスなのだが、アイシャにも理解できない。塞ぎ込んでいるつもりは全くなかった。ただ、ネネやイルマニにはよくしてもらっているが、確かにネネの言うように、見ず知らずの場所に置いて行かれたことでよそよそしくはなっていたかもしれない。
「ネネさん?」
疑問を持って声を掛けると、ネネは小さく笑う。
「申し訳ありませんアイシャ様。セリス様には先程の通り、ヨハン様の大切なお客様が、ヨハン様がいなくなったことで得意な料理を振るえなくなって、寂しい思いをしていると。それで、料理を振る舞える友達でもいれば助かるので、良かったら友達になってもらえませんか、とご提案させて頂きました」
「はぁ……?」
「そう伝えましたら、あとのことはセリス様が任せて欲しい、と言われましたのでお任せすることになりましたが、まさかセリス様があれだけ煽られるとは思いませんでした」
「聞いていたんですか?」
「ええ」
厨房の外で二人のやり取りを聞いていたのだと。
「そぅ、なんだ」
「ですので、先程セリス様が申されたのは」
「はい。アイシャさんのお友達になれれば、と思いましたの」
ニコッと微笑むセリス。
「……なぁんだ。私はてっきりと専属の料理人になれとでも言われるのかと」
「そんなことありませんわよ。確かに料理人としての腕は絶品でしたが、それだとお友達になれませんわ」
「そう、よね」
「それで、お友達としてアイシャさんの料理を振る舞える相手になれれば、と思いましたのですが、ご迷惑でしたか?」
「あっ……えっと…………」
「あと、塞ぎ込んでいるとお聞きしましたので、少しでも発奮するようにと思いまして失礼なことを申し上げましたが、決して本意ではありませんの。申し訳ありません。それにやはりわたくしには気を遣う人が大勢います。ですので、できれば本音で話をしたかったというのもありますので。友達とは対等なものですもの」
「いえ……」
謝罪するセリスの様子を見て、料理をする前に抱いていた印象とは大きく異なる。
「しかし、料理をしたのが最初の意図とは違うのでしたら、今回の件はなかったことになりますわね」
「いえ!」
残念そうにするセリスを見て、すぐに声を発すアイシャ。
「こちらこそ、私の都合でご迷惑をおかけしました。正直なところ、セリス様に私の料理を美味しいって言わせたくて今回は料理を作りましたが、それでもやっぱり根本の部分は違っていました」
「違っていた、とは?」
「先程のセリス様に私の料理を食べて頂いて、美味しいと言って頂いたことは素直に嬉しく思います。ですがそれ以前に、思い返してみれば、セリス様にどうすれば美味しいと言って頂けるのか、それのみを考えて料理をしていること自体が楽しかったのです。ですので、もしよろしければ今後もこちらへお邪魔させて頂いて料理を作らせて頂いてもよろしいでしょうか? あの、その、友達として明日でも構いませんので」
もじもじとして最後の言葉を口にすると、アイシャは伏し目がちになった。
「ダメですわ」
「え?」
思わぬ反応を受けたことで、気持ちが落ち込む。セリスの反応にネネも思わず目を丸くさせた。
「明日は、わたくしがそちらへお邪魔しに行きますので、あなたは温かい料理を作って待っていて下さいませ」
「え?」
「お友達、ということはそういうことではありませんの? 互いの家を行き来するものですから、もちろんこちらからも足を運びますわよ」
ガシッと笑顔で手の平を固く握られる。
「は、はいっ! ではよろしくお願いしますセリス様!」
「セリス、ですわよアイシャ。それに、敬語も不要ですわ。これからよろしく」
「う、うん、よろしくねセリス」
その様子をネネも含めた使用人一同は温かく見守っていた。
「上手くいったようじゃないネネ」
ネネの横に立って小さく声を掛ける使用人。共に王宮で見習いから一緒だった昔馴染みの友人アガタ。
「ええ。でも、本当の楽しみはこれからよ」
「楽しみって?」
「ふふっ。それは秘密よ」
口許に指を一本持っていくネネ。その様子を見て呆れるアガタ。
「……何を考えているのよあなた」
昔馴染みだからこそ理解できる。その表情の中に私情が含まれているのだということを。しかし、それであってもネネが優秀な使用人だということはアガタも知るところ。間違いはない。
そうしていくつかの掛け違いがあった中、アイシャとセリスは友人となった。
◆
「――……これ、本当に着なければいけないんですか?」
翌日、恥ずかし気に自身の衣装を鏡で見るのはアイシャ。ひらひらとした衣装はまるで貴族が着る衣装の様。そのアイシャの後ろから笑みを絶やさないのはネネ。ポンとアイシャの両肩に手を置く。
「もちろんですわアイシャ様。セリス様がお越しになられるのですから、いくらお友達といえ相手は四大侯爵家でもあるランスレイ家の孫娘になります。最低限の身なりは合わせて頂きませんと」
今後とも互いの家を行き来――つまり、侯爵家に頻繁に出入りすることになるのだから、それ相応の格好が必要になる、と。そう言われてしまえば言い逃れなどできはしなかった。
「うぅっ、恥ずかしいよぉ」
「問題ありませんわ。そのうち慣れますので。それに、セリス様もアイシャさまのそのお姿を見れば必ず可愛らしいと言って下さりますとも」
「ううぅっ」
羞恥で顔を赤らめるアイシャの様子をニマニマと見ているネネ。十分に満足感は満たされていた。
(カレン様が不在で養分が足りていませんでしたが、これはこれで中々)
問題の解決と同時に私欲を埋める。
一人暇そうにしていたアイシャの不満を解消しつつ、自身の欲求不満の解消。
「もうっ! 恥ずかしぃよぉっ!」
こんなことならセリスと友達にならなければ良かったと若干の後悔を抱きながらも、それからアイシャとセリスはヨハン達が帰って来るのを待ちながら仲良く日々を過ごしていった。
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