上 下
607 / 724
神の名を冠する国

第六百六  話 閑話 アイシャの過ごし方④

しおりを挟む

「あのですね……――」
「は、はい」

一体何を言われるのかと息をのみ思わず身構える。

「――……今後も作りに来てくれませんか?」
「…………え?」

ギュッと手の平を力いっぱい握られた。

「そ、それはどういう」
「言葉のままですが?」
「つまり、料理人として、と?」
「いえ、違いますわよ?」
「え?」
「え?」

まるで会話が噛み合っていない。共にきょとんと眼を丸くさせる。

「あの、ネネさん?」

アイシャがネネに問いかけようとしたのだが、それよりも早くセリスがネネに声を掛けていた。
当のネネは隣に立つ使用人と一緒になってクスクスと笑っている。

「申し訳ありませんセリス様、アイシャ様。少し、言葉足らずだったようですね」

スッと二人の前に来るネネ。

「セリス様、実はアイシャ様は友達が作りたかったわけではなかったのです」
「え?」
「ともだち?」
「じゃあ、どうして?」

チラとセリスが見るアイシャは困惑した表情。

「少し人見知りをしているようでしたから、塞ぎ込んでいる、というのは確かに事実ではありますが、正確なところでは事実ではありません」
「どういうことかしら?」

首を傾げるセリスなのだが、アイシャにも理解できない。塞ぎ込んでいるつもりは全くなかった。ただ、ネネやイルマニにはよくしてもらっているが、確かにネネの言うように、見ず知らずの場所に置いて行かれたことでよそよそしくはなっていたかもしれない。

「ネネさん?」

疑問を持って声を掛けると、ネネは小さく笑う。

「申し訳ありませんアイシャ様。セリス様には先程の通り、ヨハン様の大切なお客様が、ヨハン様がいなくなったことで得意な料理を振るえなくなって、寂しい思いをしていると。それで、料理を振る舞える友達でもいれば助かるので、良かったら友達になってもらえませんか、とご提案させて頂きました」
「はぁ……?」
「そう伝えましたら、あとのことはセリス様が任せて欲しい、と言われましたのでお任せすることになりましたが、まさかセリス様があれだけ煽られるとは思いませんでした」
「聞いていたんですか?」
「ええ」

厨房の外で二人のやり取りを聞いていたのだと。

「そぅ、なんだ」
「ですので、先程セリス様が申されたのは」
「はい。アイシャさんのお友達になれれば、と思いましたの」

ニコッと微笑むセリス。

「……なぁんだ。私はてっきりと専属の料理人になれとでも言われるのかと」
「そんなことありませんわよ。確かに料理人としての腕は絶品でしたが、それだとお友達になれませんわ」
「そう、よね」
「それで、お友達としてアイシャさんの料理を振る舞える相手になれれば、と思いましたのですが、ご迷惑でしたか?」
「あっ……えっと…………」
「あと、塞ぎ込んでいるとお聞きしましたので、少しでも発奮するようにと思いまして失礼なことを申し上げましたが、決して本意ではありませんの。申し訳ありません。それにやはりわたくしには気を遣う人が大勢います。ですので、できれば本音で話をしたかったというのもありますので。友達とは対等なものですもの」
「いえ……」

謝罪するセリスの様子を見て、料理をする前に抱いていた印象とは大きく異なる。

「しかし、料理をしたのが最初の意図とは違うのでしたら、今回の件はなかったことになりますわね」
「いえ!」

残念そうにするセリスを見て、すぐに声を発すアイシャ。

「こちらこそ、私の都合でご迷惑をおかけしました。正直なところ、セリス様に私の料理を美味しいって言わせたくて今回は料理を作りましたが、それでもやっぱり根本の部分は違っていました」
「違っていた、とは?」
「先程のセリス様に私の料理を食べて頂いて、美味しいと言って頂いたことは素直に嬉しく思います。ですがそれ以前に、思い返してみれば、セリス様にどうすれば美味しいと言って頂けるのか、それのみを考えて料理をしていること自体が楽しかったのです。ですので、もしよろしければ今後もこちらへお邪魔させて頂いて料理を作らせて頂いてもよろしいでしょうか? あの、その、友達として明日でも構いませんので」

もじもじとして最後の言葉を口にすると、アイシャは伏し目がちになった。

「ダメですわ」
「え?」

思わぬ反応を受けたことで、気持ちが落ち込む。セリスの反応にネネも思わず目を丸くさせた。

「明日は、わたくしがそちらへお邪魔しに行きますので、あなたは温かい料理を作って待っていて下さいませ」
「え?」
「お友達、ということはそういうことではありませんの? 互いの家を行き来するものですから、もちろんこちらからも足を運びますわよ」

ガシッと笑顔で手の平を固く握られる。

「は、はいっ! ではよろしくお願いしますセリス様!」
「セリス、ですわよアイシャ。それに、敬語も不要ですわ。これからよろしく」
「う、うん、よろしくねセリス」

その様子をネネも含めた使用人一同は温かく見守っていた。

「上手くいったようじゃないネネ」

ネネの横に立って小さく声を掛ける使用人。共に王宮で見習いから一緒だった昔馴染みの友人アガタ。

「ええ。でも、本当の楽しみはこれからよ」
「楽しみって?」
「ふふっ。それは秘密よ」

口許に指を一本持っていくネネ。その様子を見て呆れるアガタ。

「……何を考えているのよあなた」

昔馴染みだからこそ理解できる。その表情の中に私情が含まれているのだということを。しかし、それであってもネネが優秀な使用人だということはアガタも知るところ。間違いはない。
そうしていくつかの掛け違いがあった中、アイシャとセリスは友人となった。





「――……これ、本当に着なければいけないんですか?」

翌日、恥ずかし気に自身の衣装を鏡で見るのはアイシャ。ひらひらとした衣装はまるで貴族が着る衣装の様。そのアイシャの後ろから笑みを絶やさないのはネネ。ポンとアイシャの両肩に手を置く。

「もちろんですわアイシャ様。セリス様がお越しになられるのですから、いくらお友達といえ相手は四大侯爵家でもあるランスレイ家の孫娘になります。最低限の身なりは合わせて頂きませんと」

今後とも互いの家を行き来――つまり、侯爵家に頻繁に出入りすることになるのだから、それ相応の格好が必要になる、と。そう言われてしまえば言い逃れなどできはしなかった。

「うぅっ、恥ずかしいよぉ」
「問題ありませんわ。そのうち慣れますので。それに、セリス様もアイシャさまのそのお姿を見れば必ず可愛らしいと言って下さりますとも」
「ううぅっ」

羞恥で顔を赤らめるアイシャの様子をニマニマと見ているネネ。十分に満足感は満たされていた。

(カレン様が不在で養分が足りていませんでしたが、これはこれで中々)

問題の解決と同時に私欲を埋める。
一人暇そうにしていたアイシャの不満を解消しつつ、自身の欲求不満の解消。

「もうっ! 恥ずかしぃよぉっ!」

こんなことならセリスと友達にならなければ良かったと若干の後悔を抱きながらも、それからアイシャとセリスはヨハン達が帰って来るのを待ちながら仲良く日々を過ごしていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...