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神の名を冠する国

第五百九十七話 土の聖女

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ミモザとアリエルがヨハンのところへと訪れる数時間前。
神殿内部を歩いているのはエレナの姿をしたマリン。それとレインとナナシー。

「でもぉ。ほんとうに良かったですぅ。王女様直々に訪問されるとは思ってもいませんでしたからぁ」

案内をしているのは土の聖女ベラル・マリア・アストロス。黄土色の長い髪を背に流している。表情は常に笑みを浮かべており、ここまで一切絶やしていない。すぐ後ろに守護聖騎士であるバルバトス・ティグレ。屈強な体躯。騎士というよりも戦士という呼称の方が適していると感じる程。

「どうですかぁ? ここまでのこの国の印象はぁ?」
「そうですわね。まず何より、とても綺麗な国ですわね。それに国民も皆一つの概念を持っていますので一体感が生まれているかと」
「ありがとうございますぅ。そちらのお二人はどうですかぁ?」
「私は他国に行ったことがないので凄く新鮮で、楽しいです」

笑顔で答えるナナシー。

「それは良かったですぅ」
「ただ……――」
「ただぁ?」
「――……隷属の首輪。あれはちょっと私には受け入れられないかなぁ?」

マリンとレイン共にギョッとする。
ナナシーの一言により、ピタと足を止めるベラル・マリア・アストロス。

「互いの文化が違いますのでぇ、確かにそういった印象を抱く方は少なくありませんねぇ。それにぃ、この国ではパルスタット神の教えによって幸せは掴めていますのでぇ」

振り返り、尚も笑顔。声の調子も変わっていないことにマリンとレインは安堵の息を吐いた。

「でも、いくら当人同士が納得しているっていっても、きっと本当の意味での幸せなんてそこにはないと思うの」
「……本当の意味の幸せぇ?」

僅かに首を傾げる土の聖女ベラル。僅かに不快感を露わにするのはベラルではなく守護聖騎士を務めるバルバトス・ティグレ。眉を寄せる。

「お、俺の印象っすけど、なんてったって聖女様って皆さんすっげぇ綺麗っすよね!」

差し込むようにして慌てて口を開くレイン。

「あらぁ? それはわたくしもでしょうかぁ?」
「当たり前っすよ! マリ――じゃなかった。エレナ王女よりも綺麗っすよ!」

ピクリと反応を示したエレナに姿を変えているマリンを見るベラルは手の平を頬に当て口元を緩めた。

「あらあらぁ。それは流石に不敬ではありませんかぁ? 自国の王女様を蔑ろにしてはいけませんよぉ? エレナ様もかなりお綺麗ですのにぃ」
「いや、俺は自分の気持ちに素直でいたいんす! 特に綺麗な女性を褒めることに関しては!」
「うふふぅ。そうですかぁ」

強く胸を叩くレインの姿を見るベラルは手の平を頬から口元に当てて笑う。

「申し訳ありませんエレナ王女様ぁ」
「いえ。問題ありませんわ」

内心では若干の腹立たしさを抱くマリンなのだが、レインの発言の意図は理解出来ていた。

「レインの言うことには確かに若干の思うところもなくはないのですが、確かに声を大きくして伝えたくなるほどに皆さまはお綺麗ですもの」
「ありがとうございますぅ」

どれだけイライラを募らせようとも今は堪えるしかない。平静を装い、レインの発言を擁護する必要がある。考えなしに他国を批判するナナシー。それも陰でならともかく、国家を代表する五大聖女の一人を目の前にして発言しているのだから。

「でしたらぁ。素直なレインさんにもう一つお聞きしたいのですがぁ?」
「な、なんすか?」
わたくしはぁ、何番目なのでしょうかぁ?」
「うぇ?」

ずっと笑顔を絶やしていなかったベラルなのだが、僅かに目の奥に光を覗かせている。

「な、何番目って……――」

どう答えたらいいものなのか、思わず目を泳がせてエレナマリンを見たところ、マリンは小さく頷いた。

「そ、そんなの、順位なんて付けられないっすよ」

先日のクリスティーナの言葉。五大聖女は光の聖女であるアスラ・リリー・ライラックを除いて全てが等しく同列であり、比較することはしてはいけないのだと。とはいえ、光の聖女を最初に名前を挙げることもできない。

「なぁんだぁ。ざぁんねぇん。レインさんでしたらぁ、はっきりと言って頂けると思いましたのにぃ」

指を一本伸ばして上方に掲げる。その指の動きに釣られて視線を上に向けると、そこには天井に描かれている五つの光の紋様。白い光を中心にし、周囲を取り囲む四つ。印象としては人魔戦争時代の魔宝玉に近しい感覚を得た。

「やっぱりぃ、はっきりさせないといけないことってあると思いますの」

そこで初めて笑みの中に仄かに感情を覗かせる。

「等しく皆を愛するということ。それは確かに真理。しかし、本当の意味で神に愛されるのは、たった一人。これもまた真理なのです」

上方に掲げた腕を下ろし、これまで同様の笑みを見せるベラル。

「それが誰なのかということをぅ、誰かが教えてくれると良いのですけどねぇ」

クルっと振り返り、再び歩を進み始めるベラルの背を見送りながら、レインは疑問符を浮かべていた。

「……なぁ、どういうこった?」
「……さぁ?」

ナナシーも先程の言葉の意味を理解できないのだが、口を開くのはマリン。

「わたくしにはわかりますわよ。筆頭聖女には光の聖女がいるのでしょうが、他に全く同格の聖女が四人。比べるなという方が無理というものですわ」

シグラム王国に於いても四大侯爵がいるように、強大な権力を持つ人間が複数いることにより均衡が取れるというもの。しかしそれは同時に軋轢を生み易い。それも踏まえた、理解した上でそれぞれが絶妙な力配分を行うことで敢えて拮抗させる。独裁権力を生み出さないため。

(しかしわからないのは神に愛されるということ)

思考を巡らせる。
筆頭聖女である光の聖女がいるのであればその必要はないのではないかと。

(いえ、聖女とはいえ女性には変わりはありませんものね……――)

ここが宗教国家であり、パルスタット教の信仰心は特に篤い。そうなれば至高の存在である神、崇拝するその存在に愛されたいと願うのは自然なことなのかと。

(――…………わたくしも――って、何を考えていますの)

既に前を歩き始めたレインとナナシーの後ろ姿を追いかける様にして歩を進めるマリン。
周囲の同年代よりも遅れて――最近になってようやく自覚した自身の感情に思わず重ね合わせてしまっていた。

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