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神の名を冠する国

第五百九十一話 風の聖女

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不意の襲撃を受けたガーゴイルの群れをモニカの活躍によって撃退して後、航路は順調に進み、既に国境を越えてパルスタット神聖国へ入っていた。

「見えて来たぞ」

リオンが指差す先は広大な湖に囲まれる大きな街。街の最背面、そこには大きな建造物が建っている。

「あれが我が国の首都のパルストーンです。それで、あちらがミリア神殿になります」
「えっ!?」

神殿のその名を聞いて思わず驚きに声を漏らした。

「どうかされましたか?」
「い、いえ、なんでもありません」
「? そうですか?」

疑問符を浮かべるクリスティーナ。

「それよりも、凄く綺麗な街ですね。神殿もとても立派で」
「ええ。我が国の誇りです」

これまで見て来たいくつもの街並みの中でも明らかに最上級。街全体が白を基調としており、特級の美しさを醸し出している。その中でも一際目を引くのが国家の最高機関でもあるパルスタット神殿。ただ、その神殿の外観には覚えがあった。時見の水晶によって視たスレイ達が居た神殿に酷似している。周囲に広大な湖が広がっていたのもぼんやりと覚えがあるので、ここが確かにその場所なのだと。

(何かわかればいいけど)

表向きはパルスタットの視察に同行するという形なのだが、本来の目的はモニカの呪いを解くためのヒントになるようなものがないかと調べて来ているのだから。

「お、おい! アレを見ろっ!」

考えを巡らせている最中、大声を発すレイン。広大な湖の外れの畔からいくつもの生き物が上空へと舞い上がっていた。

「……アレは翼竜ウイングドラゴンのようね」
「翼竜ですか?」
「ええ。分類としては竜の名を冠するわね」

カレンの言う通り翼竜は竜種。しかし竜種とはいってもその中では最下級よりも劣る。加えて飛竜よりも遥かに小柄な体躯の翼竜は、学者によっては見た目が竜だがそれには属さない、厳密には竜種でないのだと。翼の生えた蜥蜴だと揶揄する者もいるほど。だがそれでも獰猛さは竜種のソレと同じであるため、この辺りで意見、見解が大きく分かれていた。だが、今知識としてのその問題はまた別の話であり必要ではない。

「まったく。着いて早々にまた戦闘なのね」
「ちょっと待ってお姉ちゃん」

剣を抜くモニカを制止するのはニーナ。ジッと魔眼を凝らして遠見していた。

「どうしたのニーナ?」
「ううん。なんかおかしいと思ったけど、あれ、人が乗ってるよ?」
「え? 人が乗ってる? そういえば街に被害もないみたいだし……」
「うふふ」

そのやりとりを見ながら笑い声を漏らすクリスティーナ。思わず視線がクリスティーナへと集まる。

「申し訳ありません。最初に説明していれば良かったですね」
「説明って、どういうことですか?」
「心配はいりません。アレは風の聖女です。それとその守護聖騎士達ですね」

どういう意味なのか理解出来ていない間に翼竜は飛空艇を取り囲むようにして並走を始めた。
襲われる心配がないとわかるのは、小さいとはいってもそれでも大の人間の五倍以上の大きさの翼竜の背には人が跨っている。加えて鎧を来た人たちの姿はクリスティーナやその騎士達と同等の姿。違うのは紋様だけ。その内の一頭が飛空艇の甲板へと降り立つ。

「どうやら無事に帰って来たみたいだね」
「ええ。ただいま戻りましたイリーナ」

翼竜の背から甲板に足を下ろすのはクリスティーナと同じ白の衣装を身に付けた女性であり、印される紋様は風を模したもの。鮮やかな翠色の髪をしているのだが、特徴的なのはむしろその髪の中に織り込まれるように部分的に混じっているくすんだ紅い髪。二色の髪色を持つその珍しさ。

「それで、そっちにいるのがシグラムの使者たちか」

ヨハン達を値踏みする様に見まわすイリーナと呼ばれた女性。

「はじめまして。風の聖女、イリーナ・デル・デオドールだ」

次には砕けた感じで笑顔を見せる。

「ん? そこにいるのは……」

直後、イリーナと目が合うのはナナシー。

「私?」

視線を動かすイリーナが続けて視界に捉えるのはその向こう側で壁にもたれているサイバルへ。

「ああ。その髪色、もしかしてお前達はエルフかい?」
「え?」
「む?」

二人してすぐに反応を示すのは、すぐさまエルフだと特定されたことから。警戒心を引き上げたのだが、同時に抱くのは疑問。髪色を見てどうして判断したのかと。そうして行き着いた答えは若干の違いはあれども同系色の髪色。

「あれ? もしかして……あなた、も?」
「ああ。このとおり」

長い髪をかき上げて耳を見せると、そこにはエルフ特有の長い耳が存在していた。

「でも、その髪……」

ナナシーが疑問に思うのは、エルフの髪の色はナナシーが知る限り総じて薄い緑色。しかし目の前の女性は鮮やかな翠色に加えてくすんだ紅も混ざっている。

「これのことかい? わたしがエルフとはいってもわたしの場合は色んな血が混ざっているからね。その様子だとお前達は純血なのか?」
「はい」
「そうか。実はこの耳だがエルフの血が混ざっているに過ぎない。謂わば隔世遺伝的に出てきているだけだ」
「へぇ……」

詳しい説明は時間がないためにされなかったのだが、イリーナ・デル・デオドールはエルフの血を宿す混血の種なのだと。その言葉の通り、キリュウ・ダゼルドやテレーゼ・ダゼルドのような獣人の血を受け継ぐ者の様に血が持つ種族としての力は表面、種族としての特徴が見た目として現れることがあった。





互いの自己紹介を軽く終えた頃、飛空艇はパルスタット神聖国の首都にあるミリア神殿の真上に位置している。

「それにしても、翼竜を飼い慣らすだなんて凄いですね」

風の聖女とその騎士達がどうして翼竜の背に跨っていたかの話を聞いて驚嘆せずにはいられなかった。

「最初の頃はかなり苦労するのだがね」

魔物は大きく分けて二種類に分類される。スライムやゴーレムのような繁殖行動を行わず魔素から生まれる魔物と、ジャイアントアントや竜種のように繁殖行動を行う生物としての魔物。翼竜もまた後者であり、卵を産み繁殖するタイプ。その翼竜を調教として幼体の間から訓練して飼い慣らすのが風の聖女とその騎士達なのだと。

「いいなぁ。あたしも乗ってみたいな」
「滞在中機会があれば指導してやろう」
「え!? ほんと!? やたっ!」
「良かったねニーナ」
「うん!」

顔を綻ばせて喜んでいるニーナ。

「とはいうが翼竜に好かれる素質がなければ乗りこなすどころか乗ることすら適わないのだがね」

簡単なものではないのだと、溜息を吐いて呆れるイリーナの下へ飛空艇の周りを飛んでいた翼竜の中の一頭。クリスティーナの守護騎士であるリオンと同等の出で立ちの姿の騎士、イリーナの聖騎士を務めるカイザス・ボリアスが声を掛けてくる。

「イリーナ様。準備が整いました」
「わかった。では参ろう」

首都パルストーンにある飛空艇の発着場。広大な湖にまるで鎮座するかのように建てられた神殿の背後へ、飛空艇は徐々にその高度を落として地面へと降りていった。

「ようこそパルスタットへ」
「歓迎します」

クリスティーナとイリーナ、大きく手を広げる二人の聖女。

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