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紡がれる星々
第五百七十五話 十五年越しの
しおりを挟むモニカが円卓の間へと戻る少し前、物見塔の頂上ではホッと一息ついていた。
「ま、色々あるだろうけど、とりあえず戻ろうぜ」
レインが全体に声を掛ける。円卓の間を放り出してここに来ていた。
「申し訳ありません」
内部に戻ろうとする中、足を止めるエレナが口を開く。
「エレナ?」
「少し、少しの時間でいいですので、モニカと話す時間を頂けませんか?」
はっきりとモニカを見つめるエレナ。対してエレナから僅かに視線を逸らすモニカ。
「…………」
両者のその様子を交互に見やるヨハン。
「けどよ」
「レイン、いくよ」
グイッとレインの腕を引く。
「いいのかよ?」
「うん。大丈夫だよ。じゃあ下で待ってるね」
「ありがとうございます。ではすぐに向かいますので」
笑みを浮かべるエレナと対照的に僅かに気まずそうにしているモニカの二人を残してヨハン達は物見塔の内部に入っていった。立ち止まることなく螺旋階段を下っていく。
「…………」
「…………」
残された二人は互いに無言。肌寒さ――風の音が耳に冷たさを残す中、先に口を開いたのはエレナ。
「申し訳ありませんでした」
時刻は夕暮れ時。大きく影を地面に伸ばしながらエレナは深々と頭を下げる。
「……どうしてエレナが謝るの?」
謝罪の意を正確に理解できない。いくらか予想できるものの、どれが正解なのか。
エレナが悪いわけでは無い事はしっかりと理解している。謝られる必要などない。言葉が続かないモニカに対してエレナは頭を下げ続け、どうしたらいいのかと、モニカは笑みを含む儚げな表情を見せていた。そんな中、顔を上げるエレナが口角を上げて小さく笑う。
「ヨハンさんに口づけをしてしまって」
「!?」
しかし謝罪の意図がモニカの予想していたどれでもなかった。
「そっち!?」
驚きに目を見開いていると、エレナの表情はしてやったりといったばかりの意地悪な表情を見せる。
「……まったく。やられたわ」
額を押さえて呆れる始末。そのやり口にはさすがとしか言いようがなかった。
「ほんと……――」
大きく息を吐きながら、腰に手を当てる。
「――……そっちは謝って済む問題じゃないわよ。おかげで私はキスできなかったんだからね」
「ええ。ですから申し訳ありません、と言ったではありませんか」
堂々と居直られる様には呆れるしかない。本音は心の底から悔しくて仕方なかったのだが、それがエレナなのだから。
「いいわよ。今回は許してあげる」
「ありがとうございます」
そうして互いに向ける笑顔。これまで通り。いつもと同じ。
「それにしても、次は私だからね」
「あら? それは確約できかねますが?」
「ほんとエレナってズルいわね」
「モニカもですわよ。あんなにヨハンさんと抱き合って。羨ましかったのですわよ?」
「はいはいそうですか。こっちは必死だったっていうのに。にしても、まさかエレナと双子だったなんて」
「ええ。思いもよりませんでしたわ」
抱いた複雑な感情のいくつかを消化したものの、それでもやりきれない気持ちは残されている。
しかしもう迷わない。想い人が、仲間が、親友が、同じ事実を唐突に突き付けられた目の前の少女が正面から向き合って、これだけ気持ちをぶつけてくれるのだから。目を逸らさない。逸らせるはずがない。
そのモニカのはっきりとした意志の強さを目にしてエレナは大きく頷いた。
「正直、わたくしとしては嬉しさもあったのですわ」
「嬉しい?」
「ええ。以前お話ししたではありませんの。姉妹であったらどれだけ良かったかと。それがまさか現実だったのですから」
「そう……ね」
確かに気が合うとは思っており、そんな話をしたこともある。
「誕生日が一日違いだったのも偶然じゃなかったしね」
「あの時、日を跨いでいたのですのね」
「ここまで隠し事だらけだったのに、そこだけ本当だったなんてね」
隠すことのないその誕生日には感謝していた。別の日にしたところで確認のしようがなかったのに。ヘレンとヨシュアの確かな愛情。一日違いの誕生日を二人で二度祝っている。はっきりと思い出せるその思い出。
「…………」
「…………」
再び二人の間に流れる静寂。
「ねぇ」
そうして訪れた二度目の静寂を先に破ったのはモニカの方。
「なんでしょう?」
「たしかに、確かに私達は姉妹、双子だったけど、私も嫌だったとか、そんなことないからね」
「ええ」
「あと、別に王女様になれたとも思ってないわ。この場合は第二王女とかになるのよね?」
「まぁ」
「そりゃあ小さい頃に憧れたことがあることはあるけど、でも憧れは憧れ。現実に望んでいたわけではないもの。私はお母さんとお父さんのところで育ててもらって不満がなかったのもの」
「……ええ」
その気持ちに嘘や偽りの一切はない。本音。
「ただ、本当の親じゃなかったんだなってことはさすがにショックだったけど」
紛れもない寂しさ。こればかりはどうしようもなかった。
「……それは別にいいのではないでしょうか?」
「?」
首を傾げながら言葉にするエレナに疑問を感じる。
「あくまでもわたくしの印象でしかないのですが、ヘレンさんもヨシュアさんも、モニカのことを本当の娘のように育てられていたと思っていますわ」
儚げな表情の中に含まれる優しい声色。
「うん、私もそう思う」
「ですので、わたくしが言うことではないのですが、そこに偽善や欺瞞などはないのですからそれでいいではありませんか?」
浮かべる笑みには、モニカの幸せを願って止まない感情がある。
「そう、よね」
心の中で反芻しながら、これまで育ててもらったことを思い出しながら大きく頷いた。
「でもどうしよう……」
途端に表情を落とすモニカ。
「どうしようとは?」
「お母さん、近々王都に来るって言ってたから」
以前出した手紙の返事。実際的にはもう既にヘレンは王都にいるのだが未だモニカとは顔を合わせていない。
「わたくしも一緒にいますわ。その時は」
「…………うん、そうね」
エレナが隣にいてくれるのであれば、この気持ちとも向き合えるはず。
「ありがと。じゃあ戻ろっか。まだ話し合いは終わっていないし、これ以上待たせるわけにもいかないから」
「ええ」
そうして二人手を取り合い、互いにはにかみ合いながら物見塔へと入っていった。
◆
物見塔を下りきると、外は薄暗くなっている。街並みを街灯が照らしていた。
「あっ、帰って来たわ」
「お待たせ」
「もういいの?」
「ええ。ある程度は話しましたので、あとの細かい話はこれから少しずつ話し合っていきますわ」
「うん。だからみんなも遠慮なんかしないで。いつも通りにしてね」
その様子にヨハン達は僅かに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「ふいぃっ。そっか、そりゃあ助かるぜ。俺もどうしたらいいかって思ってたからよぉ」
「あっ、でもぉ。レインは気を遣って欲しいわね」
目線を斜めに上げながら、顎に指を持っていくモニカ。
「なにそれ? 俺だけひどくね?」
「ふふっ。冗談に決まってるじゃない」
「でも私エレナとモニカって似てるなって前から思ってたのよね」
ナナシーが二人を見比べながら思い返していた。
「そうなの?」
「ええ。まぁその時は人間の女の子を見慣れてないからって思ってただけなのだけどね」
「へぇ」
「今だともう全然違うってわかるけど不思議ねぇ」
「ふぅん」
「あっ、でも結果的に男の子の趣味は一緒だったわけだけどね!」
「ちょ、ちょっとナナシー!?」
慌てふためくモニカを余所にナナシーが向ける先にいるのはヨハン。ヨハンもその言葉の意味をすぐに察して思わず目を逸らす。
「今それ関係ないよね!?」
「そんなことないわよ。私にとっては重大よ? だってヨハンのところで働かせてもらってるのだもの」
「それはそうだけど……」
ナナシーからすれば拗れに拗れて仕方ない。このままいけばどうなるのかと疑問でしかなかった。
「と、とにかく! そろそろ行こうぜ! ほらヨハンも!」
「う、うん」
レインがヨハンの腕を引いて王宮の方へと歩いていく。誤魔化すように。
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