541 / 724
紡がれる星々
第五百四十 話 セリスの懇願
しおりを挟む「な、何よ!? いきなり大きな声を出して! びっくりするじゃない!」
困惑する一同。
「っと、これはカトレア卿にランスレイ卿。失礼しました」
「いや、それよりどうした?」
「実はですね……――」
劇団の関係者と思しき人とレイモンド・ランスレイが小さく会話を交わす。
「でも、どうしたんでしょうね」
疑問符を浮かべるセリス。
「もしかして、カレンさんに出てくれっていうつもりだったんじゃ?」
「そんなわけないでしょ」
「でも、カレンさんならできますよね?」
「そりゃあ人前に出ることぐらいはわけないし、演技とかそれに近しいものは一通り習ったけど」
実際、継承権がなかったことからして多くを学ばされていた。
「それとこれとは別でしょ」
自信がないわけではないが、王国有数の劇団がそんなことを頼むはずがない。見ず知らずの他人に協力を仰ぐなど考えられない。
「――……どうすかね?」
「かまわん」
「レイモンド、お前勝手に」
「何を言っている。これだけ面白そうなことになるのだ。断る理由もないだろう」
カツカツとヨハン達へと歩くレイモンド。
「すまないが、少し相談があるので一緒に来てもらってもいいか?」
「はぁ……?」
一体何がどうなっているのやらと、言われるがまま劇場裏に付いていった。
裏口から入るとしばらくは薄暗い通路が続いている。そこかしこに劇に使われる小道具に大道具。城の一部を切り取ったかのような螺旋階段や大きな建物を模して造られた木造看板。付近には巨大な紙がクルクルと巻かれていた。
「へぇー、色んな道具が使われるんですね」
「本当ですね。私も初めて劇を観るから楽しみだったんです」
セリスと二人で歩く。
「でも、今日はだめみたいですけど」
「……そうだね」
しばらく歩いた先で入ったのは大部屋。個人の荷物に小さな物、化粧道具等が置かれている劇団員の楽屋。
「おいおい中止にするなら早く知らせた方がいいだろ」
「でも、ここまで来て中止になんて」
「けどよぉ、できねぇもんは仕方ないだろ」
中に入ると劇団員たちが準備に追われながらも、主役の代役が立てられないことに対して不安そうにしている様子もある。
「おい、みんな聞けっ!」
髭面帽子男が大声で話すと、視線が一斉に集まった。
「座長?」
「誰すかその人ら?」
ランスレイ卿に声を掛けたのはクルシェイド劇団の座長。つまり一番上。
「代役を見つけて来たぞ!」
「「「え?」」」
ポカンとするのは劇団員だけでなく、ヨハンとカレンとセリスにしてもそう。
「この子がアイリーンなんだが、どうだ?」
腕を広げる座長。劇団員の視線はカレンへと集まる。
「ちょ、ちょっとちょっと、どういうこと?」
「聞いての通りだが? ランスレイ卿には確認は取ったぞ?」
「なっ!?」
カレンが視線を向ける先にいるレイモンド・ランスレイ侯爵は口笛を吹いていた。
「おじい様、つまりそれは演劇を観れるということですよね!?」
「ああそうだ。安心しろセリス。カレン殿がお前の望みを叶えてくれるさ」
「カレン様……」
キラキラとした眼差しをカレンに向けるセリス。羨望と懇願の入り混じった瞳。
「ぐっ……卑怯な…………」
セリスに重なるルーシュの面影。
「……えっと、カレンさん? これはどういう状況ですか?」
「兄ちゃんからもこの姉ちゃんに頼んでくれねぇか!?」
様子を見る限りあと一息。
「えーっと、まずそもそもの事情が全く呑み込めないのですが……」
◆
「つまり、その怪我をした主役の女性の代わりにカレンさんに演じて欲しいということですよね?」
「ああ。これだけの美女に会える機会なんてそうそうない。見事なまでに演目の内容に合致する!」
正直なところ、本来の主演女優に引けを取らないどころか上回る。それだけの外見。
「聞けば演技も兼ね備えているらしいではないか。となれば代役としてこれ以上の人材はいない! きっとこれは天からの恵みだ!」
クルシェイド劇団座長を務めるモルガンの一目惚れ。加えてレイモンドの保証付き。
「座長、本当にこの人を使うんですかい?」
疑念を抱くのは劇団員。
「いくら外見が良かろうとも演技ができなければ話にもならないすよ」
当然の帰結。人を惹き付ける美貌は一目でわかるのだが演技となれば別。
「だったらこれを演じてみな」
投げ渡される台本。
「これって……?」
「どれでも良い。気に入った台詞を演じてみろ」
「そんなこと言われても……――」
台本をパラパラと捲り不満気に目を通す。
劇団員の視線を集めながら、尋常ならざる速読で物語の概要を掴んでいった。
「――……これ…………」
その中で特に目に留まったのはほんの一文。祖国を思いながら、想い人の無事を祈るアイリーン王女の願い。
「これにするわ。じゃあいくわよ」
「手を抜くなよ」
「もちろんよ。やるからには全力を尽くすわ」
チラと視線を向ける先はセリスへ。期待に胸を膨らませている。憧れを裏切るわけにはいかない。
(皮肉なものね)
そして隣に立つヨハンへ向ける。目が合うヨハンは疑問符を浮かべている程度。
(届かない気持ちがどれほどもどかしいか)
思わずアイリーンと重ねる自身の境遇。もし今のような形になっていなければ――想い人と一緒にいられなくなればどんな気持ちに苛まされるのか。
すうっと大きく息を吸い込み、切り替える。台本に目を通す必要はない。今ここで必要なのはアイリーンへと気持ちを重ねること。
「――……ミカエル、どうか無事でいて。あなたが無事であれば、私は何もいらない。例え国を失ってもあなたへの気持ちは変わらない」
「「「…………」」」
圧巻。ただその一言。身体全体を用いた表現。モルガンから指定されたのは台詞の読み上げのみ。それを悠々と超える演技には思わず魅入る。赤みを帯びてぽーっと口を開けて呆けるのはセリス。
「す、凄いです、カレンさん」
大部屋に訪れた静寂を突いて言葉を発したのはヨハン。
「だから言ったでしょ。それなりにできるって」
「はい。ほんとびっくりしました」
「ほ、褒めても何も出ないわよ」
「いやいや、これは流石に驚かされた。想像以上だ」
想定の遥か上の演技。こうなれば問題は台詞を覚えられるかどうかに限られる。
「いや、むしろこれだけ演目の役に合致するならその分を差し引いても十分プラスだな!」
もう気持ちは公演に向かっていた。
「もちろん報酬も出そう」
「わたしはやらないわよ?」
「は?」
その場にいる全員がカレンの言葉に耳を疑う。
「な、何故だっ!?」
「今のはあくまでもセリスとランスレイ侯爵への義理よ。誰も公演に出るだなんて言っていないでしょ?」
「む、ぐぅっ……」
「それに、どうして知らない人と演劇なんてしなければならないのよ。それもこんな恋愛ものを。わたしはただ観に来ただけだもの」
パシッと手渡し返す台本。モルガンは台本へと視線を落としながら表情を難しくさせた。
「確かにそれもそうか。彼氏の目の前でいくら演技とはいえ恋愛ものをしてもらうのもな」
「彼氏ではなく、ヨハン様は婚約者ですよ?」
「そうよ。婚約者の前で恋愛ものなんて演じられるわけないじゃない。だからこの話はおしまい。さ、ヨハン、帰るわよ。そろそろ帰らないと交代の時間だしね」
こんなことで余計な時間を潰したくない。残念がるセリスに申し訳なさを感じながらもヨハンの腕を引いて部屋を出て行こうとする。
「うーむ、では致し方ない。流石にここまでするつもりはなかったが……――」
モルガンの視線の先はヨハンの後ろ姿。
「――……婚約者であれば問題もないか。なぁ兄ちゃん、ヨハンといったな。お前がこの姉ちゃんの相手役で出てくれないか? だったら問題は全てなくなるな?」
「え?」
部屋の入り口でピタと足を止めるカレン。
「さぁこれでならどうだ?」
「カレン様! そうですよ! それならいいじゃないですか! 私もカレン様とヨハン様の演技を観たいです!」
「いやいやセリス、それはさすがに無茶だよ。モルガンさん、それだと条件がもっと悪くなってますよ。いくらなんでも僕までなんて」
「……ちょっとその話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」
腕を伸ばしてヨハンの言葉を遮るカレン。その表情は真剣そのもの。
0
お気に入りに追加
479
あなたにおすすめの小説
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。
地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。
俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。
だけど悔しくはない。
何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。
そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。
ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。
アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる