500 / 724
紡がれる星々
第四百九十九話 閑話 二人きりの依頼③
しおりを挟むカトレア侯爵邸、いくつもの花々に囲まれた大きな噴水のある庭園で動き回っている小さ少年と長く綺麗な金色の髪を靡かせている少女。
「ぐっ! と、とりゃあっ!」
「腰が甘い。それに足捌きも疎かにしないの」
息を切らせているマリウス。振り切られる木剣に対してモニカは余裕を持っていなし、不十分な部分へと木剣で軽く叩く。
「っ!」
既に身体中あちこち痣だらけ。もう何度ともこのようなやり取りを繰り返している。
最初は困惑していたモニカなのだが、離れたところで見ているカールス・カトレア侯爵が指導の仕方はモニカに一任する、自由にしてもらって構わないとのことだったので一切の遠慮をしていなかった。
その指導の仕方は自身の身体に染み付いたもの。
「ど、どうして当たらないんだよ! ぼくは大人にだって勝てるんだぞっ!」
「正直、そのセリフを吐く程あなたは強くないわよ。大方周りに気を遣われただけね」
「く、くそぉっ!」
既視感。覚えがあるそのセリフを幼い頃に何度となく吐いていたのはモニカ自身。
それを母ヘレンによってまだまだ遠く及ばないのだと思い知らされたことは一度や二度ではない。おかげでいくらかつけ上がらずに済んだ部分はあるのだが、今思えば尋常ではないことをされていたのだと、目の前のマリウスの状況を見ながら自身と重ねてしまう。
「なるほど、アレが剣姫か。相当に強いな」
ヨハンとカールスの二人はモニカの指導を見ながら泣きべそをかきそうになっているマリウスを見ていた。
「モニカのお母さんもかなり強い人なんですけど、父さんたちにも鍛えてもらったみたいなんですよね」
いつの間にかその実力を大きく底上げしているモニカ。
「あっ、父さんたちは――」
「知っている。スフィンクスなのだろう」
「それも知っていたんですね」
「無論だ」
その横顔に見える哀愁漂う表情。
「あの……――」
一体どうしてそのような表情を浮かべるのかと気になり問い掛けようと口を開こうとするのだが、耳に入って来たのは木剣が地面を転がる音。
「すいません。ちょっと休憩いいですか? これ以上はこの子も耐えられないと思うので」
大きくカールスに声を掛けるモニカ。
「ふ、ふざけるなッ! ぼくはまだできる!」
「はいはい。その根性だけは認めてあげるわよ。でも、身体を休めることも必要なことなのよ」
指先でマリウスの額をコツンと軽く突くモニカ。
「…………」
「さって、休憩休憩。思っていた以上に動いたわね」
伸びをしながらヨハンの方へと歩いて行く。
「あっ、そういえば」
思い出したかのようにマリウスへと振り返った。
「その傷だけど、後でちゃんと治してあげるわ。これでも治癒魔法はそれなりに得意なのよ。魔法の種類はそんなに多くは使えないんだけどね」
「…………」
ニコッと声を掛けるモニカの顔を見るマリウスは言葉を返せずにいる。
「そんな顔して、でもこれも必要なことなのよ」
その表情の理由を、すぐに治さないことに疑問を抱いているのだと解釈した。
「すぐに治すと痛みを受けたことを自覚しなくなるからね。今は痛いと思うけどちょっと我慢しててね。ってこれ、お母さんからの受け売りなんだけどね」
苦笑い。移り変わる笑顔の種々。
しかし実際的にはマリウスに対するモニカのその解釈は間違っている。
「…………」
無言のマリウスを置き去りにして再び振り返るモニカはスタスタとヨハンの下へと歩いて行った。
「侯爵様、そこそこやりましたけど本当に良かったんですか?」
「ああ、構わないさ。あの子もこの辺りで一度痛い目に遭っておいた方が良いからな」
「はぁ。やっぱりわざとだったんですね」
「気付いていたのか?」
「もちろんです。ヨハンから聞く侯爵様は、意味もなくこんなことをするような人じゃないって思ってましたから」
「ふむ、それは気を遣わせたようだな」
ヨハンにしてもそれはモニカと似たような見解を抱いていた。
突然の剣術指南の依頼。それも学生を指南役にしているのだから。侯爵が意味もなくそのような依頼を出すとも考えられない。
だとすれば、依頼自体に何かしらの意味があるのだと。そうなれば、考えられるのはそれほど多くはない。
(僕だったらあんなに上手くいかないけどね)
モニカの煽りにしてもそうなのだが、マリウスのやる気を引き出させるには十分すぎる程。悔しさを滲ませながらモニカに対して剣を振るっていたマリウスは明らかに打ちひしがれていた。
「おいっ! ヨハンっていったな!」
「え?」
痣だらけの身体でヨハンに向けて歩いて来るマリウス。
「ちょっとこっち来いっ!」
「僕もするの?」
「違うッ! 話をするだけだ! 姉ちゃんは来るなよ!」
ヨハンとモニカ、顔を見合わせマリウスの態度に首を傾げる。
「じゃあ、ごめんモニカ。ちょっと行って来るね」
「……うん」
そうしてマリウスの方へと歩いて行くヨハン。二人して噴水の向こう側へと回る。
その場に取り残されるモニカとカールスの間には微妙に気まずい空気、無言の間が流れていた。
(どうしよう)
何か会話をしなければと思うのだが、思い当たる会話といってもどういう話をすればいいものなのかわからない。
「……ちなみに、ヨハンは私のことをどう話していた?」
「え? どうって、優しい人で色々と良くしてもらってるって。まるで家族みたいって。だからいつかお礼を返さないといけないとか、そんな感じですけど?」
「そうか……――」
空を見上げるカールスの隣に立つモニカはどこか空気の重たさを感じ取る。
「そ、そういえば、ヨハン貴族の社交界に行ってるみたいですね」
どうしてこれだけの空気になるのか思い当たらないので何か会話をしようかと思っても、結局共通の話題といえばヨハンのことしかない。
「ん? そうだな。あれだけの者だ。帝国でも爵位を与えられているのは聞いているだろう?」
「はい」
「であれば、今後ヨハンが王国で爵位を賜ってもなんら不思議ではない。今の内に慣らしておく必要がある」
「でもヨハン貴族には興味ないみたいですけど?」
「今は、な。今後はわからん。そもそもだ。むしろ帝国ではなく王国民として爵位を授ける方が本来の形であり自然なのだ。みすみす帝国へと渡すわけにはいかん」
話の内容はヨハンを評価しているにも関わらず、若干不機嫌に話している。優秀な人材を王国として保持したいということは理解できるのだが、損得勘定以外があるようにモニカの目には映っていた。
「……今後、ヨハンを養子にされることはあるんですか?」
つい先日の出会い。エレナから聞いたアーサー・ランスレイの身の上話。侯爵家への養子となったことと微妙に重なる。
先程の言葉から察するに、カールスがヨハンを帝国に取られまいとするのであれば、その対応が一番の近道でないのかというのがモニカの導き出した答え。
「……どうしてだ?」
その視線を見るのだが、どこか複雑な視線を向けられている。
「いえ、もしかしたらそんな可能性があるのかなぁって」
「君は、ヨハンのことが好きなのかい?」
「えぁっ!?」
突然の問いかけ。まさか侯爵からその様な質問が飛んでこようとは思ってもみなかった。
「す、好きかと言われればそりゃ仲間ですし好きですけど」
「いやいや。そういうことではなく、異性として好きなのかと聞いているのだが?」
「っ!」
カールスから向けられるその眼差しの深み。探るような視線に耐え切れないモニカは思わず目線を逸らしてしまう。
「あっ、もうこんな時間経ってる。そ、そろそろ彼の傷を治して来ますね!」
返答を曖昧にしたまま、何やら会話を交わしているヨハンとマリウスの下へと歩いて行った。
「ふむ。確かにそれも出来なくもないが、そもそも不要なことだな」
早足で歩いていくモニカの後ろ姿を見送りながら呟くカールス。
「それにしても流石は我が孫。相当にモテているようだ。しかしそうなると些か困ることもあるが、こればかりは仕方ないか」
顎に手を当て、髭を擦る。
0
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~
アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。
金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。
俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。
そして毎日催促をしに来る取り立て屋。
支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。
そして両親から手紙が来たので内容を確認すると?
「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」
ここまでやるか…あのクソ両親共‼
…という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼
俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。
隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。
なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。
この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼
俺はアパートから逃げ出した!
だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。
捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼
俺は橋の上に来た。
橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした!
両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される!
そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。
ざまぁみやがれ‼
…そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。
そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。
異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。
元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼
俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。
そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。
それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。
このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…?
12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。
皆様、ありがとうございました。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる