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紡がれる星々

第四百九十九話 閑話 二人きりの依頼③

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カトレア侯爵邸、いくつもの花々に囲まれた大きな噴水のある庭園で動き回っている小さ少年と長く綺麗な金色の髪を靡かせている少女。

「ぐっ! と、とりゃあっ!」
「腰が甘い。それに足捌きも疎かにしないの」

息を切らせているマリウス。振り切られる木剣に対してモニカは余裕を持っていなし、不十分な部分へと木剣で軽く叩く。

「っ!」

既に身体中あちこち痣だらけ。もう何度ともこのようなやり取りを繰り返している。
最初は困惑していたモニカなのだが、離れたところで見ているカールス・カトレア侯爵が指導の仕方はモニカに一任する、自由にしてもらって構わないとのことだったので一切の遠慮をしていなかった。
その指導の仕方は自身の身体に染み付いたもの。

「ど、どうして当たらないんだよ! ぼくは大人にだって勝てるんだぞっ!」
「正直、そのセリフを吐く程あなたは強くないわよ。大方周りに気を遣われただけね」
「く、くそぉっ!」

既視感。覚えがあるそのセリフを幼い頃に何度となく吐いていたのはモニカ自身。
それを母ヘレンによってまだまだ遠く及ばないのだと思い知らされたことは一度や二度ではない。おかげでいくらかつけ上がらずに済んだ部分はあるのだが、今思えば尋常ではないことをされていたのだと、目の前のマリウスの状況を見ながら自身と重ねてしまう。

「なるほど、アレが剣姫か。相当に強いな」

ヨハンとカールスの二人はモニカの指導を見ながら泣きべそをかきそうになっているマリウスを見ていた。

「モニカのお母さんもかなり強い人なんですけど、父さんたちにも鍛えてもらったみたいなんですよね」

いつの間にかその実力を大きく底上げしているモニカ。

「あっ、父さんたちは――」
「知っている。スフィンクスなのだろう」
「それも知っていたんですね」
「無論だ」

その横顔に見える哀愁漂う表情。

「あの……――」

一体どうしてそのような表情を浮かべるのかと気になり問い掛けようと口を開こうとするのだが、耳に入って来たのは木剣が地面を転がる音。

「すいません。ちょっと休憩いいですか? これ以上はこの子も耐えられないと思うので」

大きくカールスに声を掛けるモニカ。

「ふ、ふざけるなッ! ぼくはまだできる!」
「はいはい。その根性だけは認めてあげるわよ。でも、身体を休めることも必要なことなのよ」

指先でマリウスの額をコツンと軽く突くモニカ。

「…………」
「さって、休憩休憩。思っていた以上に動いたわね」

伸びをしながらヨハンの方へと歩いて行く。

「あっ、そういえば」

思い出したかのようにマリウスへと振り返った。

「その傷だけど、後でちゃんと治してあげるわ。これでも治癒魔法はそれなりに得意なのよ。魔法の種類はそんなに多くは使えないんだけどね」
「…………」

ニコッと声を掛けるモニカの顔を見るマリウスは言葉を返せずにいる。

「そんな顔して、でもこれも必要なことなのよ」

その表情の理由を、すぐに治さないことに疑問を抱いているのだと解釈した。

「すぐに治すと痛みを受けたことを自覚しなくなるからね。今は痛いと思うけどちょっと我慢しててね。ってこれ、お母さんからの受け売りなんだけどね」

苦笑い。移り変わる笑顔の種々。
しかし実際的にはマリウスに対するモニカのその解釈は間違っている。

「…………」

無言のマリウスを置き去りにして再び振り返るモニカはスタスタとヨハンの下へと歩いて行った。

「侯爵様、そこそこやりましたけど本当に良かったんですか?」
「ああ、構わないさ。あの子もこの辺りで一度痛い目に遭っておいた方が良いからな」
「はぁ。やっぱりわざとだったんですね」
「気付いていたのか?」
「もちろんです。ヨハンから聞く侯爵様は、意味もなくこんなことをするような人じゃないって思ってましたから」
「ふむ、それは気を遣わせたようだな」

ヨハンにしてもそれはモニカと似たような見解を抱いていた。
突然の剣術指南の依頼。それも学生を指南役にしているのだから。侯爵が意味もなくそのような依頼を出すとも考えられない。
だとすれば、依頼自体に何かしらの意味があるのだと。そうなれば、考えられるのはそれほど多くはない。

(僕だったらあんなに上手くいかないけどね)

モニカの煽りにしてもそうなのだが、マリウスのやる気を引き出させるには十分すぎる程。悔しさを滲ませながらモニカに対して剣を振るっていたマリウスは明らかに打ちひしがれていた。

「おいっ! ヨハンっていったな!」
「え?」

痣だらけの身体でヨハンに向けて歩いて来るマリウス。

「ちょっとこっち来いっ!」
「僕もするの?」
「違うッ! 話をするだけだ! 姉ちゃんは来るなよ!」

ヨハンとモニカ、顔を見合わせマリウスの態度に首を傾げる。

「じゃあ、ごめんモニカ。ちょっと行って来るね」
「……うん」

そうしてマリウスの方へと歩いて行くヨハン。二人して噴水の向こう側へと回る。
その場に取り残されるモニカとカールスの間には微妙に気まずい空気、無言の間が流れていた。

(どうしよう)

何か会話をしなければと思うのだが、思い当たる会話といってもどういう話をすればいいものなのかわからない。

「……ちなみに、ヨハンは私のことをどう話していた?」
「え? どうって、優しい人で色々と良くしてもらってるって。まるで家族みたいって。だからいつかお礼を返さないといけないとか、そんな感じですけど?」
「そうか……――」

空を見上げるカールスの隣に立つモニカはどこか空気の重たさを感じ取る。

「そ、そういえば、ヨハン貴族の社交界に行ってるみたいですね」

どうしてこれだけの空気になるのか思い当たらないので何か会話をしようかと思っても、結局共通の話題といえばヨハンのことしかない。

「ん? そうだな。あれだけの者だ。帝国でも爵位を与えられているのは聞いているだろう?」
「はい」
「であれば、今後ヨハンが王国で爵位を賜ってもなんら不思議ではない。今の内に慣らしておく必要がある」
「でもヨハン貴族には興味ないみたいですけど?」
「今は、な。今後はわからん。そもそもだ。むしろ帝国ではなく王国民として爵位を授ける方が本来の形であり自然なのだ。みすみす帝国へと渡すわけにはいかん」

話の内容はヨハンを評価しているにも関わらず、若干不機嫌に話している。優秀な人材を王国として保持したいということは理解できるのだが、損得勘定以外があるようにモニカの目には映っていた。

「……今後、ヨハンを養子にされることはあるんですか?」

つい先日の出会い。エレナから聞いたアーサー・ランスレイの身の上話。侯爵家への養子となったことと微妙に重なる。
先程の言葉から察するに、カールスがヨハンを帝国に取られまいとするのであれば、その対応が一番の近道でないのかというのがモニカの導き出した答え。

「……どうしてだ?」

その視線を見るのだが、どこか複雑な視線を向けられている。

「いえ、もしかしたらそんな可能性があるのかなぁって」
「君は、ヨハンのことが好きなのかい?」
「えぁっ!?」

突然の問いかけ。まさか侯爵からその様な質問が飛んでこようとは思ってもみなかった。

「す、好きかと言われればそりゃ仲間ですし好きですけど」
「いやいや。そういうことではなく、異性として好きなのかと聞いているのだが?」
「っ!」

カールスから向けられるその眼差しの深み。探るような視線に耐え切れないモニカは思わず目線を逸らしてしまう。

「あっ、もうこんな時間経ってる。そ、そろそろ彼の傷を治して来ますね!」

返答を曖昧にしたまま、何やら会話を交わしているヨハンとマリウスの下へと歩いて行った。

「ふむ。確かにそれも出来なくもないが、そもそも不要なことだな」

早足で歩いていくモニカの後ろ姿を見送りながら呟くカールス。

「それにしても流石は我が孫。相当にモテているようだ。しかしそうなると些か困ることもあるが、こればかりは仕方ないか」

顎に手を当て、髭を擦る。

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