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学年末試験 二学年編
第四百五十二話 管制室にて
しおりを挟む魔導闘技場の管制室。そこでは古代の技術を操作するために魔道具研究所の職員が五名程度で管理する必要があった。
その扉を押し開けたカレン達が目にしたのは衝撃的な光景。
「なにがあったの?」
中では夥しい血が飛び散っている。倒れている人数からして誰も生き残りはいない。
「こんなの、さっきはなかったわ」
スフィアが顔面蒼白させながら周囲に目を配るのだが、ほんの数十分前に訪れた時には異常は見当たらなかった。
「……ニーナ。なにか視える?」
カレンが問いかけるのは、明らかに微精霊が大きく反応を示している。それも警鐘を鳴らすように激しく。
「いる。確実に何かが」
問い掛けられるまでもなくニーナは既に魔眼を凝らしてこの状況を生んだ原因を探っていた。
「下がっててください」
横目でカレンとニーナの二人の様子を確認したスフィアはスッと腕を水平に上げて一歩前に出る。同時にシュッと愛剣である魔剣ハイスティンガーを抜き放った。
「隠れていないで出てきなさい!」
管制室の中で響くスフィアの声。
「ふむ。まさかこんなところで再びお目にかかろうとは思ってもみませんでした」
「……この声っ!?」
聞き覚えのある声。ぬッと影から姿を見せるのはカサンド帝国で外交官を務めていた白髪交じりの男、バルジ・ドグラス。
「何者っ!?」
声を大きく放つスフィアなのだが、カレンが横に立つ。
「危険です! お下がりください!」
「いえ。彼とわたしは浅はかならぬ因縁があります」
「えっ?」
スフィアが驚きに目を丸くする中、ドグラス――ガルアーニ・マゼンダはニタッと笑みを浮かべた。
「まさかわたしを追ってきたの?」
「いえいえ。こちらとしてはそのようなつもりは毛頭ございません。偶然ですよ」
「だったらどうして?」
「あなた様には関係のないことでございます。ですのでそこを通して頂けませんか?」
「あらそう。でもそう言われて素直に通すとでも? これはあなたの仕業ね?」
目の前に広がる惨状。どういうつもりでここにいるのかを確認しなければならない。
「何が目的なの?」
「…………」
問い掛けに対してガルアーニ・マゼンダは無言。ジッと見定めるようにしてカレン達を見る。
(さて、どうしたものか)
カレンの一歩後ろに見えるニーナ。おどけた顔をしているが、その戦闘能力の高さは既に認知している。それだけに留まらず、反対側に立つ騎士姿の女性、スフィアにしてもその感じ取る気配から相当な実力者なのだということは見て取れた。
(であれば――)
それらしいことを言いつつ、この場をやり過ごすしかない。
「まさかシグラム王国が古代の技術を復活させることに成功しているとは思いもよらなかったので少々遊ばせて頂いたのですよ」
「? それって――」
「このように」
ゆっくりとそこに倒れていた人間が起き上がる。
「ア……アァッ…………」
「オ……オオオオッ…………」
青白い顔のままで血を流しているのだが、そこには生気が感じられなかった。
「まさか!?」
「ええ。その通りでございます。彼らは死体。言うなれば生ける屍といったところでしょうか」
「相変わらず外道のようね」
「どうとでも言いなさってください」
「それが目的だとでも?」
「これらの失われた技術はとても貴重ですからね」
ガルアーニ・マゼンダの言葉を鵜呑みにするのであれば、古代の技術を用いて目の前の光景。死体を動かすという、まさに禁術とも言われる人の道を外れた魔法を用いることができるのだと。
「他には?」
「ありませんよ」
「嘘ね。ニーナ、どう?」
「?」
カレンの言葉を受けたガルアーニ・マゼンダは疑問符を浮かべるのだが、ニーナはギュッと目を細めてガルアーニ・マゼンダのその背後、魔導闘技場の中央付近に対して目を凝らす。
「嘘、とはどういうことですかな?」
「あなたの本来の目的はわからないけど、隠していることがあるわ」
「はて?」
「やっぱり間違いないよカレンさん。誰かがあの時と同じ魔力の色を見せているよ」
「魔力の色、だと?」
「そぅ……――」
ガルアーニ・マゼンダが訝し気にニーナの発言を受け止めている中、カレンはゆっくりと口を開く。ニーナが断定したことでその疑いは確信へと変わった。
「――……誰を魔族に転生させるつもりなの? いえ、聞かなくてもわかるわ。あのゴンザという学生ね」
「…………」
問い掛けに対してガルアーニ・マゼンダは無言。これまで問いかけに対してなんらかの返答を返してきたことからしてその無言が肯定の意味を成しているのだという証明に他ならない。
「察しの良いものは嫌いなのですよ。それが小娘だろうと小僧であろうとも」
「否定しないようね」
「ええ。あなたの言う通り、目的の一つはそれで間違いありませんよ。いえ、目的に変わったという方がより正しいですね」
「その辺り、もう少し詳しく教えてもらう必要があるわね」
「とんでもございません。これ以上お話しすることなどありませんよ」
「交渉決裂ね」
「ええ。でしたら仕方ありません。大人しく死んでください」
ガルアーニ・マゼンダが腕を伸ばすと、屍たちが一斉に動き出した。
「ニーナ!」
「いいの?」
「責任はわたしが取るわ」
「……わかったよ」
屍とはいえ、王国の人間を手に掛ける事になる。事情は後で説明することになり、上手く理解してもらえるかどうかも不明なのだが、ここで取り逃がすわけにもいかない。
グッと拳を握りしめながらニーナが踏み込もうとする矢先、それよりも早く動き出したのはスフィア。
「清浄剣」
白く光る魔剣を片手に、素早く屍を切り倒した。
「ぬっ!?」
ガルアーニ・マゼンダが目を見開く中、スフィアは剣先を真っ直ぐに向ける。
「事情は把握できていませんが、言ったはずです。責任は全て私が取ります、と」
カレンと対面した時とは打って変わった、その柔らかな物腰とは程遠いはっきりとした力強さをスフィアが見せていた。
「やはりまた面倒なのがいるようだな」
チラリと視線を向ける先は倒された屍たちへ。再び屍と化そうとしたのだが反応が見られない。
「無駄ですよ」
「……魔剣、か」
「ええ。この剣は全ての属性を操ることができるのです。ですので、彼らには安住の地へと旅立って頂きました」
清浄剣。ガルアーニ・マゼンダが見せた術のように意図的に屍を動かすなどということは通常あり得ないのだが、それでもアンデッドであればその特性は大きく違わないはずという判断。
元々、不死属性とも呼ばれるその生物の理から外れた存在に対する対処法。光属性の変質ともいうべき浄化。スフィアはその技法を魔剣ハイスティンガーへと応用していた。
「これまた厄介な小娘がいたものだ。完全に力を取り戻していない今、相手をするのも無謀というもの」
「力を取り戻す? それは魔王の復活に関係しているのかしら?」
「えっ!?」
「……左様。であれば貴様らに遅れは取らぬ」
スフィアがカレンの発言に驚きを示す中、ガルアーニ・マゼンダは憎々し気にカレン達を見回す。
「これはいったい!?」
「あなたがしたのですか!?」
突如として背後から聞こえる二人の声。闘技場に起きた異常を確認しようとこの管制室を訪れたシェバンニとナインゴランの二人。
「先生。奴は魔族です」
「では彼がヨハンの言っていた魔族なのですね」
千の魔術師であるシェバンニがいればもう逃がすことはない。完全に形勢が有利だと判断したのだが、不意に得る妙な気配。
「カレンさん! みんなを守って!」
「え?」
「はやくっ!」
ニーナの叫び声の意図がわからないまま、とにかく急いで周囲を取り囲むようにして魔法障壁を展開した。
直後、ドドドッと管制室の外壁を壊しながら降り注ぐ光弾の嵐。途端に巻き起こる砂煙。
「いったいなにが!?」
ニーナのおかげでここにいる誰も負傷することなく光弾をやり過ごせたのだが、砂煙が晴れると同時に壊れた外壁のその先で視界に映ったのは、闘技場の中央でまるで鎮座するかのように姿を見せたシーサーペント。
「なっ!?」
驚きに目を見開くのだが、それだけではない。巨大な長い体躯のその傷だらけの鱗についているいくつもの紫色の背びれ。その背びれが光り輝いていた。
「みんなはっ!?」
巻き起こった光弾の嵐がその魔物によるものだということはわかるのだが、それ以上に闘技場にいた学生たちの安否が不明。
(今の騒動で逃げられたわね)
同時に視線を周囲に走らせながらガルアーニ・マゼンダの姿を探すのだがどこにも見当たらない。微精霊から感じられる波動も弱く小さくなっており、チラリとニーナの顔を見るとため息を吐きながら軽く左右に顔を振られる。
「先生。奴には逃げられました」
「え、ええ。そうですか」
困惑しているシェバンニはまるで状況が掴み切れていない。しかしそれでも目の前に起きている異常に対して対応をしなければいけないと考え口を開いた。
「と、とにかく。彼らの安全を確保しなければいけません。スフィア」
「は、はいっ!」
「あなたは騎士団の方に戻って騎士と衛兵の統率に努めなさい」
「ですが先生!?」
「いつまでもあなたは学生ではないのです。勤めを果たしなさい」
「……わかりました。では失礼します」
僅かな逡巡を見せながらもスフィアは軽く頭を下げてすぐに管制室を出ていく。
「ナインゴラン」
「な、なんじゃ!?」
「ここまで壊れてしまった以上、何かができるわけではないのかもしれませんが、とにかく今わかる範囲で調べ上げなさい」
「う、むぅ……。わ、わかった」
「カレン先生。申し訳ありませんが、少し護衛をお願いします。彼女に何かあれば王国としても大きな損失となります。あとは彼らを信じましょう」
「………………わかりました」
今すぐにでも眼下に向けて駆けつけたい。見下ろす先で未だに激しい戦いを繰り広げているヨハンの姿を視界に捉えているのだから。
(ヨハン。信じてるからね)
けれども胸に抱くこの感覚を、数か月前にドミトールや帝都の武闘大会でも抱いた同種の不安を確かな信頼へと変えて、今成すべきことを成そうとカレンも決意を胸に宿す。
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