上 下
405 / 724
碧の邂逅

第 四百四 話 水中遺跡⑰

しおりを挟む

「状況はどうなっていますか?」

ボートに乗ったシェバンニがユーリと共に中島にやって来た。

「先生、すいませんわたしが付いていながら」
「問題にするのは後です。とにかく今の状況を」
「はい」

事態は急を要するかもしれない。
そうしてカレンはシェバンニに精霊術を用いた念話によって得られた情報を話して聞かせる。

「――……そうですか」

一通りの話を聞き終えたシェバンニは顎に手を送り思案に耽った。

(こんなところにウンディーネですか。しかしであれば大事に至らないかもしれませんが…………)

得体の知れない精霊ではないだけで十分安心できる。
加えて、ヨハンがその場にいることでもいくらか心持ち気は楽になる。

「では、とにかくもう一度念話を試してみましょう」
「でも先生、私達もう魔力が」

困惑しながらモニカが問い掛けた。
試すといっても魔力の回復にはまだまだ時間が掛かる。

「必要ありません」
「え?」
「ここに私がいるではありませんか。カレン先生?」
「はい」

カレンはそっと伸ばすシェバンニの手を掴んだ。

(す、ごい)

すぐさま得る魔力の波動。カレン自身も相当に魔力を消耗している。

(これが千の魔術師)

言い得て妙だと言わんばかりのかつての二つ名。
シェバンニから送られてくる魔力は桁が違っていた。

「これなら、大丈夫です!」

あとはヨハンが反応できる状況にあるかどうかということだけ。

「ヨハン、ヨハン、聞こえる!?」

声を掛けてしばらく待つがどうにも繋がりにくい。雑音が入り混じっているような気配を得ている。

「なに、これ?」

ヨハンの無事は微精霊を通して得られる感覚からして間違いはない。だが同時に得る妙な感覚。微精霊がどこか興奮しているように思えた。

「どうかしましたか?」
「い、いえ、申し訳ありません。もう一度試してみます」

しかし現在の状況に余裕がないことでカレンは余計なことに思考を巡らせず、微精霊と精霊石を通した念話を行うために集中する。大きく息を吐いて目を閉じた。

「ヨハン、聞こえたら返事をして」

雑音の中の隙間を通すように声を掛ける。

『あっ、え? カレンさん?』
「良かった。聞こえたのね」
『はい』
「それで、そっちはみんな無事なのよね?」
『はい。結構苦労しましたけど、今は大丈夫です。全員無事です』
「……そぅ」

今は、と言った辺り、やはり想定外の何かが起きていたのだと。しかし詳細を聞いている余裕はない。

「もうすぐサナちゃんの魔法の効果が切れる頃だと思うのだけど、無事に出て来られそう?」
『あっ、いえ、今すぐには……』
「だったらこっちからすぐに応援を出すわ。今ここにシェバンニ先生に来てもらっているの」
『シェバンニ先生に!?』
「ええ。だから先生に魔法を使ってもらって救援に向かえるけど」
『あー、たぶんその必要はないと思います。サナが魔法をもう一度使えるようになれば』
「サナちゃんがどうかしたの?」
『今、ウンディーネと契約について話しているところなんです』

今何を聞かされたのか、カレンは思わず目をパチパチと瞬きを繰り返す。

「サナちゃんがウンディーネと契約!?」

辺り一帯に響く程に大声を発した。

「へぇ、サナがウンディーネと契約、ねぇ」
「うるさいよぉ」

モニカが小さく感嘆の声を漏らし、ニーナは思わぬ大きさの声に耳を塞いでいる。
シェバンニもまた驚きに目を丸くさせる中、誰よりも一番驚きを見せていたのはユーリだった。

(サナが? 一体中でなにが……)

途切れ途切れの会話だけではまるで想像もつかない。


◇ ◆


数分前。

「まさかこんなことになるなんてな」
「わたくしもさすがに驚きましたわ」
「でも上手くいけば凄いじゃない?」
「確かに、上手くいけば、の話ですわね」

レイン達の前には台座の上に浮かぶウンディーネとその前に立つサナ。その隣にはヨハンもいる。

「あ、あの……」

目を覚ましたサナは皆が無事だったことに安堵したものの、一番驚いたのは空中に浮いている見知らぬ女性がいたこと。人間ではないと断言できる存在。
それがまさかウンディーネだと聞かされた時には再び驚いたものなのだが、今ここに至っては困惑していた。

(やっぱり、怒られるのかな?)

昏睡する前に得ていた感覚。思えば負の感情、怒りに他ならなかったのだと。今ウンディーネを目の前にしてはっきりとそれを自覚できる。

「そんなに怖がるでない。もう怒っておらぬ」
「あっ、は、はい」

しかし憮然とした態度は変わっていない。

「どうして僕たちだけなんですか?」

少し離れたところに呼ばれているヨハンとサナ。

「正確にはこちらの少女、サナといったな。小僧はついでじゃ。一応関係しておるしの」
「はぁ……?」

契約に関する話をすると言われ台座近くまで呼ばれていた。

「まず、今回意図していないとはいえ、お主は我の試練を見事に突破した」
「あ、ありがとうございます?」

そう言われるものの、サナは試練の内容を覚えていない。確かに何かを成し遂げたという実感だけはしっかりと胸の中には残っているのだが。

「本来であれば精霊術士が試練を受ける承諾をして行われるものだからの」

格の高い精霊と契約を交わす条項。
精霊ごとにそれは違っているのだが、ウンディーネはサナが行ったような試練を突破することが契約に含まれているのだと。
精霊術士であれば同意によって試練の内容を覚えていられるらしいのだが、今回のサナに至っては不慮の事故のようなもの。

加えて――――。

「残念ながらお主には精霊術士としての素質は足りておらぬようだ」
「……はい」

言われなくとも理解していた。
精霊術士の素質は大半が先天性のもの。通常の人間には見えない微精霊を見ることができるのが素質の一つに含まれているのだが、独力で微精霊が見えたことなどこれまで一度もない。

「じゃあ、やっぱり契約はできないということですね」

ニコリと笑みを返す。その表情には愕然とした様子の一切はなかった。
元々精霊を求めて遺跡を訪れたわけでもない。
しかし、とはいえ契約に関する話をすると言われた時はその可能性が脳裏を過り仄かな期待を胸に抱いたことも間違いはない。
四大精霊でもあるウンディーネと契約を結べるともなれば今後の大きな力に成り得る。

「すいません。色々とお騒がせしたみたいで」

話というのは、要は試練を突破、本来であれば契約をすることができたのだが素質のないお前サナとはできない、という内容なのだと理解する。

「早合点するでない」
「え?」

まるでそのサナの心境を見透かすかのようにウンディーネは呆れるように声を発した。

「契約は結ぼう。試練を突破したという事実は覆らないのだからな」
「え? で、でも」
「その契約の結び方を話すというておるのだ。余計な時間を取らせるな」
「あっ、は、はい」
「しかし、とはいうものの、先程言ったように正式な契約はできん。それにお主は覚えておらんようだがそちらの小僧の助力もあってお主は試練を乗り越えておる」
「……はい」

ヨハンとサナ、互いに顔を見合わす。

「ありがとうヨハンくん」
「どういたしましてって言って良いのかわからないけど」

二人共に内容を覚えていないのでなんとも言えないのだが、ウンディーネ曰く窮地に陥ったサナに対してヨハンが励ましたのだと。

「ううん。そんなことない。ヨハンくんはいつだって私の憧れだから、今も、出会った時も」
「……サナ」

ジッと見つめられる視線が妙に気恥ずかしさを抱かせた。

「おい。余計な時間を取らせるな、と言うたよな?」

ずいッと二人の間に顔を指し込んで来るウンディーネ。

「は、はい! すいません!」

慌ててサナが謝罪を口にする中、後ろから見ていたエレナはウンディーネの行動を内心で称賛している。
スーッと浮かび、ウンディーネは再び台座の上に立った。

「さて……――」

直後、台座の上に青い魔方陣が描かれる。

「――……こちらへ来い。これより、契約を交わそう」
「……はい」

ゆっくりと、一歩ずつ前に向かって歩くサナ。

(私がウンディーネと)

妙な緊張、激しく心臓を叩く音。
そうして魔方陣の上に立った。

「さて、先程も言うたが正式な契約は叶わぬ。しかしお主が望めば相応の契約を交わそうではないか」
「…………――」

チラリと肩越しにヨハンの姿を見るのと同時にその奥にいるエレナの姿も視界に捉える。

(こんなチャンス、二度とないかもしれないのだから)

降って沸いたとはいえ、逃す理由もない。

「――……お願いします」
「良い眼だ。だからこそ契約を可能にさせる」

そのサナの真剣な眼差しに応えるようにウンディーネは大きく頷いた。
瞬間、サナの足下からぼこッと大量の水が噴き出し、サナを囲い始める。

『ヨハン、ヨハン、聞こえる!?』

カレンの声が最初に通りにくかったのはこのため。
雑音の様に感じられた気配はウンディーネの魔力。部屋全体を覆っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

処理中です...